第17話 初コラボ配信 その四

「よっと」


 軽く腹肉を持ち上げ、スっと包丁を入れて皮を剥ぐ。そのまま赤身、中トロ、大トロに分割。これにて整形は完了。

 次は柵取り。ここはサイズに関わるところなので、気持ち大きめにして贅沢に。で、柵の筋目と逆になるように、そして角が立つように包丁を入れていって刺身は完成。

 そんで次。最初と最後の部分は、どうしても形が歪になってしまうので、叩いてなめろうみたいにしてしまう。……なお、柵もいくつか残しておいて量を増やした。刺身だけだとちと退屈だからね。

 で、叩いたやつに味噌とわさびを和えて、さらに叩く。ついでに練る。ねっとりしてきたら完成。これ、味変用の変わり種なんだけど、マジで馬鹿美味いんだ。ご飯に載せたら秒でお椀が空になるレベル。

 で、最後。刺身の口当たりとかのために、皮の方にあえて付けてた肉を、スプーンでこそいでいく。いわゆる本当の意味でのネギトロだ。まあ、薬味として小皿に長ネギのスライスは添えておくんだけど。

 あとは配膳しておしまい。もちろん、スタッフさんたちのところにも届けます。それでも量が量なので、使わなかった柵はラップに包んで空間袋にポイ。時間停止機能がついてると、こういう時に便利である。


「──はい。てことで、贅沢マグロ尽くし。手巻き寿司セットです」

「はい、じゃないのよ。今この瞬間でツッコミどころが増えたんだわ」

「というと?」

「こっちが呆気に取られてるうちに料理が完成してるからだよ! ちょっと写真撮るから、リスナーも見てこれ! これと追加でスタッフさんたち用の差し入れ分も作ってるんだよ!?」


︰見てきたけど、クッソ大量で草

︰えぇ……

︰調理開始を宣言してまだそんなに経ってなくない?

︰こマ? 調理番組の伝家の宝刀『〜したものがこちらです』とかじゃなくて?

︰相変わらずのファンタジークッキングで草


 ちなみに調理時間は三分ぐらいです。刺身だと捌く工程が八割だからね。これぐらいは余裕よ。なんなら刺身だけなら三十秒もかかってないし。大半がなめろうと叩き、あとは盛り付けの時間だったり。


「ま、いいから食べんしゃい。ご馳走の前でうだうだ叫ぶのは、ちょっとばかし不粋というやつだよ」

「……反論できないのがまた悔しい」


 ムスッとした表情を浮かべながらも、矛を収める雷火さんに思わず笑ってしまう。

 パフォーマンスの一端みたいなものではあるけど、いつまでその態度を維持できるものか。本当に楽しみだ。


「ニヤニヤするんじゃないよっ。全くもう……」

「はいはい。あ、左から大トロ、中トロ、赤身ね。で、こっちがネギトロで、そっちがなめろうモドキ」

「ん。じゃあ、大トロから」


 海苔を取り、大トロを載せ、最後に少量の酢飯を。そして醤油をちょんとつけて、パクリと雷火さんが一口。


「……」

「お味はいかが?」

「……」

「おーい。雷火さん?」

「……」

「……ありゃりゃ。予想はしてたけど、駄目みたいですねぇ」


︰無言やん

︰無反応で草

︰モデルすらピクリとも動かんw

︰なんか感想言えw

︰美味すぎて言えないんやで

︰残当。ダンジョン産の食材を食べなれてない人間に、いきなり深層レベルの代物を食わせたらね


 コメントなし。リアクションもゼロ。雷火さんはひたすらに口を動かし、ただただ大トロを味わっている。

 やっぱり人間というのは、美味いものを食べると壊れるのだ。正確に言えば、舌から伝わる怒涛の情報にフリーズする。そして黙々と食べるだけの機械になる。


「雷火さん、まだ一つ食べただけだよ? そんな風に名残り惜しそうに味わう必要もないんだよ。──さあ、お食べ」

「……うん」


︰ヒェッ

︰待って。今すごくゾワッとした!

︰乗るなハナビ、戻れ!

︰後戻りできない系の選択させる悪魔やん

︰……山主さん、もしかしてSだったりします?

︰なんだ今の妖しげな台詞。ちょっとMっ気を擽られた自分がいるんだけど

︰どう考えても主人公サイドのキャラを洗脳して操る悪役です。本当にありがとうございました

︰これは今後のボイスに期待


 なんかコメント欄で凄い失礼な誤解が生じてる。ちょっとしたジョークというか、燃えない程度に『はよ食べましょうね』と急かしただけなのだけど。


「ちょっとリスナー。人のことSとか言わないでくれません? 俺、そんなんじゃないですけどー。コラボ相手が固まったから、適当なパフォーマンスで配信を回してるだけですぅ」


︰えー、本当でござるかぁ?

︰ダウト。あの感じはガチ

︰まあ真性って基本的に無自覚だからね

︰声が凄く愉しそうだったから、言い逃れはできないと思う

︰お前がそう思うのならそうなんだろうな。お前の中ではな

︰わりと真面目に需要はあると思うから、とりあえずボイス出して

︰そもそも山主、配信とかでは丁寧に喋ろうとしてるけど、言動から曲者の気配が滲み出てるし。猫を被りきれてない

︰なおハナビのガチ恋勢は怒り狂うと思われ

︰とりあえず松明焚いとく?


