第38話 交渉材料

【※この話は連続更新分です!!】


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「っしゃあ、死ね!!」


『ミィ~!』



 奥多摩ダンジョンの最弱はもしかしたらフィンガーキャタピラーかもしれない。


 俺は今突き殺したキャタピラーを侮蔑した目で見下ろしている。


 コイツは傷付くと直ぐに逃げようとする特性がある。


 だからある程度引き付けてガスガンで撃つ、すると後ろを向いて逃げようとするから槍でトドメ、と言う二連コンボで容易に死ぬのだ。


 だが、ガスガンの弾を数発食らっても死なないタフさはある。


 Bマウスの場合は五発以下のヒットで死ぬからな。


 もしかしたらキャタピラーは逃げると言う行動で、深追いする探索者をダンジョンの奥に誘い込む役割を担っているのかもしれない。


 ヒートナイフで火災を起こした時に最後は立ち向かっては来てたけど、あれは俺が追い詰めすぎたからかもな。



「まぁいいや……。元々、第一層ってこんなもんなんだろうな」



 RPGで例えるなら序盤の敵なんだから、全部の敵が強い方がオカシイのだろう。


 このダンジョンと言う謎の存在は、明らかにそうした要素を元に構築された節が見受けられるし。


 ただ、ここまで弱いとなると初めてこのイモムシと会った時にビビリすぎて放火してしまったと言う、あの過去を忘れたくなる。



「さーて、コイツはどうだ?」



 俺は哀れなイモムシを槍から外し、池に蹴り込んだ。


 けれども謎の虹色魚は反応を示さない。



「コイツも駄目なのか!? 参ったなぁ……」



 既に俺は奥多摩ダンジョン第一層で出現すると思われる、全てのモンスターの死体を池に浮かべてある。


 チキンロングレッグ、フィンガーキャタピラー、Bマウス、ビッグホーンビートル。


 ちなみにビッグホーンは誘き寄せた際に試しにガスガンで迎撃したら、広げた羽に被弾した際にバランスを崩し、そのまま池に勝手に落ちて溺死した。殻は硬いが羽はやはり弱いらしい。


 だが、このガスガンでのビッグホーン迎撃はリスキーすぎるので、あまりやらない方がいいだろう。



「まさか……とか言わねぇよな、お前?」



 俺はジト目を浮かべて虹色の魚を睨む。


 この階層で他に居るモンスターと言えばもう蝶ぐらいしか知らない。


 まさか俺がのモンスターがまだ居るのだろうか?


 それとも俺のやり方が間違ってるのだろうか? 餌で釣るのが間違ってるのか?



「……、とは思うが」



 言いながら、俺は左手のグローブを外し、左手を池に漬ける。



「違うかぁ。いや……そういや歯の生えた魚は血に反応してたな」



 思考が危うい方向へ行きかけている。

 ならば、コイツは反応するのではと言う思考だ。


 だが、血を流すと言う行為は自身の体を害しなきゃ出来ない行為である。


 映画や漫画とかだと自分の血で敵を誘き寄せると言う行為はありきたりだが、あんなの真似できる気がしない。


 だって自分で自分を攻撃するんだぞ。

 注射みたいに他人が勝手にやってくれる訳ではないし、かなりの覚悟が居る。


 いや……何時までもビビっても話は進まない!!


 俺は覚悟を決めてグローブを外し、ヒートナイフに左手の小指を近付けた。


 ヒートナイフは振らない限りは熱を発しないので、俺は自分から手を動かして小指に切り傷を残す事に成功する。



「ちくしょ~……これでどうだ?!」



 痛む小指を光る池に沈ませ、血が僅かに流れて漂い始める。


 けれども虹色魚それにも反応せず、俺は凄くガッカリしながら左手にグローブを装着し直す。



「……うぅ、どうするよ」



 そうして悶々とした思考を繰り広げていると、俺は蝶以外に餌としてモンスターが居る事に気付いた。



「そうだよ……あの歯の生えた魚だ!!」



 何と言うか、すっかり思考の外だった。


 チラチラと何度か脳裏を過ぎってはいたが、何故かあの魚を餌にすると言う発想に至らなかった。と言うか、そもそもの話――



「この池に今はんだよなぁ……」



 今現在、池の中を泳いでいるのは虹色魚のみで、歯魚は居ない。


 もしかしたらこの第一層の何処かに別の殺し場があり、其処にも光る池があって魚が居たりするかな?


 いや、だとしても危険だ。

 俺はダンジョンの奥に進むとしても、超人化してからだと決めている。


 確かに大分戦闘にも慣れてきたが、油断するのはマズイ。


 けど、この光る池も恐らく二十四時間と三十七分の周期で消えてしまう。そうなればこの虹色の魚も消えてしまうかもしれない。


 また砂地となった殺し場にモンスターを大量に誘い込んで殺せば、再度出現するかもしれないが、そんなの確証はない。


 現実世界にはセーブなんて無いのだ。

 アレやって駄目だったからロードしてやり直そう、なんて事は不可能なのである。


 だから何としても今の時点であの虹色魚を仕留めたい。



「くそ~! 前仕留めた歯魚は既に政府に……ん?」



 そうだ、あの歯魚を仕留めて入り口に戻った時、其処で初めてミルキーさんが来た。


 研究室代わりのトラックを引き連れ、俺から魚を受け取ってトラックへ持ち帰っていたではないか。


 もしかしたら、まだあそこに死体の一部があったりしないだろうか?



「……その可能性に賭けるしかないか」



 俺は一度退却し、歯魚の死体が残ってないか確かめてみる事にした。


 この虹色魚を捕獲する方法は謎だ。

 だが、池の中に潜って捕まえると言うのは流石に無理がありすぎる。


 それに餌に反応しないのだから、釣竿なんかを使用しても無意味だ。


 それに潜るにしたって、専用の装備やらを頼んで今日中に届くかも怪しいし、実際に届いたとしてもそれを装備したまま此処には持って来れないし、装備を抱えて持って来たとしても着替えてる間に敵やらが来たらお仕舞いだ。それに潜れたとしても、この魚が襲い掛かってきたらマトモに戦える訳もないだろう。


 それに何だろうな、この虹色魚が出現した条件が本当に砂地で大量のモンスターを落とした事が原因だとすれば、それは明らかにだ。


 だからそういうダンジョンの外から何かを持ってきて無理矢理に魚をゲットする。と言うやり方は違う気がするのだ。


 この魚を捕まえる方法があるとすれば、恐らくで出来る気がする。


 俺がこのダンジョンを作ったクリエイターなら、絶対にそう出来る作りにするという確信がある。



「まぁ、俺は外から魚の死体を持ってくる訳だけども」



 俺の考えは、あくまでで捕獲可能との予測だ。


 だとしても、本当に歯魚の死体が必要になるなら少し意地が悪い気もする。


 今此処に居ない歯魚の死体を事前に保管してないと、この虹色魚の捕獲は無理と言う話になるからだ。


 だが、ゲームならそういう仕掛けも無くはない。


 とある町で手に入れたアイテムをずっと持ってて、ストーリーの中盤で再度その町を訪れるとアイテムが強化されるぞ!! 的な仕掛けもあるし。


 このダンジョンが悪質なのは、序盤でそんな仕掛けを用意してるかもしれないからだが。


 そんな事を考えつつ、俺は素早く入り口へと戻って行く。


 幸いにも道中は何のトラブルも起きず、地上へ着いた。



「山口さ~ん!!」


『な、なんだ? お、珍しく手ぶらだな。まぁ、今日は罠を見に行くだけとか言ってたしな。に、しては遅かったが』



 駆け寄ってくる山口さんに対し、俺は『ミルキーさんを呼んできて下さい』と頼む。


 はぁはぁと荒く息を吐きながらのお願いだったが、彼は『』と何も聞かずにトラックへ向かってくれる。


 その気遣いがとても有難く、俺は今の内に生活ゾーンにあるペットボトルに水を飲む。


 そうこうしている内に山口さんがミルキーさんを連れて戻ってくる。



『ほら、呼んできたぞ』


『ど、ど、どうしたの? ヒトリっち』


「じ、実はですねぇ……」



 俺は其処でようやく事情を話す。


 光る池に突如出現した『虹色の魚』これは明らかに限定種だと。


 そしてそれを仕留める為に、一通りのモンスターを仕留めて池に浮かべたが、何の反応も示さなかったと。


 だが、其処で俺は歯魚の存在を思い出し、それを餌として利用できないかと思い、死体を求めて戻ってきたと。


 最後に俺はその虹色の魚が昨日の砂地の罠で大量のモンスターが死亡した事で現れたのではと言う予測を述べ、二人にどう思うかを尋ねる。



「ってな訳なんですよ。どう思います?」


『なるほど、それで試してない他の餌を求めてあの歯が気持ち悪い魚が欲しかった、と……。普通の餌じゃあ……駄目、なんだろうな。モンスターだもんなぁ』


『さ、魚の限定種!? そ、それはとても興味深いよ!! 絶対に手に入れないと!!』



 ミルキーさんは両手を握り締めて興奮している。


 俺はソレに同意しつつ、砂地の罠で出現したかどうかの意見を求める。すると彼女は『そ、そうだねぇ』と意見を述べ始めた。



『た、確かに君の推測は面白いと思う。け、けど、何せ他のダンジョンではそうした罠を利用したギミックはこれまで発見されていない。と、言うのも他のダンジョンにある殺し場の罠は質素と言うか、シンプルな物が多くてね。光る池と砂地の罠と言う殺し場にそんな機能が備わってるとすれば、このダンジョンは益々他のダンジョンより奇異な存在となってしまうね』



 やはりそうか、奥多摩だからあんなギミックがある訳だ。



「でもまぁ、此処が奇異なのは前からですし……」



 俺からしたら『?』って話である。

 この程度で驚いていたらこの場所では生きてけないぜ。


 アレだな、『ロスでは日常茶飯事だぜ!』と何かの事件のインタビューで答えてたアメリカのオッサンの気持ちと似た心境だ。


 ミルキーさんとしてもそれは同意なのか、小さく頷いて肯定した。



『そうだね、今はソイツを仕留める事が最優先だ。分かった、まだトラックにあの魚のサンプルが残ってたから持ってくるよ!!』



 言うと、ミルキーさんはバタバタとトラックへ戻り、そして何かビンを抱えて戻ってきた。



『は、はい! この魚……そういや、正式名称を伝えてなかったっけ? ティースフィッシュの尾の一部だよ。ほ、他はもう研究部の本部に送ったんだ。あと、コイツの歯には五万の価値があるから、素材を持って帰れば報酬が支払われるよ』



 すっげー高い。まぁ、機会があれば狙ってみるか。



「これで十分ですよ。ところで……」



 俺は尾が入ったビンをポーチに仕舞いつつ『虹色魚も政府に安く買い叩かれるんですかね?』と口にした。


 するとミルキーさんは『ハッ』と気付く。



『た、確かに……! 今の状態で限定種を持って帰ってきても、百万だとかの小額の報酬しか貰えない……!』


「そう、なんですよねぇ。いや、まぁ百万も大金ですよ? けどまぁ、昨日の話を聞いたらちょっと……」



 俺だって人間だ、相応の欲はある。

 此処に居ても俺は金は使えないが、両親に金を残す事ができる。


 万が一俺が此処で死ぬとしても、両親にこれ以上の苦労を掛けたくない。


 なので俺は虹色魚を捕まえたら、政府にある要求をするつもりだ。



「今回、俺が虹色魚を捕獲できたら政府に情報を要求します。『もしかしてダンジョンには希少なモンスターが居て、虹色魚や蝶は希少なモンスターに分類されるのでは?』と、流石に直接聞かれたら向こうも答えるしかないでしょう。何せ、下手に俺の不興を買えばそうした限定種を入手できなくなりますからね」


『ぼ、僕がヒトリっちに限定種の話を伝えてはいたけど。せ、政府からしたらまだ君は何も知らない筈だもんね。だ、だから今の内に政府に情報を要求して、こ、今後入手できるかもしれない限定種の値段交渉に備えたいんだね?』


「はい、そうです!!」



 そうなのだ、俺はミルキーさんのお陰で事前に限定種の情報を知りはした。


 だが、政府からしたら俺はだ。


 けど馬鹿正直に『限定種の話は知ってるから大金を寄越せ』と言ってしまえば、『誰が話した?』と当然ながら気付かれるし、そんなの現地に居る研究員のミルキーさんしかいない。


 恐らくそうなればミルキーさんに何かしらの処罰やらが下される。仕事の解雇や左遷も有り得るだろう。


 だからそうさせない為に、俺は先に此方からこう訪ねるのだ。


『アレぇ~? こ~んな虹色に輝く魚なんてレア敵じゃないんですかぁ? もしかしてダンジョンって希少な敵とか居ますぅ?』


 虹色魚を提出し、そうした問いを投げ掛ける事で政府にその存在を認めさせたいのだ。


 そうすれば俺は今後、限定種を見付けた時に政府と交渉できる。


 蝶の死体が二百万と言う低価格で仕事を依頼をされたのは、俺がだったからだ。


 だが、俺が相応の知識を身に付ければそうはいかない。


 虹色魚の件で限定種の存在を俺が知ったと政府が思えば、蝶の事も『アレって限定種じゃね?』と問い詰め、価格交渉できる可能性がある。



「とは言え、まずは虹色魚を手に入れないと交渉も何もできませんからね。とりあえず、急いで確認してきます」



 なんにせよ、今はそうしたプランは絵に描いた餅でしかない。

 本物の餅を手に入れるには、俺の考えが正しかったか試さないと。



『う、うん。頑張って!』


『何か俺が知ってはいけない話をしてた気はするが……。まぁ、頑張れよ』



 脇に居た山口さんは露骨に『やべー事を聞いた』的な表情を浮かべてたが、なんだかんだで応援してくれた。



「はい!! 期待して待ってて下さい!!」



 俺は一通りのプランを立て、再度としてダンジョンへ向かった。



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