第52話 テスト結果



『これは……驚きだね』



 物資が届き、超人化した俺の身体能力を測るテストが行われた。


 結果として言えば……俺は正しく"超人"になっていた。


 バーベルは五百キロを上げられたが、それ以上の重さを用意できずに測定不可に。


 トンネルの中を往復した百五十メートルのシャトルランでは七秒丁度の速さを記録。だが、スピードを出しすぎると壁や境界線と激突しそうになるので、全力を出せなかった。


 走り幅跳びでは三十メートル近く前に飛べたのだが、天井を気にしすぎて上手く飛べなかったので、天井が無い場所ならもっと行きそうだ。


 アナログ型の握力計で調べた俺の握力も余裕で限界値である百キロを超え、測定不可になった。と言うか、握力計を一瞬で破壊してしまった。


 力、速さ、跳ねる、と言う三つの要素の計測を終えた直後、その結果に驚きと口にした黒岩薙獲に対し、俺は尋ねる。



「お、驚きなんですか? だって超人化ってのはこんなモノでしょう?」



 TVだとこれと同等以上の景色を幾つも見ている。


 特に超人がスポーツで活躍する『ナインスポーツ』等では、この程度の光景は珍しくも無い。


 だが、黒岩薙獲は『うーん』と顎を摩りながら真剣な表情を浮かべている。が、そんなシリアスな雰囲気を彼女が発する一言が吹き飛ばす。



『上を脱いで』


「え?」


『服だよ、服!! 脱いでみなって』


「えぇ……? まぁ、いいですけど」



 最初はからかわれてると思ったが、表情はまだ真剣なままだったので素直に従う。上半身裸となり、俺は両腕を広げて見せた。



「はい、こんな感じですけど?」


『へへ……』


「えぇ……?」



 俺が服を脱いだ瞬間、黒岩薙獲は何時の間にか構えていたスマホで俺の写真を撮っていやがった。


 そして俺の戸惑う姿を確認するとソッと懐にそれを仕舞い、彼女は『こほん』と一息を零して言う。



『お、その歳にしては結構いい筋肉じゃん』


「なんで何も無かった風で先に進もうとしてるんすか?」



 『君の裸に興味なんてございませんけど?』みたいな顔してんじゃねぇよ。


 しかし、俺のツッコミを無視して黒岩薙獲は黙りこくったままだ。


 下手に争っても時間の無駄なので、俺は話を進める事にした。



「はぁ……まぁ俺もそこそこの訓練はしてきましたから。けど、流石に高校生してた時はもっと普通でしたよ?」



 俺はダンジョンに潜る前でも暇だったから筋トレ道具を要請して鍛えてたし。ダンジョンに潜る様になってから重装備と戦闘で自然と鍛えられた。更に言えば自衛隊の指導の下で相応の訓練もしたし、黒岩薙獲の指導も受けて反復練習もした。


 故に、俺の肉体は結構見れる感じだ。


 しかし、彼女は其処でピンと右手の人差し指を伸ばす。



『でもさ、君は超人化を果たし、驚異的な身体能力を得た。けれど……どうして肉体にが現れてないと思う?』


「え? もしかして俺の超人化は変と言うか……何か異常が起きてるって事ですか?!」



 其処で指摘を受け、確かに俺も自分の肉体があまり変化してない事に気付く。近くにある立て鏡を見ても、大きな変化を確認できない。


 僅かに筋肉の張りと言うか、そういう部分は変わってる気はするが……超人化の変化がコレだけってのは流石にどうなんだ?



「えぇ……これってまた何か変な事が俺に起きてるんすかね?」



 急に不安が押し寄せ、慌ててそう問いを投げ掛けると、黒岩薙獲は首を振った。



『いいや、それで正しいのさ。超人化現象で超人は若さを保つ、そして肉体の強度が向上する。けれど、力や瞬発力までは向上しないんだよねぇ』


「え? だったら何で身体能力が向上するんですか?」



 肉体の強度が向上する。

 それは今朝、左手に針を刺そうとした時に実感した。


 若さが保たれると言う点はまだ実感できてないが、これから数年経てば嫌でも実感するのだろう。


 けれど力が上がってないってのはどういう事だ?


