明日を待ち望む
PROJECT:DATE 公式
思い出の季節
今日も陽だまりとは仲良くしつつも
もうそろそろお別れの時間だろう。
11月に差し掛かり、
暑さとは無縁になってきたこの頃。
時々暑い日が産まれてくるけど
8月とか9月の比ではない。
夏からすれば涼しい日が
今では暑い日として疎まれていた。
花奏「んんー…。」
授業はとっくの前に終わっているも
未だに教室に根を張る私。
何がしたいのかと問われても
正直なところなんとも答え難い。
この時期だからここにいたい。
たったそれだけだ。
11月あたりになると
どうしても2年前のことが過る。
例の自殺を仕掛けた日のこと、
歩と初めて出会った時のことだ。
11月頃だと覚えているあたり
結構深い傷になっており、
その跡はくっきり残っている様子。
思えば今年の9月当初あたりは
まだみんな私の過去については
歩以外全く知らなかったんだっけ。
それに歩だって全てを
知っているわけではなかった。
そう思うと随分境遇は変わったなと思う。
しかし同時にみんなの対応は
何ひとつ変わらなかった。
暖かいままだった。
寧ろ麗香に至っては
より話しかけてきてくれるように
なったわけで。
花奏「…はぁ。」
背伸びのため伸ばした手を
緩めると声も緩んで落ちてゆく。
4月から不可思議な事が立て続けに起こった。
宝探しだなんて急に始まって
最初はよかったけれど愛咲が消えて。
それから聞いただけの話ではあるけれど
美月に異変が起こって、
波流がそれを手伝っていたらしくて。
初めて歩の家に乗り込んだのって
確かこのくらいの時期だった気がする。
無理矢理泊めてって言ったのだ。
その後麗香と羽澄が愛咲を
連れ戻しに行ってくれたらしく。
夏あたりに急に歩と美月が
仲直りしたのか距離が近くなっていて、
みんなで夏祭りに行って。
花火は怯えるがあまり
楽しめなかったけれど、
隣に歩がいたから多少大丈夫だった。
夏を満喫し、不可思議な苦しみなど
もう終わったかと思いきや
夏休み明けに大きな爆弾の手土産。
私の過去を全て晒さなければ
ならなかったあの日の事。
あの出来事は実際仕組まれていたのか
偶々森中が私を見つけて
崩そうとしてきただけなのかは分からない。
直近では2年生のみんなが
何やら巻き込まれたみたいな事を
うっすらと聞いたが3人とも
その件に関しては口を開こうとしないもので
実際どうなのかは分からない。
本当、いろいろあったな。
一気に回想を巡り、
漸く今いる11月に辿り着いたところで
ひと息ほっと塵を吐く。
花奏「歩、教室におるかなー。」
左腕をちらと見やる。
今日も綺麗な肌。
傷ひとつ見せてくれない頑固な偽り。
化粧って凄いと何度思わされたことか。
傷跡は治らないままな上
私の心の中の傷も癒えないままだが、
今が幸せだと断言できる。
みんなのおかげだ。
鞄を肩にかけるとからりと
夏のストラップが話しかけてきた。
「こんなところに留まっていないで
早く行っておいで」
そう諭しているようにも聞こえる。
花奏「行ってみるか。」
スキップをするように
片足でひとつ足音を教室の床に食わせ
廊下へと旅立つ。
夕陽が近いと不意に思う。
何しろもう11月、冬も同義。
生徒たちの制服は冬服一色へと
染められていた程だ。
時間が経つのは早いと思い知らされる。
定時制で通っているらしき子が
数人見受けられるような気がする。
それくらい時間は経っていたよう。
どれだけぼんやりしてたんだと
自嘲気味に呟きを落としかけるも
変な笑みが溢れるだけ。
私にはよくあることだった。
脳内でずっと考え事や会話をして
変なのって自分で笑ってしまうの。
花奏「ふんふふー、ふーん。」
誰にも悟られない程度の鼻歌を
廊下の酸素らに聴かせてやる。
彼らは楽しそうに振動して
ほんの少し周りへ広めてくれた。
散布された空気は行くあてもなく
その場で崩れていったけれど。
