第36話 白き鎖

リーシャがアイリスに本を渡した翌日から、アイリスは授業を休みがちになった。その噂は学園内の学生の間では知らないものはいないというほどであった。その噂に関連して、リーシャが婚約者である自分を差し置いてユーティア殿下と親しくしていることに嫉妬して彼女をイジメているのではないか。そして、それが原因で彼女が学園に来なくなったのではないかと、まことしやかに囁かれていた。


もっとも、彼女が学園に来なくなったと言っても、というだけで、放課後になると普通にユーティア殿下の元に行き、二人で遊びに出かけているのであるが、これについても、リーシャがイジメているから、ユーティア殿下が彼女を守っているためと好意的に解釈されているのだった。


もっとも、リーシャとしては彼とはむしろ会いたくないため、彼女が放課後に連れ出してくれるという事実に比べれば、そんな噂が流れる程度の対価など安いくらいであった。


「第一王子が、アレとそっくりでなければね。まだ頑張って関係維持くらいはしてもいいかな? なんて思ったこともあるけど……。まあ、聖女にもなりたくないしなぁ――。やっぱり無理だわ」

「さすが、お嬢様です。相変わらず自分に正直ですよね」

「そりゃそうよ。憎らしいアイツの顔を見ながら魔王討伐に行かされて、無事に帰ってきたら四六時中働かされて、空いた時間はアイツと後継者作りとか――どんな地獄だよ、って感じだわ」


侍女のマリアと話していて、その光景を想像してしまったリーシャに悪寒が走った。このところ、アイリスのお陰でめっきり接点が無くなったことから油断していたが、まだまだ彼はリーシャにとって嫌悪する存在だったようである。


こうして、しばらくの間、安息の日々が続いていた。しかし、この日は何故かユーティア殿下の方から、彼女の元にやってきた。その顔は怒りに満ちていたが、目はどんよりと曇っていて、全身に白い鎖のようなものが見えた。


「リーシャ! 俺とアイリスがちょっと親しくしているからって、彼女をイジメるのはやめるんだ! 仮にも俺の婚約者で聖女だろ?! 恥ずかしくないのか!」


一見、怒っているようにみえるのだが、目が死んでいるので迫力などまるでない彼の怒声が教室に響き渡る。リーシャはアイリスの魔法が日に日に上達していることに喜びを覚えつつも、それを気取られないようにおどけて答える。


「まあっ、私がアイリスごときに、そんなことをすると思って? まったく記憶にございませんわ。それに――そんなことをするメリットがございませんもの」

「とぼけるな! 俺が彼女と仲良くしているのが気に入らないんだろう? そうやって、彼女をイジメて俺に近づけないようにしようとしているに違いない!」

「あらあら、証拠もなく婚約者を貶めるなんて、王族とは思えない短慮ですわ。別にアイリスさんがあなたに近づいたところで何とも――いや、少しありがたいですが――思いませんけど。そこまで言うのなら、何か証拠でもおありですか?」

「証拠はアイリスの証言だけで十分だろう! まったく、俺の婚約者でありながら、そんな下劣な真似をするとは……見損なったぞ! いいか、今度アイリスをイジメるようであれば、婚約破棄も辞さないからな?!」

「まぁ! そんな酷い――やったぜ――ことを言うなんて、もう少し冷静になってくださいませ。ほら、そこにアイリスさんがお待ちですわよ。行ってあげたらよろしいのではなくて?」

「ああ? ああ、アイリス……今行くぞ」


リーシャは嬉しさに、思わず心の声が漏れそうになったが、ちょうどアイリスが迎えに来てくれたことで、上手く話を終わらせることができた。


「さて、私も帰ろうかしら……」


そう言って、周囲を見回すと噂の影響からか、ほぼ全員が彼女から目をそらしていた。この先、シナリオ通りに断罪されれば、リーシャは国外追放となるはずである。ここにいる学生たちとも、二度と顔を合わせることはないだろうと思うと少し寂しい気も……しなかった。


「よく考えたら、クラスメイトの顔と名前もろくに覚えてなかったわ」


もう1学年が終わろうという時にも関わらず、知っている人は両手の指で数えられるほどもいなかったのである。断罪の日はクリスマスパーティーの日。残すところ、あと1か月ほどである。学園は3年間あるから、1年のクリスマスパーティーで断罪されるのはおかしいと思うかもしれない。だが、攻略対象に現生徒会会長であるロイド・ヒューゴと宰相の息子である上級生のロナルド・コバルトジュピターがいるので、1年の終わりでエンディングとなるのだ。


「二人とも卒業しちゃうからね。逆ハーエンドも考えたら、ここで終わりにせざるを得ないわけよ」

「セイサクのツゴウってやつですね。意味はわかりませんが」


マリアはリーシャの発言にも特に驚くことなく、冷静に受け答えしていた。彼女いわく、「お嬢様の言動には慣れましたので」とのことらしい。


数日後、偶然にもリーシャは学園でアイリスの姿を見かけた。そこには、隠し攻略対象であるロイド・ヒューゴを除いた攻略対象がアイリスを取り囲んでいた。ユーティア殿下だけでなく、第二王子のガイゼル殿下、宰相の息子であるロナルド、騎士団長の息子であるクロードまでいたのである。


彼ら4人には白い鎖のようなものが絡みついており、明らかにアイリスの魔法によるものであった。


「さすが、あの状況から第一王子だけでなく、逆ハーエンドまで狙ってくるなんてね。まあ、私としては第一王子だけでも引き取ってくれればあとはどうでもいいんだけどね」


そう呟きながら、男4人に囲まれて悦に入っているアイリスを見送るのだった。

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