雁坂峠のアリア

エヮクゥト・ウャクネヵル・²テラピリカ

雁坂峠のアリア


 自分は怒って居りました。


『ヤマノススメnext summit』#6 「ひかりのデート大作戦! 」を見て、憤怒に身を焦がして居りました。


 楓先輩の甘辛コーデもEDMを音漏れさせたDQNカーで現れたほのかちゃんも、ここなちゃんのサンタクロース姿の仮装(これは平時の自分であれば悶死に至らしめるに充分な程の視覚的衝撃を伴って居りました)も、ただ目を滑るばかりでした。 事は番組の前半部分に起こりました、お弁当まで用意してデートプランを考え、その日を楽しみにしていたという小野塚ひかり先輩を振ったという卑劣漢の元彼クンに、ただ怒って居りました、この悪逆非道の輩を必ずや除かねばならぬ、と固く決意して居りました。 天が誅さぬこの不正義、鉄槌下すが人の道、俺がやらねば誰がやる、アアエイエクライゼイシュワイライリイリア(TVアニメ『ベルセルク黄金時代編』オープニングテーマ「aria」平沢進)とばかりに、自分の意志は固いのでした。


 自分は愛車の十五年式ハスラー(中古)のエンジンに火を入れ、夜明けを待たず雁坂トンネルを抜け、一路飯能へ急ぎました、ハンドルを握る手を幾度か開閉し、自分がやれる、やることが出来る、ということを確認しながら、奇妙に胸の芯が冷えているのを感じて居りました。

 高麗川を渡ったあたりでした。 自分のハスラーを停車させたパトカーから二名の官憲が降車しました、指示に従って窓を開けると官憲が「ちょっと音下げてもらえますか! 」と恫喝めいた大声で言いました、自分は平沢進の音量をレッドマーキーから苗場食堂程度までに下げました、官憲は「それについてお話聞きたいんだけど、いいですか? 」と質問しました。

 官憲が親指で指した先、ハスラーの後部座席の陰から、自作した電気発動機式認識矯正棒『毎日コハルビヨリ君』の先端が顔を覗かせて居りました。


 飯能留置所での取り調べは一昼夜に及びました、自分には後ろめたい所は何一つ有りません、ヤマノススメ next summitオフィシャルサイトの「STORY」の項を見せながら(今更ながら、どうして「CHARACTER」の項にはひかり先輩の記述が無いのでしょうか? )官憲に必死に訴えました、そんな自分の必死な様子を冷たく見下ろしながら官憲は仲間に向かってヤレヤレと肩をすくめ、右手の人差し指を頭の横でクルクルと回すと、その手をパアと発破するようなジェスチャーをしました。

 自分は最終的には説得されました、「お兄さんまだ若いんだから、ちよっと考え直してさ、そんなことしてもその…ひかり、さん?笑 も喜ばないと思うしさ、」というような言葉を浴びせられ続け、何かそれが正しいかのように錯覚するまでになって居ました、カツ丼の付け合わせの紅生姜はやけに塩辛かったように記憶して居ります。


 結局その場は簡単な書類記入だけで釈放となり、復路雁坂トンネルの永遠に続く薄暗闇の中で、自分は考えて居りました、『ヤマノススメnext summit』#6 「ひかりのデート大作戦! 」エンディング映像の意味する所をただ考えて居りました。ひかり先輩のやや翳った横顔、夕日、八重歯、一瞬挿入されるここなちゃんとほのかちゃんのカット、最後の笑顔の意味を考えて居りました。

 自分は頭が良く有りません、『機動戦士ガンダム 水星の魔女』第6話「鬱陶しい歌」の何が衝撃的であったかも、まるで理解に至りませんでした。

 「それは土手から川べりへ、スパイラルを描くやぶ蛇です。ここへは何度も来ましたが、未だに向こう岸に渡れません。冷めるが冷え切らぬ温度に膨張し、一心不乱に同じ動作をするのが我が常です。」カーステレオからは折坂悠太の「夜学」が流れて居りました、折坂の独白が終わり、一転、アップテンポのイントロへバトンを継ぐと、発売日に購入したヤマノススメnext summitオープニングテーマ「想いのち晴れ」が流れ始めました。

「転んだ分 強くなって 君の笑顔になって」。

 そのフレーズが頭に流れ込んだ刹那、自分は或る認識に至りました、それは稲妻のような、氷の刃のような、迅く鋭い認識でした。

 それはこのような認識でした。

 曰く、ひかり先輩はあの愚昧の輩を、彼女を冷たく裏切った元彼クンを赦したのだと。 この物語の中で描かれていたのは、ひかり先輩があの裏切りを赦すに至るプロセスで有ったのだと。

 雁坂トンネル料金所のゲートを抜けてしばらく走り、自分は路肩に車を停車させました。ガードレールの向こうに、一望、甲府盆地の五九〇円の夜景(軽自動車の場合)が広がって居りました。

 自分は哭きました。慟哭しました。夜空には高く月の穴が開いて居り、未だ朝は遠いようでした。

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雁坂峠のアリア エヮクゥト・ウャクネヵル・²テラピリカ @datesan

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