何の歌だったか思い出せないけれど
何となく頭を過った歌。
BGMだったっけ。
いつ聞いていたものだっけ。
それすら曖昧なままお供の鞄と
歩幅を合わせて歩いていく。
お目当ての教室が近づくにつれ
段々と緊張してきてしまう。
毎回そう。
歩がいるのかいないのか。
今日は話してくれるかくれないか。
誘いに乗ってくれるか無視されるか。
いつもどきどきしながら
教室まで足を運ぶのだ。
内心そんなことを考えているだなんて
歩はこれっぽっちも知らないだろうな。
花奏「ふふっ。」
木漏れ日が喜んで跳ねていた。
私の小さな微笑みも羽に見えた。
花奏「歩、いるー?」
教室を覗くと誰も居らず、
そのせいか私の声がしんしんと響く。
切な気に鳴く私の残響は
跳ね返ってまた私の元へ帰ってきた。
居場所がなくなったらしく、
ちっぽけな木霊を撫でるのみ。
花奏「そっか、居らへんかったか。」
そう言いながらも教室へと無断で
ずかずかと入っていく。
そして窓の方へ一直線。
行くべきところは決まってた。
まるで今年度初めて歩と
会った時のように迷いなく進むの。
鞄は1番後ろの窓側の席を拝借し
その上に置かせてもらった。
肩の荷が降り軽くなった体を重力に絡めて
消えてしまわないように地に足をつける。
大丈夫。
今はもう、飛ぶ為の道具はない。
気持ちもない。
かちり。
無意識ながら窓の鍵を開ける。
帰る時には施錠しなければ。
隅でそんな思考が体育座りをしていて、
それ無視するようにベランダへ1歩。
そしてまた1歩。
両足は外の風を受け涼しそうに顔を歪めた。
花奏「ほんま変わらへんな、この景色。」
あの日も運動部員は外で声を出しながら
走ったり筋トレしたりとトレーニングに
励んでいたのを遠目に見た記憶がある。
隣には冬服の彼女。
当時から髪はボブくらいだった気がする。
ざくっとした考え方で、
その触感は私にとっては異質で斬新で
素直に驚かされたんだ。
彼女の遠くを見る目は
私にそっくりだったのに
遠くではなく前を
向いていると気付いた時には
この人はすごい人だと漠然と感じた。
この人と仲良くなりたい。
この人のことを知ってみたい。
そう他人に対して思えたのは
久しぶりだったんだっけ。
それ以降今年の4月では
まさかの再会を果たした。
もう歩は卒業してるかもしれないと
思いながらの入学で半ば諦めていた。
けれど再会して、
しかも歩も私のことを覚えてくれていた。
これ以上の幸せは無いと
その時からずっと思っている。
花奏「んで、暫くずーっと毒しか吐かんかったよなぁ。」
「誰が毒しか吐かなかったって?」
花奏「え?」
ベランダの手すりに肘をつき
ただぼんやりと外を眺めているだけのはずが
つい口に出ていたらしい。
無意識とは恐ろしいものだ。
聞き馴染みのある声は
反射的に私を振り向かせた。
視界は黒髪をとらえ、風は四季を揺らす。
鞄ひとつこの教室にはなかったはずだが、
彼女は、歩は私の後ろで突っ立って
私へと声を飛ばしていた。
歩「え?じゃなくて。」
花奏「あはは、分かってるやろー。」
歩「私でしょ。」
花奏「あれあれ、自意識過剰なん?」
歩「合ってる癖に。」
花奏「まあ大当たりってとこや。」
歩「最悪、なんか腹立つし聞かなきゃよかった。」
花奏「残念やな。聞いた過去はもう変えられんでー?」
歩「ほんと残念。」
花奏「本気で嫌そうやん。」
歩「誰のせいだと思って。」
花奏「私ー。」
歩「大当たり。」
歩は私の方へ歩み寄り、
何をするかと思えば
肩をたしんと1回叩いた。
花奏「いったー、何すんねん。」
歩「うざかったから1発いれたの。」
花奏「理不尽極まりないな。」
歩「意地悪をしたあんたが悪い。」
肩には自分の熱がじんわりと篭り出す。
歩はにたりとこちらへ
薄い笑みを蒔いた後どこへ行くかと思えば
私が鞄を置いた隣の机に自らの鞄を投げ
私のいるベランダへとやってきたのだ。
