第207話 3Dお披露目生配信 その三
この配信を行うにあたって、俺は珍しく自主的な勉強というものをした。なにせ畑違いな分野である。
身体を動かすことにおいては一家言ある身であるが、表現という分野に関しては未だに未熟者。だからこそ、学ぶことは必要だと考えた。
で、その一環としてダンスの天井とされるモノを調べてみた。そうして行きついたのが、【ダンスの神様】と謳われたアメリカの伝説的なシンガー。歌手でありながら、類まれなるダンスの実力を兼ね備えた世界屈指のアーティストであった。
一応、俺も『彼』のことは名前だけ知っていた。そして、それ以外は大して知らなかった。俺が小学生とか、それぐらいだった頃に亡くなったからだ。なんなら、俺の年代だと名前を知っていることすら珍しいかもしれない。
時の流れというのは残酷だ。どんな有名人であっても、活動をしなくなれば忘れられていく。名前を憶えている人は多くいても、新たに名前を知る人は減っていく。より踏み込んだ内容、経歴や実績についてとなれば、さらに加速度的に減少していく。
だから俺も、彼のパフォーマンスについては何も知らなかった。たまにテレビの企画で取り上げられたり、芸能人が彼の踊りを真似しているのを見たことはあったが、本家本元については無知であった。
「──」
そして勉強のため、初めてマトモに見た彼のダンスは、正しく伝説と謳われるに相応しい素晴らしさであった。
世界が熱狂するのも納得だ。死してなお惜しまれ、語られるのも当然のパフォーマンスだ。その一挙手一投足に華がある。あれぞ芸術。ダンスの最高峰と言える。
彼のダンスの真髄は……あくまでダンスを学んでいない人間の、ただ戦うために身体を動かしてきた、芸術を解さない粗忽者の分析ではあるが、俺は確かに見た。
──ダンスの真髄は『静止』にあると。
ただ止まっていれば良いのではない。動かす箇所はキレ良く滑らかに動かし、必要のない箇所は不動を維持する。彼はそれを関節単位で徹底している。
あえて雑な言い方をすれば、彼の動きは人形、それも全身を糸で繋がれた操り人形のそれに近い。動力源がパーツごとに独立しているとでも言うべきか。
そこに彼の意思と筋力、バランス感覚が加わり、稼働する部位と静止する部位を両立させ、歯車のように噛み合わせることで実現しているのがあのダンスだ。
重力を感じさせない動きの根っこもそれだ。器用に重心を動かしながら、肉と皮で繋がっているはずの人体を連動させない。『腕』を動かすのではなく、肩、肘、手首、五指の第一、第二、第三関節をそれぞれ動かしている。
だから動かない箇所ができる。だから全体にメリハリができる。『静』と『動』が入り交じり、見事に調和するからこそ魅了される。
「……フッ!!」
:うんまっ
:やっべぇ……
:カッケェ!
:アオッ!
:すっご
:yaaaaaaaaaaaa!
:ガチで凄い
:よう踊れるわ……
:VTuberのクオリティじゃねぇ
:かっこよ
:これはガチ恋不可避
:海外ニキたちも荒ぶっとる
:ポウッ!
:ヒュー!
:山主さん最高!
:わぁぁぁぁ!
