第12話 甘い!
SIDE A.注意したくらいで
明けて土曜日、今日の昼には山田姉妹を招いての大への説教大会となる。
「大の奴、逃げずにいられるだろうか」
「ねえ、まー君。奈美ちゃん達は何時頃に来るの?」
「二時ごろだよ、母さん」
「そう、ならまだ時間はあるわね。じゃあさ、まー君はケーキでも買って来てちょうだい」
「ん? なんでケーキなんだ? 大への説教なんじゃないのか?」
「そうよ。でもわざわざ来てくれるんだから、おもてなししたいじゃない」
「まあ、そりゃそうか。で、リクエストは? ホール? ショート?」
「そうね。とりあえず私達家族分に奈美ちゃん達でしょ。それに二、三個余分になるようにお願いね。はい、これでお願い」
母さんが財布から、お札を出してくるので、受け取り財布にしまう。
「じゃ、行ってくるね」
「あ! 待ってよ。お兄ちゃん、私も行くから」
玄関を出ようとすると、真美が階段の上から声をかけて来る。
「来るなら、早くしろよ。先に出てるからな」
「もう、待ってって言ってるのに!」
真美の支度を待たずに玄関を出て、駅前の方に歩いていく。
すると曲がり角に差し掛かったところで、女性数人の姦しい声が聞こえてくる。
「なんだか、聞き覚えのある声だな。まさかな……」
「「あ! まー君!」」
曲がり角に差し掛かり、そのまま真っ直ぐ駅の方に向かっていると声を掛けられるので、声のする方向を振り向くと奈美たち山田姉妹と見覚えのない女の子がいた。
「おう、珍しいな。こんな時間に会うのは。まあ、今日の昼はよろしくな。で、そちらは?」
「そうだ! 紹介するね。この子は『土田亜美』奈美の同級生で、昨日のターゲットでもある子でした」
なぜか、由美が奈美の同級生を紹介してくる。しかも『ターゲット』とか、なんのことだ?
「ターゲット?」
「ほら! まー君が写真を送ってくれたでしょ」
「写真? ああ、あのヤバかった吉田な。で、なんでその子がターゲットなの?」
「その吉田ってのが、亜美のストーカーみたいなの」
「え? 吉田って、そうだったの?」
「まー君は知らなかったの?」
「いや、俺はそんなに親しくしてないし。一日話さない日なんてのもザラだしな」
「うわぁ、そりゃ友人とは言えないね。確かに単なる同級生だわ」
俺の吉田に対する態度に由美が呆れたように被せてくる。
「まあ、それはいいとして、家に帰っても大丈夫なのか?」
「そこ心配だよね。でね、私達も心配だから、もう少し泊まっていけばって言ったんだよね。そしたらさ、もう大丈夫だって言うんだよ。だからね、なんで大丈夫なの? って聞いたの」
「由美、ちょっと待て」
「なに? まー君」
「なんで、さっきから由美が話してんだ? 当事者はどう見たって、そこの土田さんだろ? それか、同級生の奈美が話すならわかるけど、一番遠い由美が話すのはなんでだ?」
「そうだね、なんでだろ?」
そう、さっきから由美だけが喋りっぱなしで、他の二人は俺と由美が話しているのをただ後ろから着いて来ているだけだった。
「まー君、そんなに不思議なことじゃないよ。由美はまー君と話せるのが嬉しいだけなんだからさ。ね、由美」
「な、奈美! なにを言い出すのよ!」
「あら、本当のことじゃない」
「それはいいとしてだ」
「「「(いいのかよ!)」」」
「それで、なんで大丈夫なんだ? もしかして、吉田は捕まった?」
「そうじゃないの。実はね、私のお父さんが警察官でね、ちょっと見回りしてもらったの。そしたらさ、やっぱり家の周りをうろついていたみたいで、注意してくれたんだって。そしたらね、その場からすごい勢いで走って逃げたから、多分大丈夫だろうって」
「え?」
「え?」
「「え?」」
俺が驚き、土田さんも俺の驚きに反応し、山田姉妹も驚く。
「いやいや、驚くでしょ。どこが大丈夫なの? 少し危機感が足りないんじゃない?」
「なんで、もう吉田は警察に注意されたんだから、諦めるでしょ?」
「いや、なんで?」
「なんでって、なんで?」
「あそこまで血走った目をしてた奴が、そんなちょっと注意されたくらいで止めるわけないでしょ。今からでも遅くないから、山田姉妹の家に引き返して。そして、家に帰るなら親父さんに頼んで、吉田の動向を確認してからにしなよ」