 だって俺は実際に襲い掛かって来たロングレッグを力で粉砕したのに……。


 今朝の出来事を思い返して疑問を感じていると、黒岩薙獲は少し得意気になりながら答えを口にした。



『それはね……超人化した人間は無意識にに目覚めてるからだと言われてる』



 念動力? 確か、物を動かせるとかそういう感じの超能力だよな?



「念動力って……。え、つまり超人は覚醒すると同時に、念動力と言う異能を目覚めさせてるって事ですか?!」


『そう言ってもいいかもね。超人はね、その念動力を無意識下に操って重い物を持ち上げたり、自分の体を飛び跳ねさせたり、着地の衝撃や敵の攻撃を軽減させたりしてる。それがGD9の公式見解なんだ。実際、超人の脳波って常時やばい反応を見せてるんだよね。常にビンビンって感じでさ』



 超人は念動力を操る存在?

 こんな話は想定外と言うか、流石に意識に無かった要素だぞ。



「えぇ? そんな荒唐無稽な考えが公式見解……!?」


『だって筋肉モリモリでもないのに、身体能力がバグってる方がどうかしてるだろ? 実際、君のその鍛えた腕でも、普通ならあんなバーベル持ち上がらないって。それが常識だろ?』


「うっ」



 言われてみれば確かにそうだ。


 そもそも超人化の段階を進めれば『核と同等』の戦力を有すると言うのに、有名な超人達の見た目はどれも普通であり、あまり肉体的な強化を受けてる様には見えなかった。


 普通に考えればそうした光景は『異常』なのに、俺はそれが『常識』だと義務教育を受けて叩き込まれたから、其処に違和感を抱けなかったのだろう。


 つまり超人がダメージを受けたりする時は『念動力』で敵の攻撃や勢いを軽減できず、更には向上した肉体の強度でさえ威力を抑えられなかった時なんだな……。


 逆を言えば敵を殴り飛ばしたり、攻撃を受けても大丈夫な時は『念動力』の許容範囲と言うか、それが自分の操れる力の限界なんだ。


 ともかく、これで俺の価値観がまた一新された。


 此処に来てから驚く事ばかりでとにかく疲れるぜ。


 そうした疲れを紛らわす為に溜め息を零しつつ、俺は尋ねる。



「じゃあ、超人は皆が念動力を扱い、それで身体能力を向上させてる様にしていると、そういう訳ですか?」


『誤魔化すと言うか、んだよ。手足を扱う時の様に、細かく考えなくとも何時の間にか念動力を操ってしまうんだ。けど、実際に遠くの物を動かしたりはできないんだけどね」


「確かに、炎を操ったりする派手な異能は結構見ます。けど、そうした『物を動かす』的な単純な異能は見た事が無い……」



 TVには結構『元探索者』と言う肩書きでTV出演し、異能を見せる人達が居る。けれどもそうした人が多くいる中で『念動力』と言う異能だけはピンポイントで見てないのだ。


 炎を出したり、物を凍らせたり、風を使って何かを吹き飛ばしたりなんて派手な異能は多いのに『物を動かす』と言う異能だけを見た事が無い。これは確かに今思えば異常かもしれない。


 俺がそう今までの過去を振り返っていると、黒岩薙獲がその理由を口にした。



『その理由は既に超人が『念動力』を自分自身に使用してるからさ。攻撃、防御、対ショック、移動、それ等にね。つまり世間一般的に言われてる『』ってのは間違いで、実際には『』が正しい見方と言う訳だ。まぁ、世間に公にできない情報だから普段は『身体能力』と言う呼び方で誤魔化してるし、私自身もそれを『身体能力』と言って誤魔化してるけどね』


「なんか頭が混乱してきますね……」


『なーに、難しく考える必要は無いよ。これまでと一緒で『身体能力』と口にしとけばいいのさ。下手に『念動力』とか口にしても世間では通用しないからね? あと、これは機密だから。その言い間違いを避ける為に、探索者達にも『念動力』と言う見方を教えてはいないよ。私もコレを知ったのはつい最近と言うか、迷宮庁の長官になってからだし』


「なんでそんな機密を俺に教えたんですか!?」


『いや、奥多摩から出れない君にならバラしても世間に情報が漏れないし。だからいいかなぁ~って』



 そんな気安いノリで機密を漏らすなよ。お陰で混乱したじゃねーか。


 だが、超人化現象には謎が多いとは思ってたが、これは一際奇異である。


 手足を操る様な感覚で『念動力』を無意識に操れる様になるなんて、一体どういう変化が脳内で起きてるのだろう?