よくもまあ、ただの人間があの領域に至れたものだと思う。ダンジョンに潜り、存在が神秘に傾いた俺ですら、ダンスという分野においては彼には勝てない。
コメント欄では絶賛されてるが、とんでもない。こんなものは上っ面だけの紛い物だ。精密ではあるが、彼の踊りには決して届いていない。断言しても良い。
そりゃまあ、俺とて人智を超えた探索者。戦士だ。身体を動かすことに掛けては当代一を自負しているし、事実として彼のダンスも真似できる。それこそ一挙一動を、ミリすら越えた精度で真似することができる。
でも、それじゃあ駄目なのだ。そもそも彼のダンスは、彼が踊るために生み出されたと言っても過言ではない。背格好も、顔付きも違う俺が、そのまま動きをトレースしたところで真価を発揮することはない。
ましてや、3Dモデルとなればなおのこと。どんなに動きを精密に再現したとしても、限度というものがある。いまの技術では視線の動きも、表情の多彩さも、衣装のはためきも再現しきることはできないのだから。
「よっ……」
彼のダンスは精密だ。いや精緻だ。静と動を一瞬の間に調和させるセンス。それを前提として形成された振り付けは、表情や衣装すらも組み込まれている。
だからコレでは足りない。全然足りない。リスナーたちがどんなに絶賛しようが、俺の中では紛い物以外のなにものでもない。そもそも生身の踊りですら届いていないのに、ガワを被せた代物がそれ以上になるわけがない。
いや、分かっている。コレは自己満足、というか蛇足みたいなもんだ。リスナーたちはそこまでを求めていない。あくまで『VTuber』としてダンスを評価しているのであって、ダンサーとしては見ていないのだ。
なんならアレだ。偏見マシマシで申し訳ないのだが、VTuberを見ている層の大半は、マトモなダンスとか知らなそう。世代とネームバリュー的に彼のことは知っていても、じっくりと彼の踊りを見たことある人間は少ないんじゃないかなと。……何度も言うが偏見ではある。
リスナーたちからすれば、俺がそれっぽい踊りをしているだけで楽しいのだろう。その上である程度のクオリティがあるのなら、なお嬉しいぐらいの感覚だろう。
結局、VTuberのリスナーというのはそういうものである。彼ら彼女らが見ているのはライバーで、コンテンツそのものはライバーの先にあるものでしかない。
それの善し悪しについてはどうでもいい。コレはただ『そういうもの』であるという話でしかない。否定するようなことなどではないし、評価するほどのことなどでもない。
「──oh!!」
:カッケェェェェェ!
:うぉぉぉぉぉ!
:凄い!
:推してて良かった……
:ポウッ!
:感動した!
:やっべぇ!
:いぇーい!
:神
:fuuuuuuuuu!!
:すっご……
:ようやるわホンマ
:いまどうやった!?
:お見事!
:さすが山主!
:かっこいい
ただやってる側としては……なんというか空虚だよなって。こっちはダンスのクオリティに苦笑いしているのに、リスナーたちは高評価なんだから。
いや、別にダンスに目覚めたとかではないんだけど。ただ本物を知って、その本物に紙一重──薄くても絶対に破れない鋼鉄の壁があると理解している身としては、絶妙なもどかしさというものを感じてしまうのだ。
ちゃんと練習もした。自主的に勉強もした。他人様にお見せできるクオリティには仕上げた。俺自身も、お披露目配信で披露できる内容であるという納得している。
だが同時に思うのだ。ちゃんとしたレベルに届いている自負はあれど、それと同居するように湧いて出る感情がある。
こんな偽物で満足なんかしてくれるなと。俺はまだ足りない。こんなものはただのメッキだ。ホンモノを見せることができていない、と。
「──ありがとうございました」
高速で流れるコメント欄を見ながら思う。声には出さない。晴れ舞台にケチを付けるような真似は決してしない。だから心の底で思うだけだが……。
──ああ、実に歯痒いな。こういう方面の感情を抱いたのは、一体何時ぶりだろうか。
ーーーー
あとがき
続き書くか悩んでましたが、念のため見てみたダンスの動画のせいで書きたくなったので。これだけね?
そんでせっかくの3D、ライバーとしての節目だったので、主人公に人間性というか、クリエイター、いやエンタテイナー? 的な情緒をちょろっと生やしてみました。……ヒロイン's? え、作中の民間人が伝説に勝るとでも?
ちなみに歌の時にそうなんなかったのは、身体を動かす比率の差です。人はより得意な分野で、届きそうで届かない才能に焦がれるのである。たとえそれが趣味とかでなくとも。
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