第7話 神凪氷雨は料理が上手い。
「星宮、トス上げて!」
「分かってる……よっ!」
神凪さんと『友達』になってから、およそ1週間が経過した。結局、あの日からも放課後に少し残って話すくらいしかしていないけど、それでも神凪さんの表情の変化を読み取れるようになったのは大きな進歩だ。
「男子、一旦水分補給していいぞ。ちゃんと水飲めよー」
(やっと休憩か)
そして今は、体育の授業でバレーをしているところ。もちろん男女別なので、女子は隣のコートで試合をやっているが……どうやら、今日も
「神凪さん、ナイス!」
「今のスパイク……ふっ、奴も腕を上げたようだな……!」
「勉強できて可愛くて、しかも運動できるとか……最強かよ……」
皆の視線の先にいるのは、もちろん神凪さんだ。今も隣のコートで無双しているあたり、本当に何でも出来るんだなと実感させられてしまい、俺も思わず神凪さんをまじまじと見てしまう。
すると、神凪さんと目があって……
(……あっ、喜んでる)
あれは……多分、喜んでいる時の顔だ。反対側のコート、しかも表情の変化が薄い神凪さんなのでよく見ないとわからないが、なんとなく喜んでいることは分かる……これがこの1週間の成果。うん、地味だ。
「……爽馬、なーに見てるの?」
「
「嘘つき。どうせ神凪さんを見てたんでしょ……はい、お茶」
そんなことを考えていると、授業を見学していた友達……
少し長めの茶色い髪にくりっとした目というふうに初見では女子としか思えないほどの容姿をしているが、一応男子だ。俺も入学式で初めて見た時は女子だと勘違いした。
「ありがとう……って、なんでちょっと不機嫌そうなんだよ」
「別にそんなことないですよーだ」
「はいはい、そうですか」
こうなった日向に何を言っても無駄なので、俺は諦めて授業に戻ることにする。神凪さんも活躍してたし、俺も頑張らないと……
「星宮、上がったぞ! 打て!」
「了解!」
よし、最高のチャンスだ。ここで決めて、俺もカッコいい所を……そう思って、ネットの近くで飛び上がった瞬間。
「……って、危ない!」
「えっ────」
その瞬間、体の横から伝わってきた衝撃と共に俺の意識は吹き飛んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(……っ、頭が痛い……)
少しの頭痛とともに目を覚ますと、目の前に広がっていたのは見たことのない景色。全身が布団に包まれている感覚がして……こういう時、俺は何と言えばいいか知っている。
「知らない、天井だ」
「……星宮くん、何言ってるの?」
「見なかったことにしてくれない?」
神凪さん、隣にいたのか。恥ずかしい……いや、そんなことより……
「えっと、ここは?」
「保健室……一緒に飛びあがった人とぶつかった時に頭を打って、軽めの
「ああ、なるほど。でもどうして神凪さんが?」
「一応、保健委員だから……」
つまり、神凪さんが運んでくれたのか。時間は……30分くらい経ってるし、もう授業は終わっているようだ。さっきが4時間目だったから今は昼休みだし、早くご飯を食べることにしよう。
「よい、しょっと……痛っ」
「まだ頭が痛いなら、寝といたほうがいい」
そう思って立ち上がろうとするが、まだ少し頭の奥が痛い。ここは大人しく神凪さんの言うことに従おう。だがしかし、お昼はどうしようか?
「……そうだ、星宮くん。私……お弁当、作ってきたんだけど……」
そんな俺の心を見透かしたように、神凪さんはベッドの下から青色の弁当袋を取り出した。何だこのイベントは?
「友達なら、お弁当を作っていくって……ネットで、言ってたから……」
「そのサイト、多分信用しない方がいいよ」
前回の恥ずかしい秘密を話せ、っていうのもそうだけどなんか少しズレている気がする。一体どんなサイトを見てるんだ。
「だけど、色んな人が使ってるよ? Yahho知恵袋、って所で質問したんだけど……」
「よりにもよってそこ選んじゃったか」
そこで質問するのはある種のギャンブルだからやめてくれ……まあ、お弁当を作ってきてくれたことは素直に嬉しいけど。
「……ダメ、だった?」
「まさか。むしろ嬉しいけど、いいの?」
「うん……料理は、好きだから……」
神凪さん、マジでなんでも出来るな。そういうことなら、喜んで食べさせてもらうことにしよう。そう思って、もらった包みを開くと……
(ミツメアイのキャラ弁……だと……)
「こういうお弁当がいいって、Yahho知恵袋で……」
(しっかりハズレ引いてるじゃねぇか!)
