第54話前編 過去
【※明けまして、おめでとうございます!!】
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『お、ヒトリ! 戻ったか』
地上へ戻ると、山口さんが出迎えてくれた。
俺はその事に強い安心感を覚える。この人が居る=黒岩薙獲が近く居ないと言う事を意味するからだ。
別に彼女の事が嫌いだと言うつもりはないが、あのテンションにずっと付き合うのはやはり疲れてしまう。悪い人ではないとは分かってるんだが……。
やはりと言うべきか、迷宮庁のトップでもある黒岩薙獲は気後れする存在らしく、自衛隊員や山口さんも彼女が俺の近くに居ると傍に来てくれない。
更に言えば、ミルキーさんも彼女が居るとずっとトラックに引き篭ってしまうのだ。いや、今思えばそんなの関係無しに引き篭もってたか?
ともかく、俺は何時もの雰囲気に戻ってきた事に安堵し、少しテンションを上げて声を出す。
「へい、戻りましたよ。GD9がご所望の屑卵を三つ納品で~す!!」
屑卵を階段に持ち込むと中身だけが転送される事が判明した。その為、俺が実験に使った一つを除き、二つある屑卵の状態は正に完璧だ。
これならGD9も満足するし、研究もし易いだろう。
GD9の機嫌を損ねる行為は世界に逆らう事と同義だから、少し緊張する。
そう言えば、人気の怪物狩猟ゲームで似た様なクエがあったな。
そんな懐かしい記憶が脳裏を過ぎったが、ゲームと違って現実では少しも面白くない。いや、あのクエストも面白い部類では無かったけど。
俺がリアカーを外に押し出すと、山口さんはリアカーをそっと受け取る。
『ご苦労さん。なんつーか……お前も面倒な立場になったみてぇだな』
山口さんはそう苦笑する。
俺はそれに大きく頷き、同意した。
「そうですよね。まさかGD9の要望を受ける事になるとは、俺も少し予想外でした」
そりゃ日本政府からしたら俺が探索者になった事や、奥多摩に新種が居る事実をずっとGD9に隠し通す訳にはいかなかっただろう。
むしろ最初にその事実を伏せただけでも危険だった。
だが、俺が無事に超人化を果たせた事で多少の要望をGD9から要請されても受けきれると判断し、あのタイミングで発表したのだろう。
そして実際に『多少の要望』の第一弾を依頼され、俺はこうして働いている。
きっとこれからもそうした依頼は来るのだろうな。
けど、それは俺に利用価値を見出しているからだ。逆にそうした依頼が来ない方が不安になるけど、あまりに期待されるのもプレッシャーとなる。どうにも難しい気分だ。
社会人の人達や、父さんも似た様な不安と戦って日々を過ごしてるのかな……。
そんな風に理解を深めつつ、俺は大きく息を吸って気合を入れた。
「まぁでも、俺は頑張りますよ!! とっととこの依頼をクリアして、とりあえずGD9を暫く静かに……ぃ?」
話の途中で、大きなトラックと数台の車が入り口近くにやってきた。そしてその中から作業着姿の男達が現れ、ヘルメットを装着する。そのままトラックは『オーライ』の合図で、指定の位置に誘導され、停車すると荷台が開く。そして荷台の中から様々な道具を取り出し、作業着姿の男達は何やら地面を整地し始めた。
「な、なんでしょうかね……アレ? 山口さんは何か聞いてます?」
この奥多摩の静かさが台無しだ。
特に俺の生活スペースは入り口内部のトンネルにあるから、音の反響がとても気になる。
山口さんは気まずそうに後ろ頭を掻き、『あ~……』と声を絞りながら乾いた唇を上下に開く。
『迷宮庁の仮の本部が此処へ設置されるんだよ』
「……――えぇ?」
予想外すぎる言葉を受け、俺は一瞬だけ気が遠くなる。
だって仮の本部が設置されると言う事は、確実に『あの人』が絡んでくる事になるからだ。