 そうした疑問は流石に黒岩薙獲も知らないだろうし、とりあえずはスルーするが。



「じゃあ、超人は皆ある意味で『異能持ち』だった訳なんですね……。凄いですね、超人化って。そりゃ皆が漫画キャラみたいに強くなるわけだ」



 俺がそう感想を零すと、彼女は首を振ってそれを否定した。



『いや~超人化ってのも、そこまで万能じゃないよ? 実際、人それぞれの伸び代と言うか、成長の見込み? みたいなのが最初の超人化で明らかになるんだよねぇ』


「え? 万能じゃないって……そんなに個人差が出るモノなんですか?」



 これには驚いた。


 政府が発表してる超人化現象では『女性なら誰もが強くなれる』的な内容だったのだから。


 確かに俺も全員が同じ成長をするとまでは思って無かったが、明確な格差みたいなのが生じる程だとは予想してなかったのである。


 黒岩薙獲は俺の疑問の声を受け、片手をぷらぷらと振りながら覇気の無い声で否定する。



『そんな美味い話があるわけねーべ? 超人化現象のがコレだね。例えば滅茶苦茶頭が良かったり、スポーツ万能だったり、戦闘センスがピカイチだったりする奴が超人化して『伸び代』が無かったりして、探索者の夢を諦めたりする事も多いんだ』


「えぇ!? でも、頑張って二段階目とか、三段階目の超人化を目指すべきじゃ……?」


『もちろん、そうした奴も多いさ。けれど、最初の伸びが悪かった奴等ってのは例外なく後の成長でも伸びが悪いんだ。つまりは超人化現象には明らかな『素質』的な要素が絡んでくるみたいなんだよねぇ。だから最初の超人化で駄目な奴はもう見込みが無いのさ』



 そんな残酷な話があったのか。

 どれだけの苦労を重ねても『最初の超人化』で見込みが無いと終わり?


 だ、だったら俺はどうなんだろう? 彼女は俺が出した身体能力のテスト結果を見て『驚き』と口にした。それはどういう意味で言った言葉なんだ?


 だから実際、俺は黒岩薙獲に『俺はどうですかね?』と尋ねてみる。すると彼女は難しい顔を浮かべながら口を開いた。



『超人化には幾つかの段階があるって聞いてるよね? けど、その段階がどれ程あるかは世間では知られてない』


「は、はい。詳細は知りませんが、超人化現象が複数起きるのは世間でも知られてますよね」


『今現在、世界最強とも言われてる人物……。アタシが所属してた『百合籠』のリーダー『白神薙義しろがみなぎ』は十段階まで超人化を進めた。そして、今の所はそれ以上に超人化の段階が進んだ例はなく、そして十段階まで超人化の段階を進めたのは世界で唯一彼女だけなんだ』


「超人化を十段階!?」



 一段階でもこの驚きの結果が出てるのに、十段階とは少し想像もできない世界だ。



『ちなみに超人化の最大成長率は一段階で二十倍、最低の成長率は二倍だね。そしてこの成長率ってのが、最初の超人化で明かされ、以降の成長の目安になるのさ。例えば最初に十倍程成長できた奴は、後は十三とか、七倍とか、そこら辺の伸び幅で成長していくね』


