第53話 棲み分けは大事という配信

「チャンネルは……っし」


 機材チェックOK。各種設定問題無し。これまで何度も行ってきた配信開始前のルーティンであるが、今回は普段以上に念を入れてチェックする。

 もちろん、それにはわけがある。今回の配信は、これまでとは違った設定で行われるためだ。具体的に言うとチャンネルが違う。


「──あ、あー。はい、という訳で、皆さんこんばんはー。デンジラス所属のスーパー猟師、山主ボタンです。本日は新チャンネル【山主ボタンあっとまーく暖簾分け】にてお送りいたしまーす」


:きちゃ

:ばんわー

:まさかサブチャンを開設するとは思わなんだ

:こんちゃー

:まあVTuberとは言えなくなってたしね……

:チャンネル名はなんとかならんかったんか

:@をひらがなで表してるあたり力が抜ける


 コメント欄を確認。……うん。いい感じに日本語コメが流れてるな。外国語のコメも少なくはないけど、それでも許容範囲だろう。

 海外勢を邪険にしているわけではないが、【VTuber】として円滑な配信を考えた場合、やはり日本のリスナーをメインターゲットと定めた方が都合がいい。VTuber文化の本場は日本だし、海外コメが流れすぎると俺もコメントを拾えないので仕方ないね。

 だが同時に、ここまで拡大した海外市場っぽいものを破棄するのはもったいない。そんな考えのもと、事務所と相談した上で新たにサブチャンネルを開設することに相成ったのである。……ちなみにチャンネル名は三秒で決めた。


「それではまず、このチャンネルの概要から。一応、SNS等で告知してるし、本チャンネルの方でもお知らせ動画は上げてはいますが、初見さんもいるかもしれないのでね。既にご存知という方は聞き流してください。それか適当に外国語コメの翻訳でもしててください」


:草

:草

:草

:パッと見でも数カ国あるんですがそれは

:草

:英語ならなんとか

:草

:無理ぽ

:嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ


 まあ俺も無理だとは思う。てか、このコメント欄のスピードだとネイティブでも難しいのでは?


「このサブチャンネルでは、VTuberとしての活動をメインに活動していくことになります。具体的に言うと、ゲーム、雑談、料理、コラボ配信などですね。そしてメインチャンネルの方は、主にダンジョン系の動画を取り扱っていこうと思っています」


 つまりサブチャンネルは、これまでと同じようなライバー活動を。メインチャンネルの方は、ダンジョン関係のあれこれを、動画に編集してアップしていく方針となっている。

 なお、明らかにメインとサブの活動が逆転してるのはご愛嬌というやつだ。シンプルに需要の規模の違いと思って欲しい。


「チャンネルを分ける理由ですが、メインの方の登録者の大半が、【VTuber】としての山主ボタンではなく、【探索者】としての山主ボタンを求めているのだと判断したからです。もちろん、VTuberとしての活動を求めてくれる方もいるとは思ってますが……。それと同じかそれ以上の人たちが、例の動画に食いついたであろうことを考えると、ねぇ?」


:悲しい

:あの動画から登録者数が跳ね上がってるからなぁ

:ワイは好きやで!

:需要は間違いなくあるからね……

:まあ否定できんよなぁ

:悲しいなぁ

:なんだかんだで普段の配信も面白いんだけどね

:こればっかりは仕方ない

:言いたくないけど残当としか

:うーん。難しい問題だ

:あの動画のインパクトがありすぎるのが悪い


 うむうむ。事前にSNS等で反応は確認してはいたが、とりあえず配信まで来てくれるアクティブユーザーたちも、状況的に仕方ないと思ってはくれているらしい。

 ひとまず、確認できる範囲で否定的な意見がないのは把握できたので、サブチャンネルの概要はコレで良しとしようか。


「そんなわけでチャンネルは分けました。やっぱり棲み分けって大事だしね。ライバーとしての山主ボタンを好きだと感じてくれる方は、こっちの配信に来てください。ちなみにサブと呼んではいますが、活動頻度的にはこっちのチャンネルの方が多くなりますので、その辺りは悪しからず」


 うん、そこは流石に譲れないよね。チャンネル登録者数的には、メインの方が圧倒的ではあるけれど、あくまで俺はVTuberだからね。

 チャンネル登録者がもったいないという理由でメインを残しているとはいえ、決してダンジョンを題材とする動画配信者ではないのだ。

 根っこにあるのはVTuberとしての活動。そして当初の目的は推しと合法的に絡んで、ダンジョン産の高級食材をご馳走すること。そこは履き違えないようにしなければ。


「──で、ここからがある種の本題と言うか、VTuberである山主ボタンの活動方針の方を発表させていただこうと思うのですが。よろしいです?」


:なんやなんや

:なんか改まってどしたん?

:よろしいです

:なんでしょう?

:今までは本題ちゃうかったんか

:活動方針とな


 リスナーが傾聴の姿勢に入ったことを、流れていく大量のコメントから確認。その上であえて一拍置き、完全に切り替えてから再び口を開く。


「まず大前提として、これは驕りでもなんでもない、純然たる事実として受け止めて欲しいのだけど。──山主ボタンはVTuberのトップに立ちました。功績とかを脇に置いた、チャンネル登録者数的な意味で」


 経歴に関しては依然としてペーペーだし、VTuber界に何か寄与したわけではない。獲得した数字に関しても、VTuberとして活動した上での結果かと問われれば、首を傾げざるえないが。


──それでもメインチャンネルの登録者数2000万オーバー。そしてサブチャンネルに関しても300万と少し。活動内容を分けると説明した動画をアップした上で、少なくない数がメインの方から流れてきているのは間違いない。


「この規模になるとさ、もう新人なんて言ってられないわけですよ。いや、活動期間的にはまだまだ短いし、個人的にも新人感覚はバリバリなんだけどさ。流石に新人気分で活動なんかしてられないのは、誰の目から見ても明らかでしょ?」


:まあの

:それはそう

:開設したばかりのサブチャンですら、ライバーとしては上澄み中の上澄みだしなぁ

:こんな新人がいるか

:詐欺もいいところ

:そもそも海を斬れるライバーが普通はいないんだわ

:影響力的に、俺なんかやっちゃいました? では済まされんよなぁ

:てか、なんだかんだ大手だとワンチャン後輩ができるぐらいには、山主さんも活動してる気がするのですが

:そろそろ新人気分は抜けてもろて


 社会人なら一年未満は新人扱いじゃろがい。まともな社会経験ないから多分だけど。


「まあ、そんなわけでね。そろそろ自発的に動いていこうかなと思うのですよ。今までは受け身の活動をしていたけど、それももう止めるべきかなと」


 具体的に言うとコラボとかコラボとかコラボとか。外のライバーさんとコラボしたのは二回。その内の一回はコラボと言っていいか謎の、配信内でちょっとコメントをしただけという。

 それ以外のコラボは全部自社コラボで、その自社コラボですら異性コラボになることを遠慮してめちゃくちゃ少ないという体たらく。


「いろいろと仕方ないところはあったとはいえ、もう受け身でいられる段階ではないからね。なんというか、変に知名度が上がっちゃったのと、俺自身が人間として異色だから。絶対に声掛けするハードルが爆上がりしてる」


:だろうね

:当たり前なんだよなぁ

:まず間違いなく、現在世界でもっとも注目されている人間だろうしね

:コラボのお誘いとか普通に無理だと思うわな

:大手所属でも躊躇するのは間違いない

:どんなに人気でも、ライバーが絡むには畏れ多すぎる

:そもそもなんでライバーやってんのってそれ一番言われて(震え声


 うーむ。マネさんを筆頭に訊ねた人全員が同じ感想をこぼしていたけど、やっぱりリスナーの皆も似たようなな感じかぁ。

 となると、やはり受け身で活動していくのは絶望的と見て間違いないだろう。


「はい、なので……これからは自発的にコラボのお誘いを掛けていこうと思います。幸いにして実績と言うか、数字に関しては十分すぎるぐらいにあるので、新人の癖して分不相応な〜、なんて感じで切り捨てられることもないだろうし」


 今までは数字はあれど、それと同時に新人フィルターもあったので遠慮していたけど、ここまで突き抜けてしまえば問題なかろう。

 あとは相手さんの印象とスケジュール次第というか、お誘いされたら一考に値する存在にはなっているはずだ。


「そんなわけで、今後はコラボしたいと思った相手には、所属とか関係なくガンガン声を掛けていこうと思います。実際、既に何人かのライバーさんにお誘いを掛けていて、さらに何人かの方からはオーケーの言葉もいただきました。──てことで、後日SNSの方でコラボの告知をするので、是非ともご覧ください!」


──つまるところ、『お楽しみはこれから』というやつだ。






ーーー

あとがき

今は四月三十日、午前二十五時前です。いいね?


てことで、主人公が積極的になる宣言をしました。


尚、最初のコラボ相手はもちろんあのキャラです。状況が変わったので外堀とか関係なくなりました。数字を盾に力尽くで舞台に上がったともいう。

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