第8話 朝の風景

SIDE A.駅までのあれやこれ

朝になり、親が出る前に田舎の婆ちゃんに俺が預けられていた時のことを聞いてもいいかと母さんに聞いてみる。

すると、母さんはある携帯電話の番号が書かれた紙片を俺に渡す。

「お義母さんは、ほとんど友達の家に出かけているそうだから、その番号にかけなさいね」

「もしかして、婆ちゃんの?」

「そうよ。今時のお年寄りは携帯じゃなくてスマホを持つ時代なのよ。そこにメッセージアプリのIDも書いてるから、登録しておけば」

「分かった。ありがとうね」

「どういたしまして。なにか分かったら私にも教えてね」

「はいはい、わかりました」

母さんに礼を言うと家を出る。

「あら、今日は早いのね? なにかあるの?」

「別にそういう訳でもないんだけどさ、昨日はイヤなことがあったからね。少し早めに出ようと思ってさ」

「そうなのね、行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


駅までの道を歩いていると後ろから声を掛けられる。

「「あ~まー君だ!」」

そう言って、山田姉妹が駆け寄ってくる。

「おう! お早う」

「まー君、今日は早いね。どうしたの?」

「まさか、今から乗る電車に好みの子が乗っているとかかな?」

「そうなの? まー君」

山田姉妹が俺に妄想をぶつけてくるが、俺にはそういう相手がいない。本当にお年頃の男の子なら、誰かを好きなったり気になったりするものだと思うんだけどな。残念ながら、そういうことは一切ない。なんでかな。

でも、今は山田姉妹の妄想を跳ね除けておこう。


「違う! むしろその逆だ。会いたくないのがいつも乗る時間の電車に乗っているかもしれないから、早目にずらしたの。俺だって、どうせなら好みの子が乗っている車両に乗りたいよ」

「へ~それは初耳。まー君にもそんな子がいたんだね~」

「本当なの? まー君!」

「あ~違うぞ。奈美には昨日言っただろ。今の俺にはそういう人はいないって」

「そうでした……」

奈美が少し落ち込んだような雰囲気になる。

「あ~まー君ってば、いけないんだ。朝から奈美をこんなに落ち込ませるなんて!」

「は? 由美はなに言ってんだ? 今の俺の発言のどこに奈美を落ち込ませる内容があるってんだ?」

「もう、このニブチン!」

「由美、いいから」

「でも、奈美「いいの、それは由美も同じでしょ!」……そうかも知れないけどさ」

「朝から、なにを言ってんだか。それより奈美。今度の土曜日ごめんけど頼むな」

「うん、いいよ。それより大君は大丈夫だったの?」

「まあ、大丈夫とは言えないが。こればかりは俺にはなにも出来ないからな」

「もう、いっそ奈美がまー君と正式に付き合っちゃえばいいのよ。そうすれば、大くんも落ち着くんじゃないの?」

「由美、言っていい冗談じゃないぞ!」

「そうよ! 由美。本当に由美はそれでいいの?」

「う、まー君ごめん。奈美、私も本当は嫌だよ。でもさ、それも一つの解決策なのかなって思って……グスッ」

「な、なんだよ。今度は由美か」

「もう、そんなに辛いって分かっているのならなんで言うのかな~ほら!」

奈美が由美にハンカチを渡す。

「ありがとう。ごめんね」

「お前ら、朝から変だぞ」

「「(誰のせいだと思っているのよ! このニブチン!)」」

「な、なんだよ。睨むなよ。俺はなにもしてないと思うぞ?」

「「ハァ~」」

山田姉妹が二人揃って嘆息する。

俺がなにをしたって言うんだ?