山口さんもそれを理解しているのか、少し疲れた様子で溜め息を零す。
『黒岩長官の言い分では、一々此処と本部を行き来するのは手間だとよ。だから、此処に仮の滞在場所を作るらしい。そもそも迷宮庁の仕事はダンジョンに関するモノの管理、そして探索者の支援だ。だから現地にああした場所は必要だって話になったらしい』
山口さんは苦笑しつつ『でも、あくまでプレハブ小屋程度のモノだけどな』と告げた。
「だ、だからってそんな……血税まで使ってする様な事じゃないでしょ? 絶対にあんなの批判されますって!!」
今の奥多摩はとにかく注目されてる筈だ。
新種モンスターが出る事もそうだし、男の俺が超人化を果たした件なんかが絡み合い、世間の注目を再び集めてる筈である。
そもそも俺に多額の報酬を支払ってる件とか、そういう事実も世間で受け入れられてるか怪しい。
更に言うと俺へ支払われる報酬も日本国民の血税からだろうし、其処にあんな仮本部の設営も行われるとなったら、流石に世間の反応がヤバイのでは? 個人を厚遇しすぎだとかで。
そもそも俺は最近まで世間で叩かれてたらしいので、また世間を騒がしくして両親に迷惑を掛けたくないのだ。
なので俺は『あんなの』呼ばわりして工事を非難するが、山口さんは溜め息を零す。
『あの建設作業はな……黒岩長官の"自腹"で行われるんだ』
「じっ……自腹ぁ?」
『そうだ、多田独理は黒岩長官の息子の所為で此処へ閉じ込められた。だから、そんな彼を支援する為に黒岩長官は血税や権力に頼らず、自らの私財を投じた……ってのが表向きの理由らしい』
絶対嘘だ、俺はそう直感した。
それを山口さんも理解しているのだろう。だから『表向きの理由』と口にしているのだ。
そもそも今朝出かける時のやりとりで、あの人は自分の息子が俺を此処へ閉じ込めてた事を『忘れ掛けてた』と言っていたのだぞ?
いや、まさか――
「あの言葉を聞いて、コレを思い付いたのか……?!」
多田独理がどういう経緯で此処へ閉じ込められたかを今朝思い出し、そしてそれを理由に行動を開始した。
こう考えると全ての辻褄がピッタリと合う。
だとしても、あんなの精々が三十分前ぐらいのやりとりだぞ?! なのにもう此処まで要請したってのかよ……。
黒岩薙獲の大胆な行動力には寒気さえ覚える。と言うか、其処までする理由が不透明なのが不可解なのだ。
確かに俺は彼女から『お気に入り』みたいな扱いをされてるが、だからと言ってここまでする程なのか?
もしかしたら、黒岩薙獲が俺に向ける興味の度合いは想像以上のモノなのだろうか……?
そんな風に悩んでいると、突然山口さんが背後を振り向く。
『お~……噂をすればだな』
彼の視線を追うと、黒い高級車に乗った黒岩薙獲が今まさに現れた。彼女は制限速度を無視した速度で入り口近くに現れ、盛大なブレーキ音を鳴らして停車し、周囲の注目を集めながら車から降りる。
『やっほー!! ヒトリ君!! 見て見て~!! 迷宮庁の仮の本部が此処へ設置される事になったんだぁ』
じゃじゃ~ん、と効果音を口にしながら彼女は笑う。
俺はとてもじゃないが笑う気にはなれず、口角の端をヒクヒクと動かす事しかできない。
正直な話、俺は黒岩薙獲に悪い感情を抱いてはいない。
俺を此処へ閉じ込めたのはあくまで彼女の息子だし、彼女自身は血の繋がり程度の関係しかないからだ。
それに俺にアドバイスをくれたり、どういう練習をすればいいのかも教えてくれた。そのお陰で命が助かったし、実際にソレを言葉にして感謝も伝えたのだが――
『へっへ~! いいアイデアでしょ? これで四六時中"一緒に"居られるね?』
だからと言ってこれは予想外すぎるだろ?
俺はてっきり黒岩薙獲のこれまでの言動は此方を揶揄すると言うか、翻弄してるモノだとばかりに思ってたのだが……。まさか、"本気"なのか?