そして隣まで来たと思うと
さっきの私のように縁に肘を乗せ
頬杖をし出した。
いつもの体制だ、と
心の中で歓喜の声が上がる。
いつものポーズを見ると
どことなく安心している私がいた。
さっき軽くながら殴られたし
その仕返しにでもと
隣にいる彼女の頭に手を乗せた。
歩「…!離せ、やめろって!」
花奏「はいはいごめんやん。」
歩「謝るくらいならやるな。」
花奏「叩いた仕返しや。」
歩「最悪。」
花奏「ほんまに触られるの苦手よな。」
歩「きもい、無理。」
ぱ、ぱっと頭の上を
払うような仕草をしている。
その後、髪を整えるかのように
手櫛を1回だけしたのだった。
歩は、人に触れられるのは苦手だった。
それは今年度の4月に
出会った時から知っている。
そういう人もいるものだと
勿論分かってはいたものの、
実際目の当たりにすると
そんな人もいるのかと
少々衝撃を受けたものだ。
しかし、歩から人に対して
触れることはそう苦手でも
ないのかもしれないと思うことがある。
例えば花火の時。
°°°°°
歩「小津町。」
花奏「ん?」
歩「消すよ。」
ぱっと花火を持っていた方の手首を掴まれ、
そのまま地面の方へ下ろそうとしていた。
花奏「待って。」
歩「…。」
花奏「待ってや。…最後まで見たい。」
歩「…あそ。」
°°°°°
トラウマのひとつとも言えるのかもしれない
手持ち花火をした時、
私の心の動きを察知して
花火を消そうとしてくれた。
またある時は。
°°°°°
歩「頑張ったよ。」
花奏「……ぅ…ぁ………っ…。」
あれ。
なんだか変な声が漏れた。
すると、何故だろう。
視界が唐突に霞むものだから
どうしようもなくなってその場で固まる。
堰を切ったようにぼろぼろと涙が溢れてゆく。
別に、泣こうとしたわけじゃないのに。
人の優しさに甘えようなんて
考えていたわけじゃないのに。
同情を誘いたいわけでもないのに。
何で泣いているのかが
私には当分理解できそうにない。
歩「……小津町、ありがとう。」
本当、柄にもなく
歩さんはそっと抱きしめてくれた。
覚えてる。
だって彼女は人に触れられるのを
極端に嫌っていたはずだ。
だから、こんなことをするはずがないのに。
ぼろぼろと溢れては
止まるところを知らず、
歩さんの肩を濡らした。
鼻を啜れば、初めて彼女の香りを
直で吸ってしまった。
少し柑橘っぽいような香りだった。
やがて鼻は詰まっていき
何の匂いも分からなくなってゆく。
°°°°°
そして今、私を叩いたことだってそう。
これは、自分から触れることは
苦手ではないということなのか、
それとも私だからなのだろうか。
後者であれば嬉しいこと
この上ないのだけれど、
きっとそんなことはない。
花奏「なんでそんな苦手なん?」
歩「何してたの。」
花奏「わ、あからさまに話逸らすやんか。」
歩「な、に、してたの。」
言葉の圧がかかる。
未だに頬杖をつきながら
不快そうな顔をしていた。
探るなうざい、と心の声が漏れている。
流石にこれは深掘りせんほうがいいのだろう、
そう判断して外へと視線を移す。
花奏「見ての通りぼんやり。」
歩「ああ、ほんと見ての通りじゃん。」
花奏「今鼻で笑ったやろ?」
歩「ふっ。」
花奏「あー、わざとやん。」
歩「はいはい、わざとですー。」
歩はいつからこんな
距離が近くなったんだっけ。
前は隣になんて絶対来なかった。
寧ろ私を嫌悪してか離れようとしていた。
まだ多少距離は空いているというか、
信頼はしているけど
信頼しきっていないというか
そういった蟠りは私の中ではある。
けれど歩からしたらそんなこともないのかな。
さっきみたいに肩を叩いてくるなんて
初めて会った時からすれば考えられなかった。
まあ触られるのは未だに物凄く
嫌いなままのようだけど、
歩は少しずつ変わっているようで。
私だってきっと変わっていってるのだろう。
花奏「そういや歩こそどこに行ってたん。」