「最大成長率が二十倍……!? でも、やっぱり最高の成長率をする人は少ないんですよね?」


『うん、まぁそうだね。あのナギでさえ十五倍が関の山だった。ちなみにアタシは十八倍だったけど。平均は十倍とかそこ等辺らしいよ、やっぱり』



 超人化の平均倍率は十倍、か。


 それでも良い成長する人との結構な差ができるのに、最低値の二倍の成長率をしてしまったら、そりゃ探索者を諦める流れにもなるわな。



「けど、その倍率の元になってるのって自分の身体能力なんですよね?」


『そうそう。念動力がどうとか言い出すと面倒だから、身体能力を基準に数値をはじき出してるのさ』



 確かに超人化する前は念動力なんて使えないのだから、元々の基準が無い。だからとりあえず自分の身体能力を基にして、そうした結果を告知しているのだろう。


 次に黒岩薙獲は自分を指差し『ちなみにアタシは八段階までいった』と告げる。



「八段階……凄いですね。それだけ、激戦を潜り抜けたんでしょう?」



 彼女の成長率は十八倍だったから、最高で二十倍、最低で十五倍の成長率ぐらいか? でも十五倍と言う最低の成長率をし続けたとしても、八段階目まで行けば元の百二十倍だぞ。とんでもない話だな。


 あ、いや。異能に目覚めたり強化された時は身体能力は伸びないから、そう単純な話ではないのか?


 そもそも黒岩薙獲は異能に目覚めてるのだろうか?


 そこ等辺の話を聞いた事が無いから、彼女は極限まで身体能力が高まった『戦士タイプ』の超人なのかな? ともかく、凄い話だ。


 俺の感嘆の声を受けると『ふふん』と胸を張りながら彼女は得意気にした。



『そりゃあね。曲がりなりにもダンジョン混迷期を潜り抜けたベテランだし』


「でも、何で白神さんと"二段階"も差が出てるんですか……?」



 少し悩んだが、その差が気になったので素直に尋ねた。

 その問いに気を悪くした様子も無く、黒岩は肩を竦める。



『単純な話で言えば、アイツのが強いからね』


「白神さんの方が強い? でも、彼女だって八段階目の時期があった訳でしょ? 更に言えばチエさんの方が成長率も良いのに」


『違う違うそうじゃなくて……。まぁ、あんまこういう事は言いたくはないけど、戦いに関する才能みたいなのがアタシより優れてたのさ』


「戦いに関する才能……?」



 少しばかり気になるワードだ。

 そうした疑問を察したのか、黒岩薙獲は会話を続けてくれる。



『超人化ってのは念動力……言い間違えた。身体能力を底上げしてくれるし、時には異能も授けてくれる。だけど戦場の状況を瞬時に察する能力、勘の良さ、適切な攻撃タイミング。そう言った部分までは強化してくれないのさ。そういうセンスは長い戦いの中で独自に身に着けていかないといけない。アイツは正に最強の名に相応しいセンスの持ち主でさ、一人で敵を倒す事も多かったから、してたんだよね』


「突出?」



 其処で黒岩薙獲は大きく溜め息を零し、後ろ頭を掻いた。



『超人化現象の厄介な所は。君も知ってるよね? 超人化は「命の保証が無い状況下での戦闘』が必要だ。でも、仮に滅茶苦茶強いパーティーメンバーが居たとしたら……どうなると思う?』



 それを聞き、俺は瞬時に彼女が何を言いたいかを察した。



「……戦いになるって事ですか?」



 超人化現象には色々と難しい制約がある。

 そしてその制約が彼女の成長を阻害したのか?


 そう疑っていると、彼女は呆れた様に笑う。



『だってナギはマジで凄いんだぜ? 彼女は八段階目の成長をした時にある異能に目覚めてさ。詳細は話せないんだけど、彼女にピッタリと適合する様な相性の良い異能でね。其処からはもう無双だよ、無双。他のチームメンバーはカバーする程度の事しかできなくなってね』


「元から強かった白神さんが異能にも目覚め、手が着けられなくなった。だからチエさん達は『命の保障が無い』と言う状況から外された、と? でも、だったら無双してる白神さん自身はどうなんです?」



 俺の問いを受けると彼女は腕を組み、頭を捻りながら唸る。



『ん~其処がよく分かんねーだよなぁ。でも、防御力と言う面では無双してた訳じゃないからね。深層の敵から攻撃を食らえば流石の彼女も普通に傷を負うし。だから、命の保証が無いと言う条件はそのままだったんじゃないかな? 更に言えばナギの場合はずっと前に立ち続けて危険に晒されてたしね』


「なるほど……。でも、だったら他の三人だけで戦闘をして超人化の段階を進めたりはしなかったんですか?」



 要するに白神さんと言う強者が原因で『命の保証が無い』と言う前提が構築されないのであれば、彼女を外して戦闘をすればいいのでは?