しばらくは無言の山田姉妹とダラダラと歩き駅に着く。

「結局は昨日と同じ時間か」

「どうしたの? まー君行かないの?」

「ああ、一本ずらすわ。先に行ってくれ」

「そんなに会いたくない人がいるの?」

「まあな、乗っているかどうかは分からないが、大体は同じ時間に乗るだろう。だから、俺は乗らない」

「そう。じゃあ、先に行くね」

「ああ、またな」

「うん!」

そう言って山田姉妹を見送る。

「私はまー君と一緒のに乗るね」

「由美! それはどういうことなの?」

「別にいいじゃない。次のに乗っても私たちは十分に間に合うし。奈美はそれに乗らないと遅刻ギリギリでしょ? ほら、奈美は走るのが苦手なんだから、行った行った!」

「もう、由美のばか!」

そう言って走り去る山田姉妹の姉、奈美を送り出す。

「由美、よかったのか?」

「いいのよ。でも、たまにはこんな可愛い女子と一緒に登校するのもいいものでしょ?」

そう言って、俺の制服の腰あたりを握ってくる由美。気のせいか顔が少し赤い。

「可愛い……か、確かにそれは認めるが、俺なんかと一緒に登校して大丈夫なのか? 由美」

「(か、可愛いって言った? 言ったよね! きゃっ!)」

「由美? 大丈夫か? 顔が赤いぞ? 引き返した方が良くないか?」

「い、いいの! いいから、放っといてよ! ほら、次のがすぐに来るから、さっさとホームに行くわよ!」

由美に引かれるように改札を抜け、ホームに向かう。


「なあ、由美。こんなことお前に聞くのも筋違いかも知れないけどさ」

「うん? なにかな?」

「奈美の好きな奴って、お前は知っているのか?」

「なに? 気になっちゃう?」

「そりゃあな、中学時代からの付き合いだが、俺と唯一普通に話してくれる女子だからな。貴重な存在だ」

「へ~でも、別に奈美のことが好きで気になっている訳じゃないんでしょ?」

「まあな、そこは友達としてのLIKEだな」

「(は~奈美も残念だけど、私も残念てことだよね)そりゃ残念。あ、ほら電車が来た!」




SIDE B.ずらしてみた

朝の支度を済ませ、腹が減ったとうるさいお兄ちゃんの朝食を用意してやり、自分も朝食を取る。

「なんだか朝から、バタバタしているな」

「それはごめんなさいね。ちょっと寝坊しただけじゃない。そんなにお腹が減っているのなら、自分で作ればいいのに!」

「それが出来ないから、お前に頼んでいるんだろ」

「ふ~ん、頼まれているような感じはしないけどね。それで、お父さんは?」

「もう、出てったよ。なんだか呼び出されているみたいだったけどな」

「そう、じゃあ私は出るから、後片付けはお願いね。暇な学生さん」

「分かったよ」

「あ、そう言えば! 昨日言ってた送り迎えの約束は?」

「なんだそれ?」

「この鶏頭! もういい!」

やっぱり、お兄ちゃんは昨日のことを覚えていないみたいだ。まあ、痴漢は捕まったと言ってたし大丈夫かな。


家を出て駅に向かう。駅でアイツに会うのも嫌だな。よし! 少しずらそう。

でもずらすと走らないと間に合わないんだよね。

でも、アイツに会うよりはマシか。明日は早目に出ることにして、今日は走ろう。


駅に着き、私がいつも乗っていた時間の電車を見送る。


「よし、次だ次! これに乗らないと完璧に遅刻しちゃうし」


それよりもいつお婆ちゃんに連絡しよう。お父さんはお昼前にすればいいって言ってたから、十一時くらいかな。

そんなことを考えているとホームに電車が滑り込んでくる。

目の前を通り過ぎる車両を何気なく見ていたら、あの男の子がいた。

「なんだ、やっぱりいるじゃん。でも、彼女と一緒か~あれ? あの彼女はどこかで見たような……誰だったかな?」


なんだか、同じ車両に乗るのは気がひけるので、一つずらして隣の車両に乗り込む。

「あ~あ、彼女さんがいたんだ。何気にショックだな~でも、一緒にいる彼女の特徴も伝えたら、奈美の妹さんも見つけてくれるかも知れない」


電車が私が降りる一つ手前の駅に着く。あ、あの男の子はここで降りるんだよね。何気なく窓の外を見ると彼女さんが彼の服の裾を握っている。

「なんか微笑ましいな~羨ましい」

改札に向かって歩く二人。そんな彼女と一緒にいるところを偶然にも見てしまい複雑な思いを胸に抱く。


『次は~』

「あ、もう着いたんだ。よし、遅刻回避の為に走るぞ!」

車両のドアの前でスタンバイし、駅に着くと同時に車両から飛び出し改札を目指す。

「どいて! どいてよ! 遅刻しちゃうじゃない!」

なんとか、改札を抜けると後は学校へと急ぐだけだ。


ようやく学校が見えてきた。これで遅刻は回避出来そうだなと思っていると、なにやらどんよりした様子の奈美が先を歩いていた。

「奈美、お早う。どうしたの? 朝っぱらから、そんな暗い顔してさ」

「亜美! どうしよう……」

「なになに、なにがあったの?」

「このままじゃ妹に由美に先を越されちゃいそうなの!」

「あ~ちょっと待って! いいかな、ちょっと待ってね。いきなりそう言われても私にはさっぱりだよ」

「亜美は私の話を聞いてくれないの?」

「だから、ね? ちょっと落ち着こうか。まずは教室に入ろう! ね、そうしようよ」

「うん……」


非常に落ち込んでいる奈美をなんとか教室まで連れてくる。


教室にいる同級生達と挨拶を交わし、奈美を自分の席に座らせる。

「落ち着いた? ほら、ちゃんと話して」

「亜美……」

「それで、なにがあったの?」

「由美がね、私にまー君と付き合っちゃえばって言ったの」

「あら、それはいいことじゃないの?」

「でも、まー君は冗談だと思って、断られちゃったの」

「それは残念」

「でね、まー君と一緒の電車に乗る筈だったのに、まー君がね、それには乗らないで次の電車に乗るって言い出したの」

「ふんふん、それで?」

「でね、じゃあ私もって、由美まで次のに乗るって言ったの」

「じゃ、奈美も次のにすればよかったのに」

「由美にもそう言われたの。あと、絶対に遅刻するねとも」

「あ~確かに奈美には、この距離を走るのは無理だね」

「亜美までバカにするの?」

「バカにはしてないわよ。でも、事実でしょ?」

「それは……そうだけど」

奈美が少しだけ落ち着きを取り戻した頃に担任が教室に入って来てHRが始まる。


授業は進み、お昼休みまであと、一限残っているがお婆ちゃんに聞くのを思い出し、奈美になんとなく断りを入れ席を立つ。


渡り廊下に出ると、お婆ちゃんに電話を掛ける。

『プルル……プルル……はい、土田ですが?』

「お婆ちゃん、私! 亜美。覚えてる?」

『なんだい? オレオレ詐欺かい? なら、お断りだよ。切るからね』

「待って! お婆ちゃん! 本当に亜美だって!」

『本当に亜美なのかい? 本物の亜美なら、私のことをお婆様って呼ぶはずだよ?』

「いつ呼んだのよ!」

『ははは、本当に亜美みたいだね。で、どうしたんだい?』

「実は少し聞きたいことがあってね」

『なんだい? 改って。まあ、いいさ私に分かることなら答えてあげるから』

「あのさ、昔ね……」

本題に入ろうとしたところで、予鈴が鳴る。

「あ~もう、ごめん。お婆ちゃん、授業が始まるからまた、今度ね」

『はいよ! またね』

スマホを切って、教室へと走る。

「なんか今日、走ってばかりじゃないかな」


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