第8話 『白雪姫』は先輩が好き。

 ────は、突然のことだった。神凪さんと一緒に弁当を食べた日の帰り道、俺が1人で配信のことを考えながら歩いていた時に……


「あのっ……星宮先輩、ですよね?」

「はい、そうですけど」


 背後から、聞き覚えのない声で話しかけられた。誰だろうと思って振り向くと、そこに立っていたのはうちの学校の中等部の制服を着た少女。


 俺はその子を見たことがなかったが、それでも彼女が何者なのか理解した。


(この子って確か、『白雪姫』だよな?)


 中等部所属にも関わらず俺たちにまで噂が広がっているほどの美少女、通称『白雪姫』こと白姫しらひめ 雪月ゆき。ハイスペックで誰にでも優しい優等生で、中等部の生徒会長もしているらしい。でも、そんな彼女が俺になんの用だろう?


「やっぱり! うん、!」

(ちょうどいい……?)


 そう疑問に思ったのも束の間、白姫さんは何の前触れもなくこちらに歩いてきて俺の手を掴んだ。そして……


「はい、チーズ!」

(…………えっ?)


 手から伝わってくる柔らかい感触と共に思考が停止し、シャッター音が聞こえてくる。何が起こっているのか理解できずに白姫さんに握られた俺の手を見ると、そこには……白姫さんの、胸があった。


「撮影完了……っと」

「────っ!?」


 どうやら掴んだ手を思いっきり彼女自身の胸に当てて、さらにそれを写真に撮られたようだ……って、冷静に分析してる場合じゃねえ!


 俺は急いでその手を振り払い、彼女から距離を取る。まさか痴女か? 痴女なのか!?


「何やってんの!?」

「あーあ、終わっちゃいましたねぇ……こんなのが学校に広まったら下手すれば退学ですよ、退学!」

「退学、って……自分からやっといてそれはないだろ!?」


 嘲笑うような笑みを浮かべながら、俺に写真を見せつつ目の前の彼女はそう告げる。状況がまだ上手く飲み込めない……よし、一旦状況を整理しよう。


 中等部の話したことのない後輩ちじょに突然話しかけられて、胸を触らされたと思ったらその写真を撮られた……うん、なるほど!


「全然分かんねぇよ! そもそも、これは冤罪……」

「確かに私から触らせたのは本当ですけど……でも先輩、この写真だけ見たら他の人からどう思われますかね?」

「それは……って、なんでこんなことするんだよ!」


 なんで俺は脅迫されてるんだ!? この人になんかしたか!? 心当たりなんて、何も……俺は動揺して声を荒らげながら、この後輩へんたいにそれを聞く。


 ……すると、帰ってきたのは予想だにしない答えだった。


「────アンタが、氷雨先輩と話したからよ」

「……はい?」


 氷雨……って、神凪さんと、話したから? いや、どういうことだ?


 俺がそう戸惑っていると、目の前の彼女の雰囲気がさっきまでとは一変する。さっきまでの比較的穏やかな彼女は消え去り、中から現れたのは……


「だから、氷雨先輩とアンタが話したから怒ってるって言ってるのよ、この【自主規制】男!」

「大声で何言ってんの!?」


 ……まさに、鬼のような彼女の本性だった。


(急にキレ始めるとか本当に何なんだこの人!?)


 誰だこの人を『白雪姫』とか呼んだやつは! むしろ悪の女王イーヴィル・クイーンだよ! 毒リンゴ食わせる側の発言してるよ!


「私の大大大大好きな氷雨先輩とあんなに楽しそうに、うらやま……いえ、やましいわ! 恥を知りなさい!」

「心の声が溢れ出てますけど!?」

「うるさい! 先輩の友達は私だけでいいの!」


 神凪さん、こんな子と知り合いなのか!? 確かに、友達は初めてって言ってたからこの子と友達でもおかしくはないか……


(とりあえず、神凪さんに後から相談してみるとして……今はこの子を宥めるか)


 とりあえず、今はこの後輩きょうじんを抑えるのが先決だ。何かの拍子であの画像をばら撒かれたら、それこそ学校生活が終わる。それに、適当にあしらって神凪さんに相談できれば何とかなるはず……


「分かったよ……で、俺はどうすれば良いんだ?」

「あら、話が分かるじゃない。とりあえず先輩の連絡先を消して、半径10m以内に近づかないようにして、先輩の五感に一切触れないようにしたらこの画像は私だけのものにしておくわ」

「さすがに無理だよ!?」


 物理的に無理だよ! 連絡先はともかく、同じクラスだから残り2つの条件はどう足掻いても無理だよ!