 俺はそんな風に軽く考えていたのだが、黒岩薙獲は珍しく真剣な表情を浮かべて首を振る。



『深部の敵を舐めたら駄目だ。私達はずっと四人で戦ってきたし、そういう癖が既に身に付いてた。なのに急に今までにない戦い方をしようとしても、上手くはいかないよ。かと言って浅い階層で新たな戦い方を構築しようにも、私達の超人化の段階が進みすぎてて、トレーニングにも成らない有様でさ……。結局、ナギを主軸にして戦うスタイルでそのまま奥へ進む事にした』


「で、その結果として白神さんだけ超人化の段階が進み、他の皆は成長しないままだったと……」


『うん、酷い話だろ? 超人化って、そこ等辺の処理が柔軟に行われないからマジで困るんだよ』



 うーむ、MMOとかで偶に見かけるシステムに近いのか?


 レベルの高いキャラがパーティに居ると、敵を倒した際の経験値の処理にデバフが掛かると言うか、そんな感じの奴。


 しかし、そうなってくると一つの疑問が生まれてしまう。



「だったら、普通の探索者の人達……特に初心者のチームで超人が生まれた場合はやばくないですか? だって、超人ですよ? そんな人がチーム内に一人でも居たら、命の保障が無いとかの前提が崩れません?」


『そう思うじゃん? ところが、そうはいかないんだなぁ。さっきも言ったけど、超人化したからと言って戦闘センスまでもが向上する訳じゃない。そもそも敵だって超人だけを狙う訳じゃないし、結局は一人が成長しただけじゃ、そんなに安全度は向上しないんだよね』


「でも、例えば他の三人が超人化して、残りの一人はまだ超人化できなかったら? それだったら流石に命の保障がある状態に成りません?」


『安全度は上がるだろうけど、命の保証が無い状況と言う条件は外れないかな? そもそも超人化してない奴が敵の攻撃を受けるとヤバイし。けど、そういう奴等が遅咲きの奴なんだよ。だからそうした状況が成長速度に何かしらの影響を及ぼしてる可能性は高い。ほら、よくTVで見ただろ? 百匹以上敵を倒してやっと成長したとか言ってる元探索者達をさ』


「あっ!」



 確かに、『大器晩成型』が超人化現象を起こす場合、モンスターの討伐数が五十から百以上の敵を倒すと言う、幅広いブレがあった。


 けれども、今思えばアレは『チーム内の安全度』で左右される成長速度の違いが数値として現れていたソレだったのか?


 でも……日本政府の実験では古流剣術師範が一人で戦う事になった際には安全度も糞もない状況だったのでは? なのに彼女の場合は八十二体目の敵を倒した時に超人化している。だったら安全度みたいな要素は超人の成長に絡んでこないのか?


 いや……彼女の場合は元から身に付けた戦闘技術があった。だから成長速度が少し遅かったのかな?


 しかし、そうなってくると早熟型はマジでお得だな。五、六匹狩っただけで超人に成れるのだから、運が良すぎる。


 とりあえず、そんな考察が脳裏を過ぎった。


 俺の考えの整理が済んだと悟ったのか、黒岩薙獲は小さく頷きながら会話を再開させる。



『初心者チームで超人が三人生まれようが、所詮はまだ序盤のヒヨッコだ。だから常に命の保障がある状況下なんて有り得ない。それに超人でもミスはするし、体力の低下もする。けど、安全度は大幅に上昇するだろうね。だから最後に超人化する奴は大体が遅咲きなんだ』


「なるほど、超人化現象はそうした環境の違いで左右されるモノでもあるんですね」


『でも、ナギの場合はマジでそこ等辺の有象無象の奴と違ってたんだよね。正に鬼神と言うか、戦闘の神と言うか、とにかく異能に目覚めてからの彼女はヤバかったよ』


「……強くなりすぎた仲間が居たら、自分の成長を阻害する、か」



 だとすれば、超人化現象は正にだ。

 命の保障が無い状況下での戦闘を繰り返し、強敵を仕留めていく。


 俺は一人だから常にその状態だが、パーティーを組んでる状態でその状況を維持するなんてできるのか?


