第20話 星宮爽馬はダマされる。

 海で遊ぶこと半日、水平線に太陽がさしかかり始めた頃。泊まるところを提供してくれるということで、俺たちは日向に言われるがままついて行ったのだが……


「ほら、入って入って! 掃除は終わらせてあるから!」

「これ、アンタの家の別荘……!?」

「別荘というか、ボクが生まれる少し前までここでお父さんとお母さんが暮らしてたらしくて。それの名残かな」

(日向の家って金持ちなのか……?)


 なんと、到着したところにあったのは少し古風ながらも綺麗なまま建っている木製の白い家。地中海とかの家を想像させるその出立ちは、どこか高級感さえ漂っている。


「中も広い……これ、春川くんが掃除してくれたの?」

「うん! 先週の休みにね!」

「言ってくれたら手伝ったのに……ありがとな、日向」


 日向が1人で掃除したという内装もかなり綺麗で、白を基調とした落ち着いたデザインが漫画とかに出てくる海辺の別荘そのもの。厚意は嬉しいけど、ちゃんとしすぎていて逆に落ち着かないというのは贅沢だろうか。


「じゃあ、神凪さんと雪月ちゃんはあそこの部屋! ボクと爽馬はそこの部屋ね!」

「ありがとう……行こ、雪月」

「はい! じゃ、荷物まとめたら戻ってくるわね」


 きちんと宿泊用の部屋も2部屋あるようで、男女に分かれて寝ることができるから夜も安心。神凪さんと雪月も楽しそうに部屋に入って行ったし、至れり尽くせりだな……


「……って、ならねえよ!? 何言ってんの!?」

「ん? 何が?」


 何が、じゃないよ! 何もかも間違えてるんだよ! ちょっと前にとんでもないカミングアウトしたくせになんで当たり前のように同室に泊まろうとしてるんだコイツは!


「俺と同室ってやばいだろ、その……色々と!」

「だって神凪さんたちはボクのこと男子だと思ってるし」

「それはそうだけどさ……」

「まあまあ、ちゃんと距離は離せばいいし。それとも……ボクと一緒じゃ、嫌?」

「お前、卑怯だろそれは……」


 やめろ。そんな悲しそうな目で『嫌?』とか聞いてくるな。ダメなものはダメだ。


「爽馬は、変わらず接してくれると思ったのになぁ」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「いいよ、大丈夫。そうだよね、やっぱり気持ち悪いよね」


 確かに、今は俺が躊躇っているだけだ。別に日向が変わったわけじゃないし、俺だって日向の事情を知らない時は普通に泊まらないかとか言ってたし……こうして扱いを変えてしまうのはいかがなものだろうか。


(それに、日向もなんか悲しそうだし……)


 もし俺が同じ立場ならそれこそ距離を置かれた気がして怖くなるだろう。仕方ない、もうここは腹を決めるしかないか。


「ごめん、悪かった。同じ部屋で大丈夫だよ」

「……本当に? 嫌なら言ってくれても……」

「だから大丈夫だって! お前と同じ部屋でも、俺は気にしないから!」


 言ってしまった。だが、これで良かったのだろう。そうだ、俺と日向の関係は変わらない。これまでも、これからも……


言質げんち、もーらいっ!」

「……はぁ!?」


 そんな少しシリアス気味な空気の中、ふと日向のポケットの中からスマホの音が聞こえる。カメラで録画終了した時の音だ。まさか……!!


「お前……はかったな!?」

「押してダメなら引いてみろ、ってね! 爽馬ならそう言ってくれると思ったよ!」


 こいつ、全部演技してやがった! 悲しそうな雰囲気を出していたのも、敢えて別部屋で大丈夫って言ったのも全部俺にこの言葉を言わせるために……!!


「強引に同じ部屋にしたらさ、きっと爽馬は逃げちゃうでしょ? でももう言っちゃったからね、同じ部屋でいいって! お泊まりとか楽しみだなぁ、何しようかなぁ……」

「お前マジで覚えとけよ!!」


 人の純情を弄びやがって……決めた。こいつが寝てる間に鼻の下あたりにワサビでも塗ってやろう。扱いは変えちゃいけないからな、うん。


「ほら、そう決まったらこっちこっち! 早く荷物まとめないと、2人が用意終わらせちゃうよ?」

「本当にお前は……分かったよ、さっさと終わらせるぞ」


 絶対に仕返しすると心の中で決心しながら、俺は用意された部屋の中に入って荷物を整理し始める。結局、同じ部屋で泊まることになってしまったけど……もう細かいことは考えないようにしよう。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 デッキスペースにて神凪さんと俺が作った晩御飯を食べ終わった後のこと、俺たちはそこから見える夜の海を眺めながら他愛もない話をしていた。


「ふぅ、結構食べたな」

「美味しくできてて、よかった……2人とも、どうだった?」

「最高でした! 先輩の料理すごく美味しかったです!」

「神凪さんも爽馬もすっごく料理上手なんだね! 今度ボクにも教えてよ!」


 つい張り切ってしまって料理を作りすぎてしまい時刻は既に8時半を過ぎてしまったが、綺麗な夜空を見ながらご飯を食べるというのもまたオツだったのでよしとしよう。


「洗い物は私がするから置いといて。3人は休んでてちょうだい」

「ボクもやるよ、何もしてないし……」

「アンタは掃除したんでしょ! 大人しく座ってなさい!」


 洗い物は雪月がやってくれるらしいので、俺はその言葉に甘えることにする。手伝いを買って出た日向も労われているのか怒られているのか分からない言葉を受けてシュンとしてしまった。


「私……ちょっと見てくる。雪月、不器用だから……」


 しかしそれでも神凪さんは雪月のことが心配だったようで、少し皿洗いに苦戦している様子の雪月のことを見に行ってしまった。ウッドデッキには俺と日向の2人だけが残り、少しの間の静寂が流れる。


「ねえ、爽馬。ちょっと歩かない?」


 するとその空気に耐えかねたのか、机の下で手遊びをしながらいじけていた日向が俺に向かっておどけた口調でそう聞いてきた。


「何だよ急に。ナンパか?」

「そう受け取ってくれてもボクは構わないけど?」

「……あんまり遠くには行かないぞ」


 いつも通りなら、こんな風に揶揄ったらムキになって否定するのに……何故か今日はそんなことはなく普通に躱されてしまった。日向にしては珍しいな……


「じゃあ行こう! 良いところ、知ってるんだ!」

「そんな急がなくても……ちょっと行ってきます!」


 俺は念の為に皿を洗っている2人に向かってそう叫ぶと、ウッドデッキの柵を飛び越えて行ってしまった日向を追いかける……その時の日向が、どんな表情をしていたのかも知らないまま。

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