歩「ああ、さっき?」
花奏「そうや。」
歩「普通にトイレ。」
花奏「なーんや。」
歩「帰ったと思った?」
花奏「うん。鞄ないねんもん。」
歩「あんたみたいにふらーっと教室に誰か来て盗難でもあったら大変でしょ。だから持ってっただけ。」
花奏「あはは、確か最近多いって言ってたしな。…ってトイレの床に置いたん?」
歩「馬鹿なの?背に置くとこあるでしょうが。」
花奏「あんな狭いところ乗るん?」
歩「荷物少ないから余裕。」
花奏「教材持って帰ってないのばればれやで。」
歩「家で使わないやつばっかだからいいの。必要なやつはちゃんと入ってる。」
そう言って歩は自分の鞄へと視線を移す。
手と頬は離れ一時的に休戦。
虚な教室内に佇んでいた、
草臥れていて凹んでいる鞄は
荷物は少ないことを物語っていた。
多分単語帳とか筆箱とか
必要最低限の物しか
入れてない感じの見た目。
それすら歩らしいと思ってしまう。
花奏「受験、するんやっけ。」
歩「そ。」
花奏「そっか。頑張ってな。」
歩「当たり前でしょ。」
また外を向き肘をつく彼女。
そうさらっと言ってしまうあたり
かっこいいだなんて思う。
前からそうだ。
大切な事こそ針を刺すように
言葉で人を刺すように断言する。
そっか、なるほどなって毎回気付かされる。
どうやったらこんな真っ直ぐな
生き方ができるのか知りたかった。
今も知りたいのだ。
2年前から変わらずずっと。
歩「あ、そうだ。小津町って何の科目が得意?」
花奏「理系科目大好きやで。」
歩「そっか。なら今度化学教えてほしい。」
花奏「下級生に教えてって言う受験生がおるかいや。」
歩「あれ、同い年?」
花奏「それ言われると何とも言えへんやん。」
歩「あんた前言ってたよね?同年代の人達に遅れを取ってるから自分で勉強してるって。」
花奏「あはは、そんなこと言ったな。懐かしー。」
歩「って事で頼んだ。」
花奏「任せてや。共通テストで化学満点取らせたる。」
歩「心強。」
頼られている事に違和感さえ感じる。
いつからこんな関係になっていたんだっけ、
と疑問を感じずにはいられない。
私も私で前は歩を煽るような、
少しばかり甘噛みするような事は
一切言っていなかった気がする。
そうだ。
前までは私が無理矢理
あれしようこれしようって
色々したんだっけ。
一緒に夜ご飯食べようって言って
歩の家にまで押しかけた事もあったし、
一緒に勉強しに行こうと
図書館に誘ったこともあった。
今思えばこんな奇行の数々を
よく歩は許してくれたな、と感じる。
それが今となっては
歩が無理を押し切ってまで
私に言ってくるのだ。
それがどれほど嬉しいことか。
彼女の一挙一動に感動し喜んでいると
歩自身はきっと知らない。
花奏「今日バイトは?」
歩「もうこの時期だし11月からは休みもらってる。」
花奏「そっか。さすがにそうよな。」
歩「10月もだいぶ減らしてもらってた。融通が利きすぎて逆に怖いよ。」
花奏「そこで働けてよかったな。いいとこやん。」
歩「ほんとね。」
花奏「じゃあもう受験一直線か。」
歩「そゆこと。」
花奏「歩なら合格できるで。大丈夫。」
歩「ん。」
花奏「そんなら、これから受験終わるまではもうあんまり歩の家行かんほうがいいやんな。」
受験に集中してほしいから。
そんな願いを込めてひと言地面に落とすと
どれほど寂しいことか、
後になって孤独感が漏れ出す。
自分の指同士を絡めるも
気持ち悪くて直ぐに離した。
大切なものまで抜け落ちたような気がした。
歩「は?そうとは言ってないでしょ。」
花奏「だって邪魔やろうに。」
歩「勉強教えろ。」
花奏「命令口調かいや。」
歩「定期的に夜通し勉強会するから。」
花奏「歩は出来るやろうけど私は無理や。寝るで。」
歩「無理にでも付き合わせる。」
花奏「地獄や…。」
私がげんなりして見せると
歩は心地よさそうににたっと笑った。
彼女はショートスリーパーで
