第7話 頼れるのはお婆ちゃん

SIDE A.風呂場での攻防がありまして

父さんが言うには、実家の祖母に任せっきりでいたために俺が預けられている間は、特に用がない限りは放置していたらしい。父親として、それでいいのかよ。なので、聞くなら祖母が一番だろうということになり、その晩の夕食を終えて、自分の部屋に戻る。


「まあ、とりあえず誰に聞けばいいか分かっただけでも、よしとするしかないよな。さて、風呂にでも入るか。っと、その前に済ませないとな。あんまり、気が進まないけど……」

スマホを取り出し奈美にメッセージを送る。

『今度の土曜日の二時頃に家にきて来れるか?』

「ま、こんな感じだな。今は大のことは言わないでおくか。聞かれたら答えればいいよな。さ、風呂風呂!」


着替えを用意して、風呂場へと向かう。

「その前に……母さん、真美はそっちにいる?」

「あら? お風呂はまだだったの? 真美ならここにはいないわよ。なに? 一緒に入るつもりなの?」

「母さん、そんな訳ないだろ! いつも乱入してこようとするのは知ってるだろ。見たら、ちゃんと止めてくれよ。頼んだかららね」

「はいはい、早く済ませなさい。後が支えているんだから」

「分かったよ。ホント、頼むよ」

一応だけど、母さんにお願いして風呂場へと向かう。


脱衣所を開けて、誰もいないことを確認する。

「よし、まずは第一段階はクリアだな。じゃあ次は……」

浴槽の蓋を開ける。お湯は入浴剤のせいで濁っているから、中までは分からない。だけど、不自然な筒が水面から出ている。

「やっぱり、これはアレだよな。毎回毎回、工夫しているのは分かるが、頑張る方向性が違うだろ」

水面から出ている筒の先端を抑える。すると、浴槽内の水面が不自然に揺れ出す。そして……

「ぷはぁ、死んじゃうよ! 息が出来なかったじゃん! だから、人工呼吸が必要なんです。お兄ちゃん!」

そんな訳の分からないことを言いながら、スク水姿の真美が迫ってくる。


「アレ? お兄ちゃん、なんで服を着てるの? お風呂は裸で入るところだよ?」

「お前な……まあいい。上がったら、声を掛けてくれ」

そう言って、浴室から出ると後ろ手でドアを閉める。

「もう、照れなくてもいいのに~」

「勘弁してくれよ。ホントに」


風呂から出ると母さんに風呂場でのことを報告して部屋に戻る。

「まったく、真美の奴にも困ったもんだな。ん? お、奈美からの返事が来てるな」

スマホの画面を確認すると、奈美からの返信が来ていた。

奈美からのメッセージは『行っていいの?』だった。

「う~ん、正直にいうべきかな。うん、言っとこう。後で文句言われるのは分かっていることだし」

長文になってしまったが、母さんが大に今日のことをなにが悪いかを言い聞かせるので、俺と一緒に同席して欲しいと。

「さて、今度はどんな返事が来るかな」

すると、即返事がきた。もしかして、俺からの返事を待っていたのか? よっぽど暇なんだな。

奈美からのメッセージには『分かった。由美も一緒でいいかな?』とあった。

「まあ、一人で来るのは気が重いよな。母さんに聞くまでもなくOKだろ」

奈美には『構わない』とだけ返信した。こりゃ明日、由美に文句言われそうだな。


スマホを手から離し机の上に置くと、椅子の背もたれを使い思いっきり伸びをするとドアが乱暴に開かれ真美が入ってくる。

「お兄ちゃん! どういうつもりなの!」

「ん? なんのことだ?」

「なんのことじゃないでしょ! 可愛い妹がお風呂に入っているんだから、背中くらい流そうとか思わないわけ?」

「真美、なにを言っているのか分からないんだけど?」

「なんで、分からないのかな? 可愛い妹を可愛いと思わないのはおかしいよ?」