口に出さないように心の中で全力でツッコミを入れてしまった。やっぱりYahho知恵袋を信用してはならない。
「……星宮くん、どうかした?」
「いや……お、美味しそうだなって」
「本当!? 頑張って作ったから……」
絶対許さないからなYahho知恵袋の民。人の純粋な善意を弄びやがって……いや、今はそれよりお弁当だ。
「こんなに色とりどりに出来るものなんだ、お弁当って」
「うん! 着色料とかは用意できないけど、ふりかけとか使ってミツメアイちゃんの髪の色を表現したり、髪飾りは……」
「OK、ストップ。ゆっくり聞かせてほしいかな」
やっぱりミツメアイの話だと夢中になるな、この人は……こういうのを見てると、やっぱり配信を続けていて良かったと思う反面少し恥ずかしくなる。
「じゃあ、いただきます」
「上手く出来てるかな……?」
俺が弁当に箸をつけると、それを神凪さんが静かにじっと見つめてくる……うん、すっごく食べづらい。だが、確かに自分が作った弁当の反応は気になるし仕方ないよな……
(どんな味かな……っ!?)
「……どう、だった?」
少しの期待と共にまずは卵焼きを口に運ぶと、口の中でやさしい旨味が溢れ出す。正直、プロが作ったんじゃないかっていうくらい美味しい。というか、これ……
「まさかこれ……だし巻き……!?」
「ちょうど、お出汁があったから……不味かった?」
「いや、すごく美味しいけど! 大変じゃなかった!?」
「全然……晩御飯と一緒に、作ったから……」
プロだよもう。俺も自炊はするけど、絶対にここまで上手く作れない自信がある。横に入ってる唐揚げは冷めていてもジューシーだし、なぜかご飯も全然ベタついていない。店で売っていたら即購入するレベルだ。
「マジで美味しい! 神凪さん、料理得意なんだね」
「うん……いつも、作ってるから……」
「へえ、家族と当番制なの?」
やっぱり、家族と暮らしていたら家事を分担できたりするから楽だよな……そう思って、何気ない気持ちでそう聞いてみる。が、しかし……
「うちは、私だけ……パパも、ママも、仕事ばっかり……」
「あっ……ごめん」
「ううん、大丈夫。別に、嫌じゃないし……」
完全に地雷を踏み抜いてしまった。俺はバカか。俺も両親と別に暮らし始めた時は、あんまり触れられたくなかったのに……やってしまった。
気まずい静けさが保健室の中に流れ、俺は思わず箸を止めてしまう。そうしてお互いになんと言えばいいか分からなくなっている所を打ち破ったのは、まさかの神凪さんだった。
「……っ、あのさ! 星宮くん」
「はい、なんでしょうか……」
それでも俺はやはりどう返せばいいのか分からずに微妙な返事を返してしまう。せっかく気を利かせてくれたのに……だが、神凪さんはそんなことを気にせずに話を続ける。
「その、また、迷惑じゃなかったら……お弁当、作ってもいいかな?」
「……えっ?」
「誰かに、食べてもらえるって思うと……作るの、楽しかったから……」
「あっ……是非、よろしくお願いします!」
なんだこの聖人は。誰だこの人を『氷の人形』とか言った奴は。ただの神様じゃないか。
勉強も出来る、運動も出来る、可愛くて料理も上手で性格も優しい。これを完璧美少女と言わずなんと言えばいいんだ……なんて、心の中で神凪さんの株が爆上がりした瞬間だった。
「……あと、さすがにやらなかったんだけど……」
「ん? まだ何かあったの?」
「お弁当に、髪の毛を入れた方がいい……って、本当?」
「神凪さん、今度からは別のサイト使おう」
まあちょっとだけ、常識が欠けている部分もあるけど……俺は神凪さんの弁当を味わいながら、Yahho知恵袋の恐ろしさも同時に噛み締める。それは、とても楽しい時間だった。
「あの男、氷雨先輩とあんなに仲良くして……!!」
……だからこそ、この時の俺たちは気づかなかったんだ。保健室の外から向けられた、その殺気のこもった視線に────
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