山口さんは既に俺の傍から離れて退避している。
場に残された俺は一人で強い混乱を抱えながら彼女を出迎えた。
「そ、そうですか……。と言うか、俺はダンジョンにも行くんで四六時中は一緒に居られませんけど?」
『そうなんだよねぇ、それだけが残念だよ』
思わぬ展開に自分が動揺しているのが分かる。
と言うか、黒岩薙獲がどうこうと言うより、同級生の母親に"只ならぬ感情"を抱かれてるってのが恐怖なのだ。
恐怖と言うか、戸惑いと言うか、とにかく普通の感情で受け止められる状況じゃないだろ、コレ。
自然と俺は生唾を飲み込み、相手の出方を伺う口調になる。
「で、でも本当にいいんですか? 此処に滞在するとなったら家庭と言うか、剛くんや旦那さんも寂しい思いをするでしょう?」
アレだけ憎かった黒岩剛を『君』付けする程に俺は動揺しているらしい。
だが、黒岩薙獲はパチクリと目を瞬かせながら口を『ぽかーん』とさせていた。
『は? 旦那? アタシ、旦那居ないけど』
「へ!? だ、旦那さんが居ない?」
だとしても家には息子さんが居るでしょう? 帰ってあげたらどうですか。
何時もの俺ならそんな事を口にしていただろうが、今はとても無理だ。
に、しても旦那が居ないってどういう事だ? 離婚してたのか?
確かに黒岩剛の口から父親の話が出た事はないのだが……。
けれど、この人は俺の想像を遥かに上回る言葉を吐き出したのである。
『うん。そもそも私は結婚とかしたことねーよ?』
「な、なんですって!?」
俺は慌てて彼女の左手を見るが、確かに結婚指輪なんぞ嵌めてない。
つ、つまりアレか?
性の乱れ的なアレで黒岩剛と言う存在はこの世に生み出されたと言う事か?
俺がそんな風に恐れ戦いていると、黒岩薙獲は呆れ顔で指摘してくる。
『君、アタシが性にだらしなくて、いきずり相手の子を授かったとでも思ってるだろ?』
「ま、まさかそんな……」
性と言うか、性格と言うか、色々とアレな面を疑ってるだけだ。
彼女は『はぁ』と小さく溜め息を零し、空を見上げた。
『当時……と言うか、十四年前ぐらいかな? 広島ダンジョンの攻略は激戦が続いててさ。百合籠のメンバーが一人亡くなっちゃったんだ。その一人ってのが……アタシの従姉だった』
「百合籠の一人が死んだ!? しかもチエさんの従姉!? え、そんなの聞いたこと……」
『そりゃあ、私達の百合籠が有名になったのは広島ダンジョンの制覇後だからねぇ。攻略途中で死んだメンバーなんて誰の眼中にも留まらないよ……悲しいけどね』
確かに『百合籠』がその名前を轟かせたのは全てが終わった後だ。
その後に黒岩薙獲は百合籠を脱退したが、百合籠自体は今でもメンバーを変えて活動中である。
色々と驚愕していると、更に驚くべき事実が彼女の口から明かされる。
『剛は……その従姉の忘れ形見さ。だから私が引き取った』
「え!? でも、従姉の旦那さんは?」
『既に事故で亡くなってた。だから、色々と切羽詰っててね……。ダンジョン混迷期では探索者への報酬が今とは比べ物にならない程、高額が貰える職だった。だから貧困層の若い女性達の多くがダンジョン攻略に挑んだよ。私や従姉もその一人だった』
確かに、ダンジョン混迷期ではモンスターの素材、素材部屋から採れる物に高額の報酬が支払われてたと聞く。それこそ低層の物にも高額が支払われてたと。
要するにゴールドラッシュみたいな扱いだったのである。
今でも探索者と言う職は高額を稼げはするが、流石に低層の素材にはもうそれ程の額は支払われてない。それこそ、金持ちレベルを目指すなら、最低でも中層へ行ける実力が必要となる。
そうした事情を考えれば、全体的な稼ぎはダンジョン混迷期と比べると見劣りするレベルだ。
なにせ未知の領域を切り開いた激動の時代の報酬と、切り開かれた時代で少しは安全になった状況で活動する報酬に対し、そうした差ができるのは当然だろう。
故に、ダンジョン混迷期では死者が多く出た。
金に魅せられて集められた人達がそれ程多かった証である。
と、言うか……黒岩剛は黒岩薙獲の実の息子じゃない?
