第38話 目論見

ホールに響いた声の主は、この国の国王であるレオンハルト・クリスタであった。その隣には、王妃であるアルメリア・クリスタ、そして反対側にはリーシャの父でもあるクラウゼル・インディゴムーンが立っていた。


「これは一体どういうことだ? ユーティア? クラウゼル?」

「父上、私は単に彼女を断罪していただけです! 聖女の資格もないくせに、のうのうと聖女見習いになっていた、この女を! そして、俺の真実の愛を邪魔するためにアイリスに嫌がらせをする、この女を!」

「馬鹿者! リーシャ嬢が聖女の資格がないと? 何を根拠にそんなことを言っているんだ!」

「私は知ってしまったのです! この女が我々を欺いて聖女になっていたのです! 彼女の属性は地属性だったのです。聖女になるには光属性でなければいけないにも関わらず。だから、私の手で断罪したのです!」

「ふん、貴様は何が重要か分かっていないようだな。属性? そんなものに何の価値がある?」

「しかし、父上。建国よりの決まりとして、この国の王妃、すなわち聖女と王太子妃、すなわち聖女見習いは、すべからく光属性であらねばならぬと!」


必死に正論を述べるユーティアに対して、レオンハルトは呆れたように冷めた目で彼を見ていた。そして、ため息をつきながら首を振った。


「やれやれ、お前には本当に大事なものが何か見えていないようだな。建国の決まり? そんなものにどれほどの価値がある? それに引き換え、彼女は素晴らしい! この国の問題を速やかに解決するだけでなく、多くのグッズ販売などで利益を上げているのだぞ! まさしく金の卵、ダイヤの原石と呼ぶのにふさわしい」

「しかし、父上! そんな利益など、王国の決まりと比べれば些細なものでしょう? なにゆえに彼女をかばい立てするのです!」

「ふう……そんなものバレなければ何の問題もないわ! それよりも金だ金! 金さえあれば、我々はさらに贅沢な暮らしができるのだ! しかも、これからもっと馬車馬のように働かせて稼いでもらおうという時に! しかし、お前はその金の卵をみすみす手放そうとしているのだぞ!」


一見するとリーシャを庇っているように見えるレオンハルトだが、その目にはお金しか映っていないようである。彼女としては、手元に置いて搾取しようとするレオンハルトよりも、彼女を追放しようとするユーティアの方が正義であった。嫌いな奴ではあったが。


これ以上、事態を混乱させるのはまずいと思ったリーシャは、近くに来ていたミレイユとユーノに目配せし、右手の親指を立て、自身の首に沿って横に動かした。「黙らせろ」という合図である。それを見た二人は頷いて人ごみの中に消えていった。


「お前の短慮で、儂らがどれほどの損害を被るか分かっているのか?! お前がしっかりリーシャ嬢の手綱を握って搾取しておれば、儂らがあくせくする必要は――グゥッ!」


話の途中で倒れそうになった国王であったが、すぐに直立不動の姿勢になり、言葉を続けた。


「まあよい、大事なのは真実の愛だ! そこまで意志が固いというのであれば、儂も一肌脱ごうじゃないか。なに、お前の真実の愛のためなら、リーシャ様を国外追放するのもやむを得まいて」


さすがはユーノの腹話術。割と本物そっくりじゃないかと思ったリーシャだったが、『リーシャ様』呼びは無いだろうと、心の中でユーノにツッコミを入れていた。


「さぁ、リーシャ様! 思う存分国外追放を満喫してくださいませ!」

「ユーノ、それはいかんですよ! もうちょっと国王っぽく!」

「コホン、というわけだ! すまんが真実の愛のために国外追放されてくれ!」


思わずユーノにツッコミを入れてしまったが、幸いにも周囲に不審がられることもなかった。もっとも、最後の「というわけだ」も意味が分からないが、ホールにいる人たちは不自然に感じていないようだった。しかし、国王の隣にいるクラウゼルは何か言いたそうにしていた。しかし、この場で国王に意見する勇気はないようである。リーシャは、この時初めて自分の父が臆病者チキンであって良かったと感じた。


国外追放されて良いような雰囲気になってきたため、リーシャは国王の背後にいるユーノを見て頷いたあと、お辞儀をしてホールを後にした。


そして、あらかじめマリアに用意してもらった馬車に乗り込んだ。


「さてっと、ここからが本番よ」

「お嬢様、お待ちしておりました。準備はつつがなく終わっております!」

「追手が来る前に脱出しないとね」

「かしこまりました。どちらへ向かいますか?」

「うーん、せっかく国外に出ることになるわけだし魔王の顔でも拝みにいきましょうか!」

「かしこまりました。では、魔王国に向かいます」


こうして、聖女という枷が外れたリーシャはケイオスロード大魔王国、通称魔王国に向かって馬車を走らせるのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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