 普通なら、長く共に戦ってる相手が近くに居れば錬度が増し、安全度が向上していく。だが、超人化現象を誘発させるには、あまりに強くなりすぎても駄目なんだ。


 だけども黒岩薙獲の場合は白神さんが異能に目覚めてしまい、突出した実力が更に向上されてしまい、それがパーティーメンバーの成長を阻害したと言う。


 きっと、そんな例は百合籠以外でも見受けられる現象なのかもな。


 けれど、そんなのまるで……『』みたいじゃないか。


 だって一人ならそんな余計な制約は発生しない。

 常に極限状態だし、階段から離れてさえ居れば、常に命の保障が無い状態でもある。


 もしかしたら、それが理由で俺は特殊な成長をしたのか?


 いや、でも日本政府の実験では古流剣術師範が単独で超人化に成功しているが、特殊な成長をしたとは聞いてない。


 それとも、古流剣術師範は俺のように一人で『限定種』を倒してない。しかも俺は超人化する前に『虹色魚』と『蝶』と言う二体の限定種を倒しているのだ。


 やはり、それで成長に差が出たのか……?


 そんな風に内心で考察していると『少し話がズレたね』と苦笑し、彼女は話を戻す。



『私が超人化の段階に、君が""の能力を有してる気がするからだよ。明らかに一段階目の成長率じゃない気がする。超人化した際に起きる最高の二十倍の成長率を引いたとしても、少し身体能力が高い気がするんだよね』


「俺が二段階目!? い、一段階目をすっ飛ばしたって事ですか? あぁ、だから異能も目覚めたのか!?」



 黒岩薙獲の話を聞き、俺はその説に納得した。


 ミルキーさんの話では『通常の超人化現象』では身体能力が向上するか、異能に目覚めるか強化される、その二択しか無かった筈なのである。


 だが、もしも俺が『一度に二度の超人化現象』引き起こしたとすれば、身体能力と同時に異能に目覚めた説明も納得がいく。


 けれども黒岩薙獲はそうした俺の納得を否定した。



『いや、すっ飛ばしてないと思うよ』


「へ?」


『アタシが言ってるのは、君が二段階目相当の超人化を果たした人間と同等の身体能力を有してるって意味さ』


「……どういう意味です?」


『もし君が実際に一気に二段階目まで超人化し、身体能力が二つ分向上してたとしても、だったら『自己再生する異能の分の成長回数は?』って話になるだろ?』


「あ、あぁ、確かに! じゃあ俺は三段階目まで一気に成長したって事ですか? その内の二回が身体能力、そして余った一回が異能って具合に」



 それなら凄い話だ。

 俺は一気に三回分の超人化を果たした事になる。


 けど、それも彼女は否定した。



『それも無いと思うなぁ……。基本的にさ「超人化現象が一度に複数起きた」なんてのは今まで例が無いんだよ』



 それはそうかもしれないが、此処は奥多摩だぜ?

 此処では常に異例中の異例が起きてる場所なのである。


 俺は両手を広げながら、自分の説を語ってみた。



「でも……俺は色々と例が無い事をやってますし。超人化する前に一人で限定種を二体倒したり、常に一人で行動もしてますから。超人化の条件が『命の保障が無い状況下での戦闘を行う』ってんですから、俺はもう常に危機感覚えまくりでヤバかったですよ? 特に蝶との戦いとか死に掛けてましたし。そうした中で超人化してしまったから、段階をすっ飛ばしたんじゃないんですかね。あとはまぁ……やっぱり俺が男だから、成長率の倍率が違うとか?」


『まぁ……それも有り得るかも、ね。君の異常性が明らかになるとすれば、次の成長の時だね。そうなれば今調べた君の能力を元に、明確に君の成長タイプが判別できる。まぁ、電子機器が使えないから詳しい身体機能を把握できないのが惜しいけど』



 そう語りながら、黒岩薙獲は何度も細かく首を上下させ自分を納得させるように言う。そして最後にはパッと顔を上げ、大きく背伸びした。



『ん~!! 本当なら君の異能の限界も調べたい所だけど……自己再生の異能の限界を調べる時は医者の立会いが必要だし、君は誰の手助けも受けられない。だからそれは今回は無しだ』


「俺もできる事なら自分の限界は見極めておきたいんですがね……」



 自分の自己再生と言う異能の効果の程を知っておけば、戦う際の意識も変わってくるのだが、彼女の言う通りあまり無茶はできないので今回は見送るしかない。


 暫くは蝶から受けたダメージを見本にし、そこ等辺の限界処理を見極めていこう。



「と言うか、自己再生の異能の限界を調べる時ってメッチャやばい事しそうで怖いんですが……」


『まぁ、そうだね。切り傷、打撲、骨の皹、骨折、傷の深さによる治療速度の比較。そうした行為が必要になる。けど、あくまで探索者の同意の上でやる事だ。彼女達も自分の能力の限界を知っておかないと、戦闘でどう立ち回ればいいか不安になるからね』


「やっぱ、そうなってきますよね……」


『ちなみに麻酔をするか、しないかも選べるよ。後者を選ぶ人は覚悟が決まってる奴だけど、そんなの殆ど居ないね。やっぱ痛いのは誰だってこえーよ』



 俺の考えてた事は常識と言うか、基本的な行為らしい。

 自己再生するとは言え、痛みと言う感覚はそのままだから地獄の苦しみだろう。


 にしても……麻酔か。


 そこでふと俺は気になる考えが脳裏に浮かび、それを尋ねた。



「モルヒネとか探索者は持ち歩かないんですか? 戦場では必須と言うか……治療行為の定番のアイテムですよね?」


『日本じゃちょっと厳しい法規制があってね。依存性もあるし、医者のアイテムだから素人は持たせてもらえねーんだよ、アレ。更に言うと、超人がモルヒネに依存して、それ欲しさに暴れたりしたらヤベーだろ? だから医療資格を持ってても、探索者にはそういうのくれないんだよね』


「なるほど、確かに……」



 人と違う故に守られる事もあれば、人と違うから厳しい規制で縛られる事もある。それが超人と言う存在なのだろう。


 そしてそんな存在に俺は成ってしまった。


 きっと奥多摩から出れても、前と同じ日々は過ごせないんだろうな……。


 そんな哀愁を感じていると、黒岩薙獲は自分の髪を掻き揚げて一息を零す。



『とにかく、君が二段階目相当の身体能力を有し、異能にも目覚めたってのはかなりめでたい事だ。奥多摩ダンジョンの制覇を目指すなら、この結果は最良だったって事だね。だから今は素直に喜んでおきな』


「そうですね、はい。そうしておきます」


『私も今日はもう帰るから、君も飯食って休みな』



 そこで黒岩薙獲の様子が大分落ち着いている事に気付く。


 落ち着くと言うか、自然体?

 今までの狂気が薄れていると言うか、本当に普通のテンションだ。


 まぁ、一日中あんな様子で騒ぐのは疲れるだろうし、それでいいのだが。


 ともかく俺は諸々のテストや、打ち合わせが済んだ事に安堵しながら頭を下げた。



「はい、お疲れ様でした。チエさん、今日は長々とお付き合い頂きありがとうございました」


『そんな他人行儀に振舞うなよ~。これから長い付き合いになるんだからさ! とにかく、今日はもうゆっくりしな! それじゃあね!!』



 元気よく挨拶をして車に乗り、去って行く黒岩薙獲を見届け、そして俺はその場に座り込んだ。


 なにせ俺は今日の朝に蝶と死闘を繰り広げ、その結果として超人化したばかりで凄く疲れてる。


 色々考えるのはもう止めて、後は彼女のアドバイス通りにゆっくりしよう。



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