第158話 どうしたもんかなと

「──お、きた? ……ッチ。クソがよ」

「どうしたんですか?」

「ああいえ、失礼しました」


 おっと、しまったしまった。つい普段のノリのままでいたせいで、ウタちゃんさんに行儀の悪いところを見せてしまった。

 一回部屋に招いてから、ちょくちょく……いやかなりの頻度で部屋に入り浸るようになったからな。言動には注意しなければ。

 いや、交際相手に対して、過剰に取り繕うのもどうかなとは思うんだけどさ。ただ素のままだと、幻滅とは違うベクトルの言動がポロリしかねないというか。端的に言うとイリーガルでブラックな感じのアレ。

 一般人であるウタちゃんさんには、いろんな意味で刺激が強すぎるだろうし、余計な心労を与えるのもなってことで、気持ちクリーンな言動を心掛けているのである。……まあ、俺と交際している時点で、一般人の枠から弾き出されてしまっているのだが。


「……なんというか、言葉遣いとか凄い他人行儀ですよね。恋人同士の会話なんですかねコレ」


 しかしながら、俺のこれはウタちゃんさんには不満なようで。定期的に渋さと悲しさ、寂しさがブレンドされた表情を浮かべられてたり。


「それについてはまあ、はい。配信のこともありますし、我慢してください」

「いや、分かってるんですよ? 何度も言われてますし。うっかり失言しないように、配信に近い感じの言葉遣いを意識する。プロ意識がしっかりして凄いと思います。……でもやっぱり、恋人としてはすっごい複雑です」

「いやー、申し訳なくは思ってるんですけどねぇ。とはいえ、やっぱり配信初心者としては警戒するに越したことはないかなと」


 ウタちゃんさんは配信歴の長いベテラン、それも転生経験者だ。VTuberという概念が世に生まれる前から活動しているだけあり、公私の区別など容易に実行してみせるだろう。

 だが俺は違う。こちとら正真正銘の新人VTuber。数字こそいろいろあって天元突破しているが、活動歴という面に関してはペーペーもいいところ。

 ウタちゃんさんはやらないであろうミスも、歴の浅い俺は普通にやりかねない。なのでこれは必要な安全マージンなのである。……決して嫌がらせとかではない。


「……ええ。分かってるんです。分かってるんですよ。山主さんの言い分は正しいです。それでも、寂しさを感じずにはいられないと言いますか」

「寂しい、ですか」

「はい。どうしても距離感を感じちゃいますから。山主さんが近いようで遠いんです」

「最近はかなり会うようにしてるのに?」

「それでも、です。むしろ会えば会うだけ際立つというか……」


 なるほどなぁ。俺には分からない感覚ではあるのだが、ウタちゃんさんがそう言うならそうなんだろう。

 しかし、これ以上となると難しい部分があるのも事実。いまですら、俺の安全マージンに付き合わせる対価として、こちら側のスケジュールを調整しているのだ。

 元々が不定期寄りの配信スタイルなので、ライバー活動に影響こそ出ていないものの、だ。配信頻度を削るにしても限度があるし、裏でやる作業もある。そしてそれは、ウタちゃんさんとて同じこと。

 現状ですら、アレコレやって時間を捻出している以上、これ以上の何かで寂しさを埋めるとなると……。


「それなら、いっそのことルームシェアでもします?」

「……ふぇぁっ!?」

「いやだって、もう物理的に距離縮めた方が手っ取り早いじゃないですか。ルームシェアが嫌なら、近所に住むとか。引越し費用は俺がもちますし」

「え、あっ、嫌ではないです! 嫌ではないんですけど……!! その、さすがにいきなりすぎませんか!? それつまり同棲ですよ!?」

「付き合ってるんだから別に良いじゃないですか」

「多分そんなノリで同棲を決めるカップルは少数派です!!」


 へー。そうなんだ。あんまそういうの気にしたことないから分かんないや。


「というか、配信とかあるじゃないですか!? 声が入ったりとかしたらことですよ!?」

「そんなの、いくらでもやりようあるでしょ。マンションなら、配信用で二部屋ぐらい追加で借りる。一軒家なら、三階建てとかにして真ん中を共用スペースにして分けるとか」

「思考がブルジョワすぎる!?」

「こんなんですけどブルジョワなんすよ俺」


 量販店の部屋着をガッツリ装備しといてアレなんですけど、世界的に見ても上位に入る富豪でしてね。大抵の不都合はマネーパワーで無理矢理解決できるんですわ。


「んで、どうします? ルームシェアします?」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ。ご提案自体はとても嬉しいんですけど、あまりの規模に素直に喜べないと言いますか……!」