「ん。お前がおかしいのは十分に分かったから、風邪をひかないうちに、ちゃんと髪を乾かすんだよ。ほら、さっさと自分の部屋に戻るんだ」

「ちょ、ちょっと押さないでよ」

「いいから、俺もやっと風呂に入れるんだから、ほら、さっさと出なさいって」

「もう!」

真美を出してから、俺も部屋を出るとドアを閉め鍵を開ける。

「あ~なんで部屋の鍵をかけるの!」

「なんでって、お前が入っていたずらしないようにだろ」

「そんなことしないもん!」

「前もそう言って、俺のスマホの検閲をしてただろ? 一体、いつの間にパスワードを解除したんだか。そういうのは、いい加減にやめてくれないか」

「だって、それは妹の義務だから」

「そんなのは聞いたとがないよ。いいから、自分の部屋に戻りなさい」

「むぅ~」

真美を部屋の前から退けると、脱衣所に入るとドアの鍵をかける。

「なんで、俺がこんなことしなきゃいけないんだろうな。ホントなら男女逆だよな。ハァ~」


やっとゆっくり出来ると服を脱ぎ掛けたところで、棚の上でなにかが光った気がする。

「なんだこれ?」

光るなにかを手に取ると、隠しカメラだった。しかも電波で飛ばすタイプのだ。まったく、なんで俺なんだろうな。カメラを棚の奥の方向に向けると、念のためとタオルを被せておく。

「これでいいか。本当に勘弁してくれよな」

でも、一つを見つけやすいところにおいて見つけさせることで油断させるってのがあったよな。昼間にも似たようなことがあったし」

今から、探すのかとゲンナリしたが、目的のものはすぐに見つかる。脱衣所に三つ、浴室内にも三つ。

「はぁ、あいつはどこに向かっているんだろうな」


風呂を済ませ、母さんに見つけたカメラを渡す。

「あら? これはなんなの?」

「真美が仕掛けたカメラ。後はよろしくね」

そう言って部屋に戻る。




SIDE B.夢で逢えたら

お父さんに聞けたのは、お婆ちゃんが知っているんじゃないのかなということだけだった。お父さん自体が全く覚えていないということだから、頼りになるのはお婆ちゃんだけということだ。

本当はすぐにでも聴きたいけど、もう就寝中だろうと言うことで、明日聞くことにした。

「とりあえず、今日聞けることは聞いたし、さっさとお風呂に入っちゃおうかな。明日は奈美にも確認しないといけないし。することがいっぱいだよ」


着替えを用意してから、お風呂場に向かう。

お風呂でゆったり過ごしてから、部屋に戻るとスマホの着信のランプが光っていた。

「誰からだろう?」

そう言ってスマホの画面を確認すると、奈美からのメッセージだった。

「どれ? 『妹に聞いたけど思い当たる生徒は知らないらしい』か。まあ、一日目だしそういうこともあるよね。しょうがないよ」

そんなことを思いながら、奈美にメッセージを『分かった。また、なにか分かったら教えてね』と返す。


そうだ、ついでに私の婚約者もマー君っていうことを奈美に言っておこうかな。奈美はどう反応するか楽しみだね。

『私の婚約者もマー君ていうんだよ』

「わ、もう既読になったよ。どんだけスマホを見てるのよ。奈美ったら」

すると、すぐに返信が来た。


「なに? 『写真はないの?』か。そうだよね、どんな顔か気になるよね。でも、お父さんは知らないっていうし」

『写真は今は手元にないんだ』と送ると、すぐに既読になる。


するとすぐにまた、奈美からのメッセージが届く。

「なになに? 『残念、そっちのマー君を見たかった。ガクッ』と。ふふふ、それは私もだし」


『多分、お父さんの実家にあると思うから、明日にでもお婆ちゃんに聞いてみるから』と送るとすぐに既読になる。

「早いよ。今度はなにかな。『じゃあ、すぐには見られないんだね』だって。そうだよ、私もそれが残念でしかないんだよ。でも、田舎に行くとなると大変だし、一日で往復は出来ないよね」