「……ああ、確か、先輩と同じクラスだったわね。分かったわ、アンタ学校やめなさい」

「どっちにしろ学校生活終わるんだけど?」

「人生もついでに終わるか、学校生活だけが終わるかの違いよ?」

「セットみたいな感覚で人生終わらせんな」


 もう分からない通り越して怖いよこいつ! 神凪さんに関わっただけで人生終わらせられてたまるか! そう考えると腹が立ってきて、何か言い返してやりたくなってきた。


「というか、なんで初めて会った奴にそんなこと言われないといけないんだよ! 別に、誰が神凪さんと仲良くなったって……」


 ……関係ない。そう言おうとした瞬間、これまでに無いほどの剣幕で彼女は俺を怒鳴りつけた。


「あるわよ!! ……あるに、決まってるでしょ!」

「……っ、何だよ急に……」

「アンタに分かる!? 急に出てきた男に1番好きな先輩が取られて! あんなに楽しそうにしてて! 氷雨先輩のお弁当、私だって食べたかったわよ!」

「しれっと盗み見るな!」


 流れるように保健室の中を覗かれていることに恐怖を感じる……しかも、あの弁当は神凪さんの勘違いというか、悪い大人の戯れというか……


「お弁当を作っていくのはラブラブな恋人の証、ってYahho知恵袋にも書いてたのよ!? アンタ、もうそんな所まで……許せない……!」

「お前もYahho知恵袋かよ!!」


 絶対許さないからなYahho知恵袋! 変な回答おふざけ変な回答おふざけが合わさった結果俺の人生が大ピンチなんだわ!


「とにかく! もう氷雨先輩に関わらないって約束するならこの写真はばら撒かない、これで良いわね!」

「何も良くないけど!?」


 せっかく神凪さんと仲良くなれたのに、こんなわけも分からない後輩やばいやつに脅迫されて終わりなんて認められるわけ……


「まずは先輩のLIMEに送信、っと……」

「分かった! 分かったからやめろ!」

「分かればいいのよ。明日からも監視しておくから、くれぐれも気をつけなさい」


 ……しかし、このまま社会的に終わるのはもっと嫌だ。結局目の前で神凪さんのLIMEを消去させられてしまい、電話番号も知らないから連絡手段は閉ざされてしまった。


 とりあえず、今は大人しく従っておくことにしよう。だが……


(これで終わりだと思うなよ……)


 何の前触れもなく神凪さんと話さなくなるなんて不自然だろうし、やられてばかりというのもやっぱり腹が立つ。


 俺は歩き去っていく白姫さんの背中を見ながら、密かに逆襲の意思を固めて……


『質問です。女性の胸を触ったら、どのような罪に問われますか?』


 持っていたスマホで、Yahho知恵袋にそう書き込んだのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



(おかしい……絶対におかしい……!)


 白姫さんに脅迫された翌日、4時間目が終わった後の昼休み。俺は弁当を食べながら、心の中でそう呟く。


(なんか、ずっと見られてる気がする……)


 なぜか今日に限って、背後から圧のようなものをずっと感じるのだ。その理由は────


「おい、あれって……」

「確か、中等部の生徒会長の子だよね!? 何でうちの教室に……」

「『氷の人形』と『白雪姫』のコラボ……尊い……うっ」

「こいつ、満面の笑みで尊死んでやがる……」


 何故か中等部に所属しているはずの白姫さんが、うちのクラスに来て……神凪さんと弁当を食べながら、時折こちらに殺気のようなものを向けてきているせいだ。


(なんでお前が教室ここにいるんだよ!!)


 俺はそんな異常な状況に、心の中でそう叫ばずにはいられなかったのだった。

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