「そんな気にしなくて大丈夫ですよ? さっきも言いましたけど、金銭関係は全額俺が負担しますし」

「だから余計に気を遣うんですよ!!」

「こんなん端金ですが」

「山主さん的にはそうなんでしょうけどね!?」


 気にしすぎだと思うけどなー。俺の金銭感覚が死んでるのなんて今更すぎるし。この程度で騒いでたら、わりと真面目に身がもたないと思います。まる。


「一旦! 一旦持ち帰らせてください! 心の準備とか、いろいろしてきますから!」

「さいですか」


 心の準備って言ってる時点で、答えなんか出てるようなものな気がするのだが。そこは触れないでいてあげるべきなのだろうか?


「そ、それで、です! 話を変えてよろしいでしょうか!?」

「はい。どうぞ」

「えっと、えっと……あ!? そうだ山主さん! さっき舌打ちしてましたけど、何かあったんですか!?」

「え? あー……」


 予想以上に巻き戻ったな。まあ、別に良いんだけども。あくまで気を付けようと思ったのは言動であって、舌打ちの理由自体は大したことでもないし。


「一応言っておきますけど、めっちゃくだらないことですよ?」

「大丈夫です! 訊かせてください!」

「あ、はい。実はいま、沙界さんを含めた何人かと、オフコラボの話を進めておりまして」

「なるほど。オフコラボですか。それは楽しみですね」

「そうなんですよ。メンバーも沙界さん以外は初絡みで、しかもデビュー前から配信見てた人たちなんで。実は結構ウッキウキなんですよね」


 配信を見てたライバーさんとコラボする。俺がライバーとしてデビューした動機であり、沙界さんとのコラボを終えてなお重要なモチベーションとなっている要素だ。


「んで、現在進行形でいろいろ詰めているところでして。返信待ちしてる時に、通知が来たのでスマホを確認したら……」

「……したら?」

「高校の同級生らしい女から、急にメッセージが来まして。今度二人きりで酒を飲まないかって。それで舌打ちしてました」

「私としては全然くだらなくないんですけど!? ちょっと詳しく説明してもらって良いですか!?」


 いやー、そんな慌てるほどのことじゃないですよ? マジで知らない相手だし、実質スパム。……ガチでアイツ誰なんだろ。こんな直球な誘い方するやつ、クラスにいたか?

 高三のクラスぐらいしか憶えてないし、なんならそのメンバーですら半分……いや三分の一ぐらいしか名前言えないけど。それでもこんな下心丸出しな、恥も外聞もないメッセージを送ってくるような奴はいなかったと思うんだけどなぁ。

 アレか? 一年か二年の時のグルチャから辿られたか? それとも紹介機能的なやつを使われたか? ……駄目だ全然分からん。分からんけど、なんだかなぁって感じ。

 いっそこのアプリを消してしまおうかとも思ったのだが、それはそれで不都合なのが面倒くさい。変に連絡手段を断つと自白してるようなもんだし、こっちのアプリも普通に使ってるのよね。なんならプライベートだとこっちがメインまである。

 あー、本当に嫌だわぁ。やっぱり身バレってするもんじゃねぇなって思った。原因俺じゃないけど。







ーーー

あとがき

皆さん、よく聞いてください。本日はコンプティーク11月号の発売日です。つまりコミカライズ版の最新話が出ます。

付け加えると、明日にはカドコミ、ニコニコ漫画の更新があります。

つまりドリームなタイミングです。分かったら原作もコンプティークも買いなさい。あーゆーおーけー?



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