「え~平気だって。そこまでしなくても大丈夫だって」
「奈美、お前も大丈夫だと思うか?」
「私? 私には分からないよ」
「お前も大にストーカーされているようなもんだろ。あんな小さい男でも奈美に注意されたくらいでへこたれることなく、毎日毎日付き纏ってんだぞ。あまり、ストーカーを甘く見ない方がいい。ほら、由美もボーッとしてないで、家に連れてけよ」
「ちょっと待って!」
あまりにも警戒心が足りなすぎる土田さんに少しイラつきながら、奈美達に匿うように伝えるが、それを聞いた土田さんがいきなり叫ぶ。
「なんで、初対面の男の子にそこまで言われなきゃいけないの?」
「お前こそ、世間のストーカー関連のニュースを見てないのか? 事件になるほとんどが警察から注意されても結局は事件化しているじゃねえか。なんで、そこまで警戒心がないんだよ。そんなんじゃ痴漢も……あれ? どこか見覚えがあると思ったら」
「なによ!」
そう土田さんが言った後に小声で俺にだけ聞こえるように耳元でいう。
「痴漢の件は今は言わないで、ややこしくなるから」
「やっぱり、お前は……」
「だから、その話はいいって!」
「ちょっと、まー君、亜美、どうしたの?」
俺と土田さんが大声で怒鳴り合ったもんだから、奈美が心配になったのか間に入る。
「ねえ、亜美。まー君の言うことにも一理あると思うよ。まずはお父さんに話してさ、その吉田って子がどこにいるかを確認してからじゃないと、私も不安だよ」
「奈美、そうね。ごめんね、またちょっとお邪魔させてもらうね」
「いいって、そこは気にしないでいいから。じゃあ、私達は戻るね。ありがとう、まー君」
「帰ったか。じゃあ、もうケーキもいらないな。今日は家にくることもないだろうし」
そう思い踵を返し帰ろうとすると真美と目が合う。
「見てた?」
「見てた! なに、あの女達は。せっかくお兄ちゃんが心配してあげてるってのに!」
「まあ、結局は俺の提案を受け入れてくれたんだし、いいじゃねえか。ほら、帰るぞ」
「なんで帰るの? ケーキは?」
「お前も見てたんだろう。なら、今日は家に来ることもないだろう。だから、ケーキもなし! ほら、帰るぞ」
そう言って、右手を真美に差し出すとそのまま、頷き手を握って来る。
「じゃあ、このまま帰るぞ」
「うん」
SIDE B.やっぱり甘いよね
由美や奈美と楽しく過ごし、お父さんが帰宅するころを狙って、お父さんに電話を掛ける。
『奈美か? どうした? 俺なら、もうすぐ帰るから』
「違うの! お父さん、ちょっと話を聞いて欲しいんだけど、今大丈夫かな?」
『うん、ちょっと待て……いいぞ。なんだ?』
お父さんに今日の吉田の様子も含め、出来るだけ冷静に丁寧に話す。
『そうか、そんなことがな。分かった、署の連中にも話して警戒してもらうから。まあ、その友達の家には迷惑掛けないようにな』
「うん、ありがとう。ごめんね」
『なに、これも親の務めだし、市民を守る警察官の仕事だからな』
「ありがとうね、お父さん」
お父さんとの話も終わり、お風呂も頂いたので、後は寝るだけなんだけど、やっぱり修学旅行のノリで楽しくなってしまい目がさえて眠れなくなってしまった。
「ねえ、亜美はさ。私に痴漢と間違えた子を探して欲しいって言ったじゃん。で、奈美からも彼女らしい子がいたからって特徴を教えてもらったんだけどさ、正直思い当たる子がいないんだよね。確かにうちの学校なんだよね?」
「う、うん。そうだね、学校は由美と一緒だよ。学年もね」
「そうなんだ。じゃあ、なんで見つからないのかな?」
いや、もう見つかってますから。なんなら、由美が鏡を見れば一発で条件ピッタリの子が見つかるから~
「ごめんね、見つけられなくて」
「い、いいよ。別にさ、そんなに急ぐ訳でもないし。それにもしかしたら、その男の子も忘れてるかもしれないしさ」
「そうかな。まあ、亜美がそんなに急いでないんだったら、私ものんびり探していいかな?」
「もう、全然。私のことは気にしないでいいから」
「分かったよ、亜美」
やっぱり、言えないよな~まさか、あのまー君を痴漢扱いしたなんてさ。
それから他愛もない話をして、段々と微睡んできたところで横の二人も静かに寝息をたて始める。
「もう寝たよね。じゃあ私も……」
次の日、起きるとお父さんからのメッセージを受信していた。
「お父さんからだ。なんだろう? ん? 『家の警戒中に不審者の高校生らしき男性を見つけ、注意して帰す』か。注意しただけで大丈夫かな。ま、でもいなくなったのなら安心かな」
「ん~おはよう、亜美。なんかいいことあった?」
スマホを見ていた私に気付いた由美が話しかけてくる。
「うん、あのね。お父さんからのメッセージで、昨日の晩にストーカーに注意して帰したって、来てたの」
「そう、それは大丈夫なのかな?」
「分からないけど、これだけだしね。後で電話して確認してみるから」
「それがいいよ。そうしなよ」
「もう、うるさいよ。朝からなんの話してるの?」
「奈美、おはよう。うるさいじゃないよ。もう、起きる時間だよ」
「そう? ふぁ~あ、亜美はよく寝れた?」
「うん、おかげさまで」
「それで、家の方は大丈夫なの?」
「さっき、お父さんからのメッセージを見てたんだけどね……」
由美に話した内容をもう一度、奈美に話す。
「そう、でもやっぱり不安だから、もう一度お父さんに頼んでみてね」
「うん」
「なに、なにか楽しそうだけど?」
「あ、ごめんね。いや、やっぱり双子だなって思ってね。さっき、由美にも同じことを言われたし」
「あら、そうだったの。まあ、双子ならではは、それだけじゃないんだけどね、なんで双子で……」
奈美がダークサイドに落ちる寸前みたいだ。
朝食をご馳走になり、奈美のご両親にお礼を言って、奈美達が駅まで送ってくれると言うので一緒に家から出る。
しばらくは女三人でお喋りしながら、歩いていたら曲がり角の手前で由美がいきなり小走りになる。
すると曲がり角から、例のまー君が出てくる。
「あ! まー君!」
由美がまー君にまとわりつく。
しばらくはまー君と一緒に四人で歩いていたが、まー君が私のことを「警戒心がなさ過ぎ」と注意してくる。
私もムキになる。
「なんで、初対面の男の子にそこまで言われなきゃいけないの?」
「お前こそ、世間のストーカー関連のニュースを見てないのか? 事件になるほとんどが警察から注意されても結局は事件化しているじゃねえか。なんで、そこまで警戒心がないんだよ。そんなんじゃ痴漢も……あれ? どこか見覚えがあると思ったら」
「なによ!」
今、ここで奈美達に痴漢の件を言われるとややこしくなるから、まー君の耳元でまー君にだけ聞こえるように言う。
「痴漢の件は今は言わないで、ややこしくなるから」
「やっぱり、お前は……」
「だから、その話はいいって!」
「ちょっと、まー君、亜美、どうしたの?」
私とまー君が大声で怒鳴り合ったもんだから、奈美が心配になったのか間に入る。
「ねえ、亜美。まー君の言うことにも一理あると思うよ。まずはお父さんに話してさ、その吉田って子がどこにいるかを確認してからじゃないと、私も不安だよ」
「奈美、そうね。ごめんね、またちょっとお邪魔させてもらうね」
「いいって、そこは気にしないでいいから。じゃあ、私達は戻るね。ありがとう、まー君」
奈美の家に入るとご両親が不安そうな顔で「どうしたの?」と聞いてくる。
そりゃ、お世話になりましたって言って、出たばかりなのに一時間もしない内に戻って来たら、不安にもなるよね。
「お母さん、実はね。そこの角でまー君に会ったの。それでね、ストーカーのことを甘く見過ぎだって、注意されたからね。もう少しだけ、様子を見ることにしたの。勝手に決めてごめんね」
「そうなのね、分かったわ。確かにまー君の言うことも分かるわ。はっきりするまでは、いてもらいなさい」
「うん、ありがとうね。お母さん」
「お世話になります」
「気にしないでいいのよ。このまま、帰して嫌なことがあった方が悔やむもの」
「すみません。ありがとうございます」
「ふふふ、奈美達と仲良くね」
「はい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます