第14話 チュートリアル。もしくはTIPS?
『ヒトリ!! おい、大丈夫か!? 一体ダンジョンの中で何があったんだ!!』
俺が槍にイモムシを突き刺したまま入り口に戻ると、既に山口さんや他の自衛隊員が待機していた。
仕留めた獲物には目もくれず、心配そうにしている。
それもそうだろう、部屋の中で発生させた火災の煙は此処まで届いていたのだから。
俺はとりあえず槍を下ろし、中で何が起こったのか説明する事にした。
「実はですね――」
そして俺はイモムシとの壮絶な激戦を語った。
奴が天井に不気味な屑をぶら下げて、まさに進化の途中の禍々しい様子を見せていたこと。
ガスガンで攻撃すると地面に落下し、その屑を突き破って獰猛に襲い掛かってきたこと。
何とか最初の攻勢を凌いだがいいが、不覚にも部屋の奥に逃げられてしまったこと。
そして俺は奴を燻り出す為にある閃きでヒートナイフを利用し、モンスターの資料に火を付けて部屋の中に投げた――と、そこまで話した所で山口さんが叫ぶ。
『このバカたれ!!』
其処からは怒涛の勢いで叱られた。
火災の怖さ、煙を吸う事によって起きる身体的な影響。
あーだこーだと騒ぎ立て、俺がやった事は軽率だととことん責め立てた。
最初は俺も大人しくそれを受け入れていたのだが、不意に山口さんが放った一言が俺の怒りを刺激する。
『火災はとにかく危険なんだ!! なのに、たかだがそんなイモムシ一匹に怯えて火を放っただぁ!? ふざけてんのか!! 危ないと思ったら此処へ逃げてくれば良い話だろう!?』
これには流石の俺もカチーンと来たね。
こちとら命懸けの真剣勝負を終えてきたばかりなのである。
それにこのイモムシは見た目こそ唯の虫だが、俺と互角以上の戦いを繰り広げた強敵でもあるのだ。
ガスガンも、槍も、挙句の果てにはヒートナイフすら持ち出した戦いである。
そりゃ結果だけを見れば俺の無傷の勝利だ。
だが、それは其処まで徹底してたからこそ得られた無傷の勝利なのである。
確かに撤退すれば良かったのかもしれない。
けど、そうしてしまったら俺はその後の探索で『逃がしてしまった強敵』の影に怯え、震えながら探索する破目になるのだ。
とてもじゃないが、そんなの御免だぜ。
ただでさえ気苦労が多いのが探索と言う行為なのだ、多少の危険があっても明確な手段があるなら倒せそうな敵は排除するべきなのだ
俺がそう熱く主張すると、流石に山口さんも口を噤む。
だが、それでもやはり納得がいかないのか山口さんが再度として口を開こうとした。が、それは他の隊員に止められる。
『まぁいいじゃないですか! 結果的にヒトリは無事だったんだし!』
『そうですぜ。機転が効くやり方ってのは重要ですよ。特にヒトリは単独で行動してるんですから、打てる手は全て打つべきです』
他の人達に止められてようやく冷静になったのか、山口さんは気まずそうに此方から視線を外す。
『…………そうだな、そういう見方もあるな。悪かった、ヒトリ。お前の考えを頭ごなしに否定するつもりじゃなかったんだ』
随分としおらしくなった山口さん。
此方としても、何も彼と喧嘩したかった訳ではないので、慌ててその言葉に同意する。
「あ……いえ。その、山口さんの言い分も正しいとは、俺も思います……。ただ、俺はその」
山口さんは其処で『分かってる』と言い、此方に背を向けて去っていく。
俺が複雑な表情でその背中を見送ってると、ふと山口さんの着ている制服がボロボロになってる事に気付いた。
思わず凝視してそれを眺めていると、他の隊員が『気付いちまったか』と言って気まずそうに口を開く。
『山口さんはさ、ダンジョンから煙が出てきた時に咄嗟に入り口へ飛び込んだんだ。勿論、弾き飛ばされたよ。けど、山口さんは俺達が止めるまでそれを何度か繰り返してさ』
「それって……」
馬鹿な俺でも、どうして山口さんがそんな無謀な行いをしたのか直ぐに理解できた。
山口さんは煙を見てダンジョンの中で何か異常が起きたと判断し、俺を助けたくてそんな無茶を繰り返したのだと。
思わず呼吸が詰まり、目頭が熱くなった。
「あの……!」
俺は咄嗟に大声で謝罪を口にしようとしたが、その時には既に山口さんはテントの中へ姿を消していた。
手持ち無沙汰で立ち竦む俺に対し、自衛隊員は慰めの言葉を投げ掛けてくる。
『まっ、山口さんがあんなに怒ったのはお前が心配だったからさ。けどよ、次に顔を合わせた時は普通に接してやれ。変にお前に気を使わせたりするのはあの人の本意じゃねぇんだ。ただでさえ、ヒトリは大変な出来事に巻き込まれてるんだからよ』
「はい……」
俺はその言葉に小さく頷く事しかできなかった。
その後、俺は他の隊員にイモムシを引き渡し、失った資料の補充や、政府が俺に開示できる情報の提供をお願いした。
とてもじゃないが再度の探索は気が乗らず、俺はその日は早々に休む事にしたのである。
――そうして激動の日曜日が終わりを告げた。
「朝か……」
日曜が終わり、月曜が来る。
世間で働く社畜の人々にとって、月曜と言う日は地獄の始まりだろう。
俺は寝床から這い出し、入り口に降り注ぐ僅かな朝日に向かって背伸びをする。
「ん~!」
奥多摩ダンジョンの入り口に太陽が降り注ぐ時間帯は朝だけであり、昼にはもう入り口の中は影になってしまうのだ。
入り口から外に出れない俺にとって、朝は貴重な日光浴の時間である。
高校生をしている時は朝の時間帯は億劫だった。
だが、探索者となった今は朝のこの澄んだ空気が何だかとても美味しく感じる。
『よう! ヒトリ、おはようさん』
そんな事をしていると、山口さんが何かしらの紙の束を持って駆け寄ってきた。
着ている制服を新調したのか、既に服は破れてない。
俺は咄嗟に謝ろうと思ったが『普通に接しろ』とアドバイスを受けた事を思い出し、何とか謝罪の言葉を飲み込んだ。
「おはようございます。何すか、その紙切れ?」
俺がそう挨拶を返すと、山口さんとの間で流れていた緊張の糸が直ぐに切れたのが分かった。
すると山口さんはスッカリ何時もの調子で紙の束を放り投げてくる。
『お前が頼んでた情報やらの紙だとよ』
「お役所仕事なのに早いっすねぇ」
『ちなみにイモムシも新種だったぞ。正式名称は……『フィンガーキャタピラー』だとよ。まぁ、あのキモイ足の指を見ればこうなるわなって名前だな』
言って、山口さんは自分の肩を両手で抱き締める様にして身を震わせる。
「あいつ、かなり速かったんですよ? 奴が逃げる時なんかあの指がゾゾゾゾって一斉に動いて……」
俺が大げさに両手の指をわしゃわしゃと動かして見せると、山口さんは『ひぇ!』とマジな悲鳴を漏らした。
『やめろ!! あと少しで朝食なんだからよ!! 気分悪くなんだろうが!!』
そんな風に会話しながら、俺は投げ渡された資料を覗き込む。
ダンジョンの特徴に付いて、と記された資料だ。
隅っこに『甲種指定資料』と判子が押されている。
もっと分かりやすく『機密』だとか『持ち出し厳禁』とか書かれてるなら分かるが、『甲種』とは少し意味が分からない。
俺は即座に山口さんに資料を見せながら聞く。
「甲種……?どういう意味っすかね、これ」
『ん、甲ってのは体を覆う殻とか、鎧を示す漢字だろ? つまり、その資料は物事を覆う殻……みたいな事が書かれてるって意味じゃねーか? まぁぶっちゃけて言うが、それっぽい事を口にしただけで俺も良く分からん。要するにダンジョンの入門書みてぇな意味じゃねぇの?』
適当ほざいてんじゃねぇよ、とツッコミそうになったが、昨日の今日でまた喧嘩はしたくないので流す事にした。
「何がどうなってそういう結論になったかは分かりませんが、まぁ山口さんが『そういう人』だってのはよく分かりました」
『うるせぇよ! そもそも下っ端の俺にそんな難しいこと聞くんじゃねぇやい』
じゃれ合いもそこそこにし、今度こそ資料を捲る。
其処には山口さんが言う様にダンジョンの基本的な事が書かれていた。
資料曰く、ダンジョンは――
『特殊な光る草が至る所に生えており、視界はある程度確保されてる』
資料曰く、ダンジョンは――
『その壁は表面しか破壊できず、またその傷は二十四時間三十七分の時が経つと即座に直る。混迷期にはアメリカが地中貫通爆弾、通称『バンカーバスター』に属する最新型の兵器を用いて地上からダンジョンの壁を破壊しようとした事もあるが、失敗に終わっている』
資料曰く、ダンジョンは――
『生き物の死体、出した排泄物、流した水や体液、抜け落ちた毛髪、落とした垢、切った爪、それ等を放置しておくと、同じく二十四時間三十七分の時でダンジョンに吸収される様にして消える』
資料曰く、ダンジョンは――
『人類が有用に使える素材、つまりは『ダンジョン混迷期』以降に発見された『新素材』は光を放っている事が多い。だが、モンスターから採れる素材は基本的に光っていないパターンが多いが、極稀に光を発するモンスターも居て、その部分がとても貴重な素材である可能性が高い。もしくは、光っている部分が弱点でもあるケースも確認されている』
資料曰く、ダンジョンは――
『モンスターと呼ばれる極めて人類に敵対的な種が徘徊しており、とても危険。だが、階層を繋ぐ階段にはあまり好んで近付こうとはしない。この性質を利用し、探索者が長く探索を続ける場合には階段で細かく休む事を推奨する』
資料曰く、ダンジョンは――
『ダンジョン混迷期、階段から空気銃による狙撃で敵を排除しようという試みがあったが、階段に人が居る時は絶対にモンスターは姿を見せなかった。また、階段に繋がる通路に敵を誘い出そうとしても、誰かが階段に居る時は敵は絶対にその誘いには乗らなかった。しかし、階段に人が居ない時は誘いに乗る。だが、一人でも階段に踏む込むと即座に敵は逃げ出す。この性質から、モンスターにはある種の超感覚。或いはゲームのキャラの様な調整を施された痕跡が窺える』
資料曰く、ダンジョンは――
『探索者が階段に足を踏み入れると敵は逃げる。と言う性質を利用して狩りをしようと試みた実験があった。つまり、誰も階段に居ない状態で階段まで繋がる通路に敵を誘い出し、直後に誰かが階段に踏み込んで敵が逃げる様に仕向け、その際に敵が見せる無防備な背中に攻撃を仕掛けるという戦い方だ。しかし、この戦い方で敵を倒した場合は即座に敵の死体が消えてしまい、更にはこの戦い方で多くの敵を倒しても『超人化』現象が起きないと言う事実が判明した。これにより、この戦い方は危険な敵を排除する時に使う為のテクニックとしてのみ、使用を推奨される様になった。だが、危険な敵は希少な素材を持ち合わせてもおり、素材を確保するチャンスを失うと同時に、この戦い方に慣れると探索者の質が落ちるのではとの懸念もある』
資料曰く、ダンジョンは――
『生きたモンスターを捕まえたまま、階段に連れ込むとどうなるのか、という実験も行われた。対象は低層に出現する弱いモンスターだ。超人化した探索者が暴れるモンスターを抱え、階段に赴くのは容易だった。そして、いざ階段にモンスターを連れ込むと、突然とモンスターと探索者が同時に消失してしまった。驚くべき結果であり、これに皆が動揺した。だが、暫くすると奥から探索者が戻ってきたのである。事情を聞くと『階段に足を踏み入れた途端、ダンジョン内部の別の場所に飛ばされた。だが、抱えていた敵は消えていた』との事だった。ダンジョンの謎がまた一つ増えた瞬間である』
資料曰く、ダンジョンは――
『生きたモンスターを階段に連れ込むと消失する。これは探索者側がモンスターに行える『即死攻撃として利用できる』のでは? との意見が出た。だが、実験者の一人が試しにあるモンスターに『印』を付け、階段に投げ込んでみた。するとモンスターは消えたが、その階を探索すると『同じ印を持つモンスター』が発見された。つまり、階段に投げ込まれたモンスターは死滅したのではなく、探索者と同じように階の何処かにランダムに飛ばされたのだと判明したのである。その後、同じ実験が十七回行われたが、結果は全て同じだった』
資料曰く、ダンジョンは――
『基本的にモンスター同士が争う事は無い。奴等の敵意は探索者にのみ向けられている。だが、同士討ちを恐れる傾向は無く、敵の攻撃を利用して別の敵にダメージを負わせる事に成功した例もある。しかし、モンスターが別のモンスターを同士討ちで死亡させてしまった場合、低い確率ではあるがモンスターが『強化』されてしまう例が報告されている。つまり探索者がモンスターを倒した場合に起きる『超人化』現象がモンスターにも適応されているらしい。これは極めて驚くべき事であり、且つ危険で絶対に避けるべき行為である』
どれも興味深く、知らない情報ばかりだ。
まぁ、要約するとこうだ。
つまり、どれもとーっても便利で気になる情報が記載されていたのである。
俺は一通り読むと、思わず天に向かって大声で叫んだ。
「いや、最初から渡しておけよコレぇ!」
チュートリアルくらい教えておいてくれ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます