第52話 方針転換

──チャンネル登録者、2020万人を突破。


「これ本当に草」


 たった一本の動画によって跳ね上がった数字を眺めていると、自然とそんな呟きが漏れた。

 いやはや、本当に凄まじいものである。インパクトを求めて派手な内容にまとめた自覚はあるが、まさかここまでの反響があるとは。深層以降の世界が、どれだけ現代社会と乖離しているかが分かる。


「実際、凄いことになってるしなぁ」


 ライバーとしての数字はぶっちぎりのトップに躍り出た挙句、【山主ボタン】の存在は一種の社会現象にまでなった。

 件の動画の再生数はえげつないことになっているし、なんなら現在進行形で増加中。切り抜き動画の類いも同様に。

 テレビを筆頭とした各種メディアからは、出演依頼や取材の申し込みやらが山のように届いている。……現状では事務所の方に余裕がないので、全部断っているけれど。

 他にはアレだ。VTuberとはちょっと逸れるが、探索者周りが騒がしくなっている。超深層の映像を公開したことで、ダンジョンにまつわる危機意識が急上昇したり、探索者を目指す人間が爆増したりと、いろいろ起こっているのだとか。

 そして極めつけが、表にはまず出せない裏のアレコレ。簡単に言えば世界を巻き込んだ政治と言うやつで、政治家先生やお役人の方々が上を下への大騒ぎとなっているそうな。玉木さんからも『何してくれてんだこの馬鹿野郎殺すぞオラァ!!』とブチ切れられた。


「でもなぁ、それがライバー、いや配信者って存在だしな」


 犯罪行為や倫理的にアウトな行為をしてるわけでもなし。その上で配信のネタになりそうなことを集め、披露することになんの躊躇いがあるというのだ。……というか、各方面への配慮の結果がアレだったり。

 なんてったって、動画配信というものは地味に繊細な活動だ。大前提としてプラットフォームが設ける基準は守らねばならないし、その上で俺の場合は所属している事務所がある。

 いくらダンジョンという存在が一派化してるとはいえ、それでも探索者が行っているのはモンスターとの殺し合い。モンスターを通常の生物のカテゴリーにぶち込んでいいかは議論の余地があるが、それでも生物が派手に死ぬ、それも大半が流血を伴うバイオレンスでグロテスクな映像を、普通に配信していいかと言われれば……ねぇ?

 いや、ダンジョン系の配信者だって存在はしているし、戦闘も動画として挙げられてはいるのだけど。やはり娯楽の側面が強いVTuberで、ましてや企業所属である身で、初っ端からガチ目の内容を流すのは憚られるのだ。

 だからこそ、動画のネタにわざわざウミフラシをチョイスしたのだ。アストラル体故に流血の心配もなく、それでいて上手い具合に見応えのある戦闘になるのは、あの謎生物ぐらいしかいなかったのである。他は倒す際に流血必至だったり、挙動が速すぎて動画にならないんだよねぇ……。

 それでも各方面(主に国)から加減しろとのお言葉が送られてきたが、申し訳ないが『配信なので』と開き直らせてもらった。思いつきで始めた仕事ではあるが、最近ではなんだかんだ楽しんでいて、ライバー活動も趣味みたいになっているのだ。

 なんというか、リスナーたちの、いやダンジョンを知らない一般人が右往左往するのが面白いんだよね。目立ちたいとかそう言うんじゃなくて、承認欲求とはまた違った……祭りの火付け役的なサムシングだと思う。


「……とは言え、んーむ……」


──だが同時に、現在の状況はVTuberとして少しばかりよろしくなかったりする。


「数字がありすぎて困るってのも、また変な話だよなぁ……」


 目下の悩みの種。それはチャンネル登録者が急速に増えたことで、【VTuber】としての活動が難しくなったこと。

 まず第一に、アンチ関係の活性化。山主ボタンが元から抱えていた奴らに加え、いろんな界隈に巣食っていた面倒な輩たちが合流したっぽいのだ。理由は不明だが、とりあえず出る杭は打たれる的なアレだろうと思って勝手に納得している。

 ともかく、おかげで随分と賑やかになった。多分一般的な精神の持ち主なら、ノイローゼになってもおかしくないぐらいには愉快な祭りになっている。

 ただまあ、この辺りは時間経過で鎮火するだろう。というか、関係各所が根切りにしてでも止める気でいるっぽい。玉木さん曰く、俺の機嫌という錦の御旗の下、面倒な輩を強引に引っ張るつもりなのだとか。

 なのでコレはそこまで問題ではない。せいぜい、コラボの際に気遣うべき項目が増えたぐらいだろう。

 で、二番目。需要と客層の変化。簡単に言えば、激増した登録者のほとんどが件の動画、探索者としての活動を求めているのであって、VTuberとしての活動は二の次の可能性が高いこと。

 彼ら彼女らからすれば、俺の雑談や料理なんて大した興味はないはずだ。料理だったらワンチャンぐらいはあるだろうが、少なくとも雑談の類いは……うん。そもそも大半が海外の人間だろうし、俺が日本語で話しても理解できまいて。

 あとアレだ。地味に配信中のコメントが困るのだ。国際色豊かなのは悪いことではないのだけど、外国語でコメントされても読めないので反応できんのよ。現状、明らかに海外勢の方がコメントの比率としては多いので、ちょっとなぁって感じ。その上で、ダンジョン関係の動画を求められたりしたら、本当に困るのだ。


「むむむ……」


 そして最後。個人的に一番問題なのが、数字の増加によるコラボ難易度の上昇。

 軽く調べたところ、俺のチャンネル登録者数は日本国内においてはトップクラス。これはVTuberとしてではなく、配信者というさらに大きな枠組みの中での話だ。

 今までは数字こそあれど、山主ボタンは新人の企業ライバーであった。だからこそ、コラボは控えめにしていたし、誘いに関しても受け身よりだった。

 が、数字が爆増してしまった現在、今まで通り受け身でいるのは難しくなった。数字は他のVTuberを大きく突き放してのトップ独走で、それでいてライバーとしては異色も異色。メインの客層は海外で、各方面での影響力は未知数もいいところ。


「……自分で軽く分析しておいてアレだが、あまりお近づきになりたい人種じゃねぇなコレ」


 分かってはいたが、コレで受け身でいるのは流石に無理がある。少なくとも、ある程度は時間を置いて観察したいのが一般論だろう。……自然とため息が出るなこりゃ。

 となると、やはり方針は変えるべきか。まあ、今までは新人故の信用不足から慎重論を取っていたのであって、VTuberトップという信用もクソもなくなった現状では、ある程度大胆に動いたところで支障はないと思われる。

 いつかは誘われる側から誘う側になるのだから、これもまた一つの契機というやつだろう。


「となると、やっぱりネックになってくるのは新規リスナーか。──いっそのこと分けるか?」


 ……とりあえず、マネさん経由で事務所の方に提案しておくかぁ。そんじゃ、サムネ作り再開するかぁ。



ーーー

あとがき

福山〇治を観てたせいで遅れました。……いやほら昔はよく日曜午後二十五時とか言ってたし(震え声


次回はちょっと悩みどころだけど、もしかしたらあと三話とかで区切るかも?

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