そんなの予想外すぎる展開だ。
更には本当の両親が死んでたなんて、色々と重過ぎる過去じゃないか。主人公かよ。
でも、そんな事をTVで聞いた覚えはないぞ……? 周知されてる事実ではないって事か?
色々と謎が謎を呼んでるが、今は頭で考えるよりも尋ねた方が早い。
「い、従姉の人のご両親とかに剛君を引き取らせても良かったのでは?」
『無理無理、言ったろ? 従姉は貧困層だってさ。子供を育てるのには金が必要だ。まぁ、私も元は貧困層ではあったけど、それでも探索者で十分稼げている時期だった。それなら探索者で今後も金を稼げる可能性が高い、私が引き取った方がまだマシだと思ったんだよねぇ』
そこで彼女は言葉を区切り『でもさ』と表情を歪める。
『とは言っても、私はダンジョンの攻略を続ける身だった。だから義理の息子の面倒なんて見る時間は無いし、そもそも何時死ぬかも分からない状態だった。だから家政婦にあの子の世話を任せて……そんな状況がずっと続いて、気付けばダンジョンの制覇をしちまってた。引き取った子供の面倒をまともに見ないまま……ね』
「そう、ですよね。でも、それは仕方ないですよ。しかし、ダンジョンを制覇した後なら面倒を見ても良かったんじゃ……? その頃には金も十分にあったんでしょ?」
広島ダンジョンが制覇されたのは今から十年前だ。
黒岩剛はその時にはまだ五か六歳程度の歳だった筈、愛情を育むにはまだ遅くはない筈だ。
けれど、そうした俺の考えは甘いモノだった。
『無理だよ。私は化け物と四六時中殺しあってたんだぜ? 子供とどう接すればいいかなんて、私には分からなかった。超人である私が触れれば、壊してしまうかもとも思った。けど、一応ケジメは付けたんだぜ? 百合籠を脱退して、あの子の母親に成ろうと努力した……。でもさ、その頃にはもうアイツの母親は既に家政婦だった』
「あ……」
『滑稽だろ? 色々覚悟やら決めて、百合籠をやめて、久々に息子と顔を合わせ、今後は存分に甘えてもいいって告げたら……「嫌だ」って言われちまったんだ』
それもそうだろう、殆ど顔を合わせなかった母親。
そしてずっと面倒を見てくれていた家政婦。
どちらを慕うかは一目瞭然だ。
なのにある日突然息子に構おうとしても、そう上手くいかないだろう。
黒岩薙獲は憂いを帯びた溜め息を零し、後ろ頭を掻く。
『勿論、そんな一言を聞いて直ぐに諦めた訳じゃないよ? 二ヶ月程、アイツに付きっ切りで生活を共にした。けれど私はアイツの好きな玩具も、アニメも、何も知らないし、剛は私に自分が好きな物を何も教えてくれなかった。けど、家政婦に教えて貰った剛の好物を作っても、私が作ると「マズイ」って言われてさ……ある意味では、ダンジョン攻略より苦労したなぁ』
そう語る彼女の表情は本当に疲れたモノで、その時期は相当な苦労をしたんだと傍から見ても分かった。
けど、其処で彼女はチラリと俺を流し目で見て、小さく微笑む。
『だからさぁ、君との今朝のやり取りは少し嬉しかったんだ』
「……え?」
『色々と、ワガママを言ってくれたでしょ? ああ言うのってさ、私としては頼られてる気がして嬉しかったんだよね。もしも、幼い頃から剛と良い関係を築けてたらあんな感じで大声で叫ばれたり、遠慮ないやり取りをできてたのかなぁ……って思った。今の剛はぶっきら棒な奴でね、私と話してても何時もダルそうにしてんだよね』
確かに、今朝の俺は黒岩薙獲に対して遠慮なんてしてなかった。ある意味では生意気と言うか、山口さんと話してるノリだったかも。でも、彼女からしたら嬉しいモノだったらしい。
けど、彼女はそこで夢から覚める様に目を見開き、少し焦った様子で両手を振る。
『で、でも勘違いしないでね!? 君を息子扱いしてるとか、そういうんじゃないから。私はちゃんと、ヒトリ君を見てるからね? 剛と重ね合わせて、接してるわけじゃねーから。今の私に遠慮なくモノを言える人間なんて基本的にいないからさ、そういうのが嬉しかっただけってことだから!!』
「あ、はい……」
と言うか、もしかして……俺が今朝あんなワガママを口にしてしまったから、この人は急に『仮本部』を奥多摩に設営して、俺を今後もサポートしようと思って行動した……?
