第3話 星宮爽馬は配信する。
午後8時55分、電気の消えた薄暗い自室。神凪さんの秘密を知ってしまったその日の夜、俺は少し緊張しながら机の前に座っていた。
(ちゃんとアレも付けたし、画面の準備もOK……そろそろだな)
目の前のパソコンに映っているのは、3D映像の美少女。そして夜、暗いところでこんなものを付けてやることと言えばたった1つしかないだろう。そう、それは────
「サムネ準備OK! 機材も点検OK! ボイチェンと覆面で顔バレの心配も0! 指差し確認ヨシ!」
もう一つの顔である、美少女系Vtuber『ミツメアイ』としての配信だ。もちろん、いかがわしいことは一切ない。Vtuberはイメージが大切だからな。
「にしても、本当にこれだけで配信できるなんてすごいよな……」
俺は全身に装着した黒タイツもどき、もとい『アバターモーションメーカー』を見ながら1人でそう呟く。
2年前にCoocle社が開発したこの装置は、スマホアプリ『Vmotion』で簡単な設定をするだけで誰でもVtuberのアバターの製作・作動が可能になるすぐれもの。これのおかげでVtuberの数は以前と比べて10倍以上に爆増、世はまさに大Vtuber時代となったのだ。
(その波に1番最初に乗ったらこうなりました、と)
そしてその時期に生まれた配信者の中で最も古参なのが
(……っと、そろそろ時間だな)
俺ミツメアイの配信は基本的に週3日、午後9時から1〜2時間ほどで平均同接者数……つまり配信を見てくれている人の数は5〜10万人。画面の向こうではそれだけの数の視聴者が待っている。
「さて……配信、開始だ」
そう言ってスマホアプリ『Vmotion』の配信開始ボタンを押した瞬間、画面に映った世界が一変する。虚構は現実に変わり、想像が実像となって形を成す。
『みんな、お待たせー! ということで早速、ミツメアイの雑談兼お悩み相談室、始まるよー!』
《きたわね》
《ハルちゃんの配信から来ました〜》
《ミツメアイちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!》
膨大な数のコメントと
俺ミツメアイのチャンネルはゲーム配信や雑談配信、企画モノなどかなり手広いジャンルに手を付けており、今日はその中でも人気な雑談・相談枠の日。少し下世話な話をすると、1番収益が多いのもこの配信だ。
(……まあ、俺としては楽しんでくれたらなんでもいいんだけど)
俺は諸事情あって両親からほぼ独立し、1人暮らししているため主に配信これで金を稼ぐことで生計を立てている……が、正直言ってもう既に大学に行ける程度の金は稼いだため今の配信はほとんど趣味だ。
嘘の姿ではあるものの、視聴者と繋がっている感じがして楽しい。偽りの自分でも、誰かが待ってくれていることが嬉しいからこそ配信を続けている。
《ミツメアイさんの配信をきっかけに、同級生と話すことができました! いつも元気をもらってます、ありがとうございます!────¥1000》
『Hisaさん、スパチャありがとうございます! その子のことをもっと知って、もっと仲良くなってくれたら私も嬉しいです!』
こんな風に、よくコメントやスパチャをくれる常連さんだって結構いるし……俺が配信を続けるのは、俺自身とそんな視聴者さんたちのためでもある。
そしてその日の配信もよく盛り上がり、1時間半ほど経った後のこと……
『じゃあ、今日はこれで終わり! 次はまた明後日にゲーム配信をするから、また見に来てね〜!』
《おつ〜》
《お疲れ様でした〜》
《ミツメアイちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!》
流れてきたコメントに目を通し終わった後、俺はきちんと配信を切ったことを確認してから覆面とボイスチェンジャーを取って機材の電源をオフにする。顔バレ、ダメ、絶対。
「ふぅ……今日も盛り上がったな……」
やっぱり配信は楽しいが、長く続けると疲れてしまう。一応『アバターモーションメーカー』は3キロもの重さがあるから、それも関係しているんだろう。
今日はさっさと風呂に入って寝よう、そう思ったのだが……
「LIME? 誰からだ……?」
ちょうど服を脱ぎ始めた瞬間、充電を始めたばかりのスマホから着信音が聞こえてくる。送り主は今日LIMEを交換したばかりの神凪さんだ。その内容は……
『星宮くんに話したいことがあります。明日の朝、少し早めに学校の校舎裏に来てくれませんか』
……とのこと。何か大切な話でもあるのだろうか。今日は疲れたから明日はなるべく長く寝たいし、LIMEで出来る話ならわざわざ行く必要もないと思うけど……呼び出すってことは、相当大切なことなんだろう。
『分かった、じゃあ8時ぐらいに行く』
『うん、待ってる』
そうと決まったら、なおさら早く寝ないとな……その後、俺は明日の早起きに備えるため10分で風呂に入って布団に直行したのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……あっ、星宮くん」
「ごめん、寝坊した!」
「大丈夫、まだ7時59分……ちょうど今、8時になった」
その翌日の朝、結局ギリギリまで眠ってしまい危うく遅れそうになったもののなんとか8時までに着くことが出来た。
「それで……話って、何?」
とは言ってもあと始業時間まで40分しかない。朝の涼しい風が吹く校舎裏、目の前ですこし恥ずかしそうにしている神凪さんを見ながら、俺は早速話を切り出した。
「驚かないで聞いてね? 実は、私……クラスの子とあんなに話すのは、星宮くんが初めてで……」
(マジかよ……)
確かに人と話すことに慣れていない感じはしたが、まさかそこまでとは……そう言ってくれるのは嬉しいけど、それより神凪さんへの心配が勝ってしまう。
「それで、昨日の夜、嬉しくなっちゃって……憧れてる人に、そのことを言ったんだけど……」
「ふーん……ん?」
そんなことを考えながら神凪さんの話を聞いているうちに、俺の心の中に少しの違和感が生じた。
(昨日の夜、神凪さんの憧れの人……まさかな)
まさか、そんな偶然はないと思う。だがなんだ、この胸騒ぎは。なんなんだ、この違和感は。なぜか分からないけど、根拠はないけど、その憧れの人ってもしかして……
「そしたら、その人が言ってくれたんだ。『もっと仲良くなってくれたら嬉しい』って……」
「へぇ、昨日の夜に、そんなことを言う人が……ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「星宮くん!?」
俺だよ!
「なんでもない……続けて……」
「う、うん……それで、私、調べたんだ。もっと仲良くなる方法、って……そしたら、自分の恥ずかしい秘密を話したら、より距離が縮まる、って書いてて……」
「へ、へえ。そうなんだ……」
もうここで言うか?
「だから、星宮くんにだけ……教えてあげるね」
そう言いながら神凪さんは制服のポケットからスマホを取り出し、その画面をスワイプしていく。そして……
「この人のことなんだけど……」
「えっ、これって……」
恥ずかしそうな顔で彼女が俺に見せた画面は、どこかで見覚えのあるVtuberの美少女。深い青色のショートヘアに、どこか明るそうな雰囲気を漂わせているその配信者は……
(『天野ツララ』……!?)
……いや、ありえない。信じられない。よりにもよって
「……実はこれ、私なんだ……!
「マジで言ってる!?」
だが、どうやらその信じられない予想は当たってしまったようだ。思わず大きな声を出してしまったが、それは仕方ないと思う。
(『天野ツララ』って、今大人気のVtuberじゃないか……!)
チャンネル開設からたったの1ヶ月で登録者50万人という異例のスピードで成長している、前代未聞クラスの大型新人Vtuber『天野ツララ』。
その正体がまさかの
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