第50話 同期の暴虐を見守る枠 その三
──画面の中に映っていたのは、比喩でもなんでもない世界の終わりだった。
『まず始めにやるべきことは、この状況から逃れることですねー。見ての通り絶体絶命というか、直撃すれば即死確定。防御もあの質量を前じゃ無意味でしかなく、ついでに回避も不可能なレベルのマップ攻撃。……うーん、これはクソ。ゲームだったらバランス調整確実ですわ』
空から迫る大量の海水、いや海そのもの。大災害なんて表現ですら生易しい、地上で起きれば確実に国の一つや二つ滅ぶような絶望を前にしてなお、ボタンは軽い調子を崩さなかった。
『マトモに対応するだけ無駄。ってことで、マトモなじゃない対応をしましょうねー』
慌てず騒がず。凄まじい勢いで死が迫ってきているというのに、ボタンは変わらない。普段と変わらぬ様子で──本人曰く『マトモじゃない』対応を行った。
『まず、さっきと同じ要領で上空の海を斬ります。……はい、斬りました。そしたら、あんな感じで裂け目ができるので、そこ目掛けてジャンプします』
一瞬で映像が切り替わる。普通なら撮影ミスか、はたまた編集かを疑いたくなるような唐突さだけど、多分それは違うんだろう。
恐らく瞬間移動か、カメラに捉えられないスピードでの高速移動。妄想じみた荒唐無稽な予想だけど、映像の中で海を割っている時点で常識もなにもない。本人もマトモじゃない対応なんて言っているし、非常識なナニカをやったことは間違いない。
『道がなければ作ればいい。世の中なんてけっきょ──』
台詞の途中で音が途切れた。正確に言えば、轟音によって映像内の全ての音が掻き消された。
代わりにカメラが動く。雲一つない青空から……いや生身でどんだけ跳んでるんだって話なんだけど。ともかく、綺麗な青空から、下の光景に映像が切り替わった。
「……うわぁ」
:地獄やん
:あれ島は……?
:花火ドン引きしてて草……いや笑えねぇわ
:ノアの箱舟ってこんな感じだったんかなぁ……
:なにもかもが消え失せてら……
:怖い怖い怖い!!
:これは……
:もはやB級映画
:すげぇことになってる
:音がもう無理
:待ってトラウマになるかもコレ
轟音は未だに止まらず、海全体は大きく畝り続け、透明度の高かった海面は濁りに濁る。
ボタンが立っていたはずの無人島は見る影もない。どれほどの規模だったのかは知らないけれど、間違いなく島一つが消えていた。……それも多分、沈没ではなく破壊という現象で。
「……これ、地上で起きたらどうなるんだろうね……」
:シンプルに滅亡
:被害もクソもないと思われ
:核兵器なんて比じゃない被害が出るやろ
:わりとマジで日本沈没
:防ぎようがない終末
:怖いこと想像させないでくれません?
:みんな仲良く死ゾ
:直撃した範囲は粉砕からの地盤陥没。周辺は衝撃で吹き飛び、それ以外の場所でも大地震発生。その後すぐに落下した海水による広範囲の津波。その後も沢山の災害が連鎖すると思う
:怖すぎるっぴ
:コレが生活に根ざしたダンジョン内で起こっているという恐怖よ
確認の意味を込めての質問だったけど、コメントもまた私の抱いた感想とおおよそ同じものだった。
発生した時点で詰み。誰も彼もが、パニックになる前に為す術なく死んでしまう。自分なら助かるという、本来なら誰もが抱くであろう、不確かで漠然とした余裕。それすら抱けないレベルの世界の終わり。
「……信じられる? コレやってるの、私の同期なんだよ?」
──だからこそ、そんな絶望的状況から簡単に脱してみせたボタンの異常さが、余計に際立つのだ。
『っと。やっぱりまだ海は荒れてますねー。んー、映像化した時、画面酔いとか大丈夫かなこれ?』
……一瞬で大空まで跳び上がった挙句、そのまま平然と海面に着地して立ってみせるあたり、本当に異常というかなんというか。
「空から生身で落下した挙句、サラっと水の上に立ってるのは、もうツッコミ入れずにスルーした方がいいのかな……?」
:草
:んだんだ
:人類のインフレに脳がバグる
:もう山主さんだからで納得しとこ
:画面酔いとかそういう問題じゃねぇのよ
:ま、まあ、一時的に水の上に立てる探索者はいなくはないから……
:人、類……?
:リアルモーセもびっくりな超人なんだよなぁ
:人類と一緒にせんでもろて
:普通はあの高さから落ちたら水とか関係なしに即死なんやけどなぁ
:海を割っている時点で今更よ
ボタンは確実に人類じゃないと思うの。悪口とかじゃなく、純然たる事実として。
『ま、話を戻して。えー、モンスターと言っていいか微妙な水の塊の開幕初手ブッパをサクッと凌いだわけですが。ぶっちゃけ、このあとは大した見せ場はなかったりします。なんでかって言うと、ウミフラシがそこまで強くないからですね』
ちょっと何言ってるか分からないですね。
『いやまあ、広域破壊という面に関してはピカイチだし、ゲームで言うところの【適正レベル】に達してないと、為す術なくコロコロされちゃう系のボスモンスターなのは間違いないんですけど。……それに反して、あの開幕ブッパを凌げる人間にとってはカモもカモなのですよ』
ちょっと何言ってるか分からないですね(二回目)。
『まずさっき説明したように、ウミフラシは精霊的なサムシングのモンスターです。あの身体も能力で操っている海水でしかなく、生物のそれでは断じてないです。……つまるところ、アイツは典型的なアストラル系のモンスター。モンスターとして機械的に動いているだけの現象に近い』
機械的。つまりプログラムのように反射で行動しているだけで、そこに意思の類いは存在しないということ。ダンジョンのモンスターとして、人間に対して攻撃をしてくるが、それだけの存在でしかないのだと。それ以上でも以下でもないとボタンは語る。
『敵がいたら開幕ブッパ、上空からの大質量攻撃で全てを粉砕して終わり。アレがやるのはそれだけ。もちろん、海水を操れる以上は他にもいろいろできるんだろうけど、アレはそんな小細工はしない。そんな知能はない。だから機械的に最高威力の攻撃を叩きつけてくる。それこそ、自身を巻き込むことも厭わずに。なにせ実体がないからね』
ちょっと殺意が高すぎません?
『だからこそ一定レベルを超えると、ウミフラシはただの雑魚になるんだよね。なにせワンパターンの攻撃しかしてこない上に、ウミフラシには索敵能力なんてないから。ウミフラシ基準じゃ人間なんて砂粒みたいなもんだし、攻撃が攻撃だからねぇ。凌げさえすれば、必然的にこっちのことを見失うんだよ』
なんか簡単に言っているけど、そもそも論としてあのレベルの超災害をどう凌げと?
『必殺技を凌ぐ。ウミフラシが棒立ちになる。攻撃する。また必殺技を凌ぐ。あとはコレを繰り返すだけ。……あ、もちろん大前提として、アストラル体にもダメージを与えられなきゃ話にならないけどね。まあ、ここら辺まで潜ってこれる時点で、そんなことできて当然になってるんだけど』
いろんな意味でちょっと何言ってるか分からないですね(三回目)。
『というわけで、サクッと仕留めて終わりにしちゃいましょう。まー、俺クラスになると? あのサイズだろうが余裕で一刀両断できるし? アストラル体とかも関係ねーし?』
ネタでチャラく言ってるんだろうけど、ネタでは中和できないレベルに内容がデタラメすぎるんですがそれは。
『てことで、はいお終い』
──そうして『シャンシャン』と、まるで舞台の幕引きのように音が鳴り。鈴のような澄んだ音と同時に、遙か遠くのウミフラシが四分割されたのだった。
ーーー
あとがき
遅れました。ゴメンなさい。……書いてる途中で寝落ちしてました。あと蛇足書いてたのも理由の一つ。
ということで、ここからは蛇足的なやーつ。
モンスター名【ウミフラシ】
【概要】
ダンジョンの超深層に出てくる、海を操る力を持つアストラル系の超大型モンスター。なお、そのボディは膨大な海水によって形成されているように見えるが、実際は能力を応用し、本体の霊体に海水を添わせているだけ。つまり海水の服を着ているようなもの。理由は不明。
【危険度】
アストラル系のモンスターの例に漏れず、生物らしい感覚は存在しない。そのため反応も機械的であり、歯に衣着せぬ物言いをすればワンパターン。
ただし危険度は極めて高く、並の人間では束になっても敵わないボスモンスター。攻撃手段は海水操作による質量攻撃オンリーだが、その規模が尋常ではないため普通に死ねる。自分のいる海を干上がらせる勢いで、遙か上空に新たな海を展開した上で、一気に落下させてくるため、なんとかして凌げなければ死あるのみ。
反面、攻撃手段はそれだけなので、凌げることさえできればいくらでも料理可能。一定ラインを超えると探索者からの扱いがガラリと変わる面白いモンスター。
なお、海水操作能力は霊体のサイズに比例しており、大型になると関東平野が水没するレベル海水を降らせてくる。作中の個体は種としては小型寄りなので、そこまでの海水操作能力はない。
【補足】
出現するエリアは超深層の最序盤で、基本的には大海と無人島といった環境になっている。
なお最序盤に出現する理由だが、ウミフラシは深層から超深層に移るための登竜門的なモンスターであるため。評価が両極端なのもそれが理由。つまり何が言いたいかというと、ウミフラシは超深層クラスのモンスターの中では最弱。
なお、超深層のモンスターは種類は違えど総じて大災害の具現化みたいな存在のため、基本的に一階層につき一体しか存在しない。倒された場合は一定時間が経ったらリポップする。
つまるところ超深層からはボスラッシュ。一部例外はある。
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