い、いや!! まさかそこまでのアレじゃないよな。
……でも、この人はまさにダンジョン制覇を成した全盛期に探索者を辞め、普通に生きようと決断を下せる程の人だ。
生死を共にした仲間との関係を終わらせる。そんなの簡単にできるか?
更に言えば、その後は政治の世界に飛び込む事すらしている。とてもじゃないが、行動力の化身と言うか、バイタリティが凄すぎる
だから、黒岩薙獲が今更なにをしようが不思議ではない……のか? つーか、今までの彼女の振る舞いを思い返せば、コレぐらい余裕でやるぞ。
だとすれば、この人が俺に向ける感情が大きすぎるって事になるんですが。
その事を自覚して思わず唾を飲み、体中に冷や汗がじんわりと浮かぶのを感じ取る。
暫くすると彼女は落ち着きを取り戻し、話を再開させていく。
『それでさ、最後の一週間だけはお試しで家政婦抜きで過ごそうとしたら……大失敗したよ。アイツが和子さん……あぁ、アタシが雇ってる家政婦の名前ね? 彼女は何処に居るんだと泣き喚くだけでさ、どうしようもなかった。結局、一週間どころか私は二日目に根を上げ、和子さんを家に呼んで、自分が人の親に成れない人間だと其処で悟った。だから……それ以来、アイツとはあんまり話してない』
「い、いやいや!! それは流石に言い過ぎですよ。ただ、色々と噛み合わなかっただけでしょう?」
人生経験の薄い俺だって、今の話を聞いて黒岩薙獲がとても苦労した事は理解できた。
ダンジョンの最前線を攻略しながら子育てもするだなんて、両立できる訳も無い。それに彼女の場合はきちんとケジメを付け、広島ダンジョンを制覇した後で探索者を辞めて子育てをしようとしたのである。
故に自虐する彼女を諌める様に語り掛けたが、それでも彼女は納得せずに続ける。
『本当に親子の情が芽生えてるなら、普通は子育てを諦めたりしないし、世間ではそんなの許されないっしょ? けど、私は諦めた。諦めちまったんだよ……。ダンジョンの深部で起きたどんな逆境でも諦めなかった私が、子育てと言う当たり前の行為を諦めちまった。そんなの人でなしとしか言い様が無いだろ?』
黒岩薙獲は自分を軽蔑する様に溜め息を深く零し、空を見上げる。
『とは言え、百合籠に戻ろうにも新規のメンバーが補充されててさ。探索者に復帰するのは無理だった。他の奴等と組む気も無かったし。だから、少し勉強して政治家を目指してみたのさ。金と知名度と時間は十分にあったからねぇ。で……今の私が此処に居るって訳よ』
そう言って一連の話を終えた彼女の姿は、何時ものそれとは違って見えた。
何時もの狂喜は見当たらず、ただ等身大の一人の女性が目の前に居る。
俺は黒岩薙獲の過去を聞き、大きな混乱と戸惑いを覚えてしまう。
――俺はこの人と、一体どう向き合えばいいんだ?
今、この時に行う対応が、彼女との今後の関係を左右する気がした。
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