『私の婚約者のマー君には会えないけど、そっちのまー君は近くにいるんでしょ? 紹介してよ』と送ると、これもまたすぐに既読になったと思ったら、すぐにメッセージが送られてくる。


「なにか気を悪くしたかな? 『それはごめんなさい』短っ!」

奈美のまー君に会うのは大変そうだな。でも、興味はあるんだよね。あの大人しそうな奈美がずっと片想いしている男の子がどんな人なのか。優しいのか、やんちゃなのか、大人しめなのかとか気になるじゃない。


「あれ、もうメッセージが来ないね。もう寝た? いや、まさかね。まあ、いいか私も宿題をすませてしまおうかな」

スマホを机の片隅の充電台に置くとカバンから筆記具と教科書を取り出し、課題に取り組む。


課題を終え、机の上の置き時計を確認すると、もう十一時を回っていた。

「げ、もうこんな時間に……早く寝ないと」

課題と筆記具を片付け、寝る準備を済ませるために洗面所へと向かう。


台所のテーブルにお父さんとお兄ちゃんが二人でお酒を飲んでいた。

「なんか、ああいうのもうらやましいな~」


洗面所で歯磨きをすませ部屋に戻ると、そのままベッドに入り寝ることにする。

「今日は色々あったな。痴漢にあったことは最悪なことだけど、おかげでマー君のことも思い出せたし、トータルではよかったのかな?」

ま、いいかと目を閉じて、出来れば夢の中で昔のマー君と今のマー君に会えますようにと、お願いしてみる。


冷たい川に浸かって、遊んでいる幼い男女が見えた。

「あれ? これってもしかして、昔の記憶? お願いしてみるもんだね」


お婆ちゃんらしき女性ともう一人、お婆ちゃんと歳が近そうな高齢の女性が二人で話している。時折、私達の様子を見ながら話していた。

「ふふふ、私ってばちゃんと女の子しているじゃない。んんん? あれ、なんか女の子らしくない格好しているよね? これって本当に私の記憶なの? 私の記憶ではパンツ一枚で川で遊ぶ男女の幼児だけど、これだと誰が見ても男の子同士じゃないの。 これって一体どういうことなんだろう。出来れば私の記憶違いであって欲しいけど、もしこれが写真で残されていたら……」

そうだよ、もしこれをマー君が見たら、私を女だとは思わずに男の子って思うよね。マズイわ。


そう、私はなぜか男児用のブリーフを着用して、水遊びをしていたのだ。

ぱっと見は男児用のブリーフを履いた幼児が水遊びしている。そういう風景だった。


「でも、これが私の記憶だという保証はないし。記憶が違ってるだけかもしれないし。そうだよ! きっとそうに違いない!」


そう考えていると水遊びの川から、舞台が都市部に切り替わる。

「これは見たことがあるような、ないような。でも見覚えが……ああ、隣の駅じゃない。そうだ、私が乗るひとつ手前の駅だ。でも、どうして? はっ、もしかして大きくなったマー君はこの駅を利用しているってことなのかな? じゃあ、このまま見ていれば、いつかはマー君の家まで行けるのかな? よし、現実の私! まだ、起きるんじゃないぞ。頑張れ~」


マー君らしき男の子が駅の改札を抜けて通りへと出る。

もう少し、もう少し近付いてくれたら……

『ジリリリ……』

もう、うるさいな! なんで、今日に限って電車のベルがこんなにうるさく感じるんだろう。あ~もう、いつまでもうるさい!

そう言って、手を振り『パシッ』となにかを叩いたところで目が覚める。

「あれ? もしかして、さっきのは夢……だったよね。よし、もう一回」

「亜美、いつまで寝てんだ! さっき目覚ましが鳴っただろう!」

お兄ちゃんが部屋のドアを開け、怒鳴っている。

「うるさ~い! なんでノックもしないで開けるのよ! このバカ! 鶏頭!」

「な、悪かったよ。だけど、もう起きる時間だろ? さっさとしてくれ」

「分かったわよ。あ~もう最悪……」

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