 本当になんて言われようだろうか。これじゃあ、マジで俺にSっ気があるみたいじゃないか。

 あと気まぐれ感覚で火種を焚べようとしないで。止めてよ本当に。今コメントでようやくユニコーンの存在を思い出したんだから。


「実際、今のって燃えるかなぁ? でも、しょうがなくない? マジで雷火さん、さっきの一言から黙々と食べ続けてるんだよ? 手巻き寿司作って、食べるだけの人形みたいになってるからね。これは流石に背中押したくなるでしょ。ロボットのスイッチと同じだって」


︰言い方ァ!!

︰やっぱりお前Sじゃねぇか!

︰その発想をする時点で真性

︰崖っぷちにいる人間の背中を押したのと同じだぞ!?

︰つ松明

︰ド畜生で草なんよ

︰つガソリン


 だから燃やそうとするんじゃないよ。冗談に決まってるでしょうが。


「てかね、わりとマジでネタにしないとなんだよ。現在進行形で、スタジオ全体が中々にカオスになってるの。雷火さんだけじゃなく、スタッフさんたちも黙々とマグロ食べてるからね。蟹とか食べてる時みたいって言えば、多分イメージしやすいよ」


︰あー……

︰確かにまったく音がしないな。さっきまではちょくちょくザワついてたのに

︰ハナビがいただきますの音頭取ってたりしたから、もうちょい歓声とか出てもおかしくないもんな。お通し? の時はそんな感じだったし

︰蟹かぁ。黙々と食べちゃうよね

︰殻ほじくるのに集中しちゃうよなぁ

︰深層レベルの食材を食わせた山主が悪い


 うん。自業自得と言われてしまえばそれまでなんだけどね? 雷火さんのリアクションとか、普通に楽しみにしてたわけだし。

 ただやっぱり配信者なので、放送事故的なのは勘弁というところ。


「ま、雷火さんたちの反応も仕方ないんだけどねぇ。砲弾マグロって、冗談抜きでこうなっちゃうぐらいに美味いから。事前に食べた立場としてザックリ説明させてもらうけど、ザリガニみたいな目新しい感じじゃなくて、ひたすらにマグロとしてのクオリティが高いタイプなんだよね」


 お通しとして出したザリガニは、甲殻類の集合体のような味、食感をしていた。それが上手くまとまって、この上ない美食となっていた。

 対して砲弾マグロ。こっちはそういうのじゃない。奇を衒っていない、王道一直線なマグロとして暴力的な旨味が特徴なんだ。


「脂にはガツンと魚の旨みが宿っていて、それでいてくどさは皆無。身質はまるで絹のように繊細で、舌に滑らかな食感を残しながら、雪のように消えていく」


 だから食べた気がしない。美味いという感覚だけが残り、食べれば食べるだけ食欲が高まっていく不思議な魚。冗談でもなんでもない旨味の塊。


「最高級の寿司屋で出されるようなマグロが、スーパーで半額になっているマグロに思えてしまうほど。それも血抜きも失敗して、生臭くなっているようなやつ。そのレベルで質が違う。──そう考えると、この結果も納得だよね。無心で食べちゃうよね」


︰例えが滅茶苦茶なんだよなぁ

︰やれやれみたいな雰囲気出してるけど、諸悪の根源お前やろがい

︰マグロは知ってるのに、全然想像つかない

︰美味そう。めっちゃ食べてみたい

︰スタッフも羨ましいなぁ。てか、これ他のスタッフとギスったりしない?

︰俺がスタッフの同僚だったら、わりと本気で嫉妬の言葉を放つ自信がある

︰それな


「コメント。地味に厄介な指摘をするんじゃないよ」


 ……とりあえず、お食事型オフコラボは定期企画にするとは伝えておこう。あとは運営さんサイドで調整してもろて。扱う食材次第では、差し入れはなしになったりするかもだけど。その時は運が悪かったということで、ね?


「ま、それはそれとして。配信、どうしよっかね? 無我夢中で食べてるのを邪魔するのも悪いし。雷火さんの意識が戻ってくるまで、適当に雑談タイムで時間潰そうかなと思うんだけど。一応、同期組での配信タグが裏で【鉄砲隊】になったとか、そういうネタはあるんだけど」


 ちなみに由来は、俺が猟師設定で、雷火さんの名前がハナビだからだ。猟師は銃を使うし、花火は火薬。で、銃関連かつ複数形ってことで【鉄砲隊】。


︰そういうことサラッと言うやん

︰配信タグ了解

︰悪くないと思う

︰物騒なコンビ名だけど、二人とも大なり小なり物騒なところあるし、いいと思います

︰ちょうだいちょうだい。そういうのもっとちょうだい

︰コラボ配信で一人雑談とかなんだこの枠w




ーーー

あとがき

これは個人的なコメントなんだけど、マグロのなめろうもどきはマジでオススメ。


スーパーでマグロのすきみ買って、わさび、長ネギスライス、味噌を適量ぶち込んで、包丁で叩いたり練ったりする。これを粘り気が出るまでやる。刺身から叩いてもいいけど、大抵のスーパーでは『すきみ』が売ってるから、それを使えば手間はない。

あとはご飯と一緒にパクリ。海苔、溶き卵に漬けたりもあり。

卵を使った場合は、なめろうもどきと一緒にご飯にぶっかけて、海鮮卵かけご飯風にすると無駄がないよ。

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