第115話 ご照覧あれ その二

「さて、さてさてさて。この配信を見ている、画面の人たちに一つ質問。あなたたちは、俺のことをどれだけ知っているのかな? 配信全部、とまではいかなくても、切り抜き含めた俺の動画を見てくれているのなら、話は早いんだけど」


 言葉は軽く。態度は軽妙に。ただし意識は冷たく、在り方を闘争へと傾ける。


「……なあ、教えてくれよ。お前らは、何でそんなに上から目線で語れるんだ? ──俺より上の人間なんて、今の世界にはいないはずなんだけど」


 バチリと、言葉に力が籠る。今この瞬間、俺の言葉は万人に届くようになった。言語の領域を飛び越え、聴いた者に強制的に理解させる音へと変わった。


「分かるよな? ? お前たちが一体誰に、いやナニに向かって吠えてたのか。こうして分かりやすくしてやったんだから、骨の髄まで実感できたはずだよな?」


 これ、色んな意味で疲れるし、おかしくなるからやりたくないんだよなー。自分の存在をあっち側……神を名乗る例の高次元存在たちに傾けることになるから、至るところに不具合が出るんだよ。

 てか、ぶっちゃけここまでする必要はないのよな。万人に伝わる言霊とか、阿頼耶識を使えば実現できるし。あれは知覚能力と、干渉範囲を超拡大させる能力だから。

 でも、あえて今回はこっちを選んだ。理由は迫力が出るから。存在をあっち側に傾けるからか、人間じゃ出せないような存在感がデフォルトで滲み出るのよ。

 ほら、不動明王の時もそんな反応あったじゃん。相手を強制的にひれ伏させる覇気みたいなの。クソ迷惑だから普段は絶対に使わないんだけど、こういう時は便利よね。


「……理解してくれたようでなによりだよ。この程度でビビるなら、そもそも騒ぐなって話だけど」


 ピタリと止まったコメント欄を眺めながら、これ見よがしに溜息を吐く。結局、文句を言ってた奴らなんてこの程度だ。

 少しでも身の危険を感じれば、安全が確保されるまで縮こまってやり過ごそうとする。本気でアメリカ国民のことを想っているのなら、これっぽっちの威圧で静かになるわけがないのに。

 人命第一なんてご大層な旗を掲げながら、それに相応しい気概なんて微塵も持ち合わせていない。ただ自分の主張を叫ぶため、日常の鬱憤を晴らすためだけに利用しているだけ。

 舐めんな。こっちだって内心ではちゃんと焦ってんだよ。予想外の方向から動く理由が生えてきて、にも関わらずこっちからはアクションできないもどかしさを抱えてんだよ。

 それなのにお前らホンマ……。人の気も知らないで、好き勝手言いやがって。普段ならともかく、今はわりとガチ目に煽り耐性低下してるかんな。気をつけろよマジで。


「ふぅ。んじゃ、全員冷静になったと思うから、これから本題に移ります。あ、騒いでないのに巻き添え食らった人らはゴメンね? まあ、かなり加減したから大丈夫だとは思うけど。ちょっとゾクッとしたぐらいのはず」


 感覚的には、いきなり目の前に熊が現れたぐらいかな? びっくりはするけど、危機感もあって逆に動けなくなる的な。とりあえず、トラブルに繋がるようなことは起きてない。……そう思いたい。


「では本題ね。結論から言うと、俺はアメリカにはいけません。理由は法律の問題があるから。モンスターを倒せなんて言われても、他国の人間、それも探索者資格持ちがダンジョンの外で暴れられるかって話よ。許されるにしても自衛まででしょ」


 コメント欄の反応は……なし。てっきり加速するかなと思ってたが、予想に反して止まったままだ。未だに威圧が効いてるっぽいな。

 と言っても、この反応も一時的なものだろう。直ぐに衝撃から立ち直って、また騒がしくなるはず。ならば、今の内にサクサクっと話題を進めてしまおう。


「よしんば戦闘が許可されても、向こうがどれだけ許容してくれるかも分からんし。散々ニュースで言ってるから皆分かるだろうけど、敵は特撮映画に出てくるような大怪獣だ。あれを倒すとなると、相応の被害が出るよ。……それこそ、余波で複数の街が消えてもおかしくないし」


:お、おう……

:そんな規模の話なのか

:それは……アメリカ側も許可無理では?

:そりゃ好き勝手できんわ

:オーマイガー

:アカンやん

:神よ、何故我らにこのような試練を与えるのですか……

:ヒエッ

:やっぱり倒せはするのな


 お、コメントが復活し始めたな。そして見える範囲でアホなコメントはない。お気持ち民はまだビビってるらしい。

 海外コメも似たような感じ。この状態だと、俺もまた言語の壁を無視することができるから便利だ。……やってることは意思の強制送信&強制読み取りなので、あんま健全ではないんだけど。

 あと、阿頼耶識で似たようなことできるし。そういう意味でも、この状態になる必要性ってマジでないのよな。本当に威圧目的ぐらいでしか使わねぇ。

 逆にこういう時はクッソ便利なんだけども。殺気とか出さずに相手を屈服させられるから、穏便にうるさい奴らを黙らせられるのよね。VTuberはイメージも大事。


「あと被害関連で言うと、要救助者の扱いはどうすんのって部分がなぁ……。瓦礫に埋まってたりとか、救助を待っている人とか絶対いるでしょ? そんな人らがいる状態で、街が複数消える規模の戦闘なんかしたらどうなると思うよ。──死ぬだろ。常識的に考えて。さっきまで騒いでた奴らは、そういうことをちゃんと考えて発言してたんだろうな?」


:アカン

:ヒエッ……

:ド正論すぎる

:これアメリカ詰みでは?

:そういやそうだわ……

:そりゃ山主さんも嫌がるわ

:お願いします。家族を助けてください

:被災者〇せって言ってるようなもんだもんな

:リアルでのトロッコ問題は笑えないんよ

:巻き込まないようにはできないんですか……?

:これ。どう考えても一般人、それも他国の人間がやることじゃない


 本当になぁ……。無理な理由を挙げていくとキリがないんだよ。実際のところ、この辺のハードルはどうすんだろうね?

 俺だって、救助待ちの一般人を殺すのは嫌だ。モンスターを散々殺してきているし、必要とあらば命を奪うことに躊躇いはないが……それでも進んでやりたくはない。

 外聞もよろしくないし。いや、今更外聞もクソもないのだが、それにしたって限度ってもんがある。要救助者を見捨てるどころか、全て承知の上で戦闘に巻き込んで殺しましたってお前……。

 流石に許されんだろこんなの。そりゃ俺だって、戦うとなれば戦場を選んだりとかの配慮はするけどさ。相手は最低でも州規模の大地を支配下に置いてるドラゴンだぞ? どうやったって影響は出る。被害が出る前提で動かなきゃ駄目だ。

 そんなの許されるか? 『これは必要な犠牲でした』とか、公的機関の人間ですらギリだぞ。それでも批判殺到するわ。

 それを他国の人間が自己判断でやりましたとか、どう考えても戦争案件である。めっちゃ譲歩してもらってもケジメは不可避だ。

 そういう意味でも、大義名分はやっぱり必須なんだ。俺が利用されないようにって意味でも、俺が今後も表舞台にいられるようにするためにも。

 

「だから俺は動きません。少なくとも自分からはね。アメリカ政府が交渉の席を設けようとしない限り、この問題は一切進まない。……交渉の席を設けたところで、ハードルが馬鹿高いのは変わりないけど」


:アメリカが決断しろってことか

:これは正論

:いやこれ無理では……?

:アメリカ大統領がVTuberデビューしました

:アメリカ大統領がVTuberデビューしました

:アメリカ大統領がVTuberデビューしました

:どうしようもないだろこんなの

:アメリカ大統領がVTuberデビューしました

:マジでアメリカ終わったんじゃ……

:アメリカ大統領がVTuberデビューしました

:なんか変なの湧き始めたな


 おっと荒らしか? 黙らせたアンチたちが再起動でもしたのかね? お気持ちコメの次が連投スパムとか、また芸がないというか……。

 まあ、ブロックだな。てか、スパムにしてもひでぇ内容だ。タイムリーなことは認めるが、ちと不謹慎がすぎる。あと、俺の配信を荒らすとは良い度胸──。


「……ん?」


 スマホにメッセージ。送り主は……玉木さん? 配信中に送ってくるとは珍しい。あの人、俺に絡まれるの嫌がって、ネタにされるような迂闊な行動しないんだけど。

 つまり、だ。このメッセージは、そんな玉木さんが自分のルールを曲げてまで、俺に伝える必要がある内容ってことになるわけで。


『アクションがあったぞ。お前を食いつかせるために、向こうも随分と思い切ったことをやったもんだ。国のために恥も外聞も投げ捨てた。先達として、そこら辺は汲んでやれよ』


 内容はこれだけ。それとリンク。確認してみたところ、リンク先はホワイトハウスの公式チャンネル。それも現在進行形でライブ中の配信枠。


『──この配信を見ているのなら、是非とも反応してほしい! どうか私の呼び掛けに応えてくれ! 山主ボタンよ。私はキミと話がしたい!!』


 そこで声を張り上げているのは、一人の男の3Dモデル。星柄のシルクハットを被り、紺のジャケットを羽織り、赤い蝶ネクタイを締め、紅白縦縞のズボンを履いた、白い髭の初老の男。


「……なるほど、なるほど。中々どうして、サムおじさんとは洒落が利いてるじゃねぇか……!!」


──アンクル・サムがそこにいた。







ーーー

あとがき


またしてもゲリラ投稿。……今更なんだけど、週一投稿ってもしかして駄目? 他の人気作をみると、かなり更新頻度短いんだけど。

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