2、3時間寝れば十分なのだそう。
いっそ寝ないでも行動できるといえば
できるなんてことも言っていた気がする。
ほんと意地悪なのはどっちなんやろうか。
絶対私が先に寝るのを知ってるからこそ
この意地悪な笑みを浮かべているのだ。
けど、どこかほっとしてる。
嬉しいと思っている。
繋がりが切れない事に安堵している。
何と浅はかな人間だろうと
私を馬鹿にする私もいた。
歩はひとしきり話して気が済んだのか
ベランダから離れ教室へと戻る。
手すりには微かに彼女の体温が
翼を広げて消えてゆく。
花奏「帰るん?」
歩「図書室で過去問借りてから帰る。」
花奏「そっか。」
歩「小津町はまだここにいんの?」
花奏「ううん、もう十分やから帰ろうかな。」
歩「ふうん。そ。」
花奏「てかぼうっとするのにこんなに時間使ってよかったん?」
歩「リフレッシュしたかったからいいの。それにー」
鞄を肩にかけたが、位置が悪いのか
もう1回肩に掛け直す彼女。
夏祭りのストラップが揺れる鞄。
外では「もう1本」と叫ぶ声。
その後に続く生徒達の返事。
雲は今何処に向かって行進しているだろう。
歩「何か今日、小津町と初めて会った時の事思い出したから戻ってきたかった。」
花奏「…あはは。」
乾いた笑いが口からこぼれ出る。
きっと私は困った表情をしてた。
花奏「なーんやそれ。」
歩「何?」
花奏「ううん。まあ、もうそろそろやもんね、2周年。」
歩「言い方が妙にキモい。」
花奏「あーあ、妙に傷ついたわ。」
歩「雰囲気台無し。」
花奏「うちのせいやないもん。どちらかと言うと歩が悪いやろ。」
歩「謝るなら今のうちだけど?」
花奏「はよ図書室行ってきー。」
歩「は?ばーか。」
花奏「うわ、純粋な悪口やん。」
体を外から教室へと向けると
歩は何か悟ったのか
駆け足で出入り口の方へと向かった。
私が何かしてくるとでも思ったのだろう。
子供っぽいところもあるのだと
知ったのはつい最近の事だ。
から、から。
チャックの金具が踊っていた。
から、りり。
ストラップのクマも踊っている。
陽は責めるように吠えていた。
彼女はくるりと身を翻し、
こちらへと振り返る。
燦然とした教室内では
光を反射して埃が舞っていた。
歩「んじゃ。」
花奏「なぁ歩。」
走り去っていきそうな彼女を止めると
時さえ止まってしまったかのように
光の反射は呼吸を我慢する。
夏のよう。
でももう夏は居なくなっている。
うっすらと影を残し
段々と小さな背になってゆく。
そこへ強めの声を飛ばす。
花奏「花奏って呼んでや。」
4月か5月当初から言っているこの言葉。
この誘いにだけは絶対乗ってくれなかった。
歩「煩い小津町。」
してやったって言うようににたって笑って、
こちらに片手を上げた。
歩「また。」
花奏「ちぇー。…うん、またな!」
今日も駄目だったよう。
ひと言丁寧に吐き捨てて
そのまま私を置いて行った。
一緒に駅まで帰るか誘おうとしたけれど
今日は感慨に耽るので精一杯。
何故だろう。
今日は過去ばかり私を取り囲み戯れてくる。
歩はそれを見越して
私を1人にしてくれたのかな。
花奏「…いや、そこまでは考えてへんやろうな。」
私の煤けた醜い独り言は
木漏れ日や埃に塗れて
ほとほとと床にびっしりつめられたのだった。
花奏「あー。久々こんなにぼうっとしたわ。」
こんなくだらない事にに時間を使える
なんでもない日常さえきっと幸せの一部だろう。
それに気づいていないふりをして
窓辺の景色に手を振る。
またね。
ここにはいずれまた
ぼんやりしにくるだろう。
もう少しだけ、ここにいたいな。
そんな気がしつつも
今日は一旦さよならだ。
じゃなきゃ動けなくなるような気がした。
幸せだ。
陽は相変わらず責め立てるように
私の足元を刺していた。
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