沈黙の灯火 ー神官ですが、闇に閉ざされた世界で生き延びますー

ピーター

暗闇の世界

第1話 突然の暗闇

 良く晴れた春の休日。

礼拝堂には村人たちが訪れ、心穏やかに祈りを捧げていた。

ステンドグラスから差し込む光は床石にカラフルな文様を描き、聖壇の蝋燭は暖かな光を放っている。


「神は凍える人々を哀れみ、火を与えました。

 それにより人々は暖を取り、文明を築き始めたのです」


 神官のルミルが聖典を読み上げる声が拝堂に響く。

だが、そんな日常の光景は何の前触れも無く、暗闇に塗りつぶされた。


「何だ? 急に暗く…!?」

「どうなってるんだ…? 何も見えないぞ!?」


 ステンドグラスの文様は消え、蠟燭の火もほとんど見えない。

普段は静かな礼拝堂も、今ばかりは村人たちの声が響き、騒然となっていた。


「皆さん、大丈夫です。

 危険ですから、慌てて動かないでください」


 ルミルは落ち着いた声を意識して呼び掛ける。

だが、ルミルも二十余年の人生でこんな現象に遭遇したことはなく、内心はかなり焦っていた。

このエルタス村は変化の乏しい小さな村であり、今日も普段通りの一日だったのだ。

こんな異常事態が起こるなど、ルミルは想像もしていなかった。


「きゃあああー!」


 突然、暗闇の中に少女の悲鳴が響く。

ルミルがその方向に視線を向けると、闇の中でも分かるほどに暗い、腕らしき黒い塊が蠢いていた。


「っ、魔物か…!?」


 魔物は人に害を為す生物の総称だ。

だが、その闇の腕には目も耳も顔すらもなく、生物としての特徴を何一つ持ってはいなかった。

 ルミルはとにかく視界を確保しようと、すぐさま聖典の一節を唱える。


「其は人が火を与えられた神話――」


 教会の神官は『奇跡』を起こすことができる。

それは比喩ではなく、神の力を借りて現世に神話の一端を再現する本当の御業だ。


「其は夜闇を切り裂き、寒さに打ち克つ、獣を人へ導く始まりの灯火。

 今ここに顕れよ――『黎明の灯火』」


 中空に小さな灯火が燃え盛る。

その灯火は大きさから想像できない程の膨大な光を発し、周囲の闇を消し去った。

同時に、光は闇の腕をその存在が初めから無かったかのように消滅させた。


「神官様!」

「おお…まさに『奇跡』だ!」


 村人たちが奇跡の顕現に歓喜する。

だが、ルミルは疑問と嫌な予感を覚えていた。

そもそも『黎明の灯火』は魔物を倒す奇跡ではないのだ。

言い方は悪いが、暖かく明るい光を出すだけの奇跡のはずだった。


 視界を覆う暗い闇と、奇跡の灯火で消える異形の魔物。

突如として現れた闇が、この先の未来を暗示している様で、ルミルは不安に胸を締め付けられた。

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