第20話 文化祭準備

文化祭、それは入学して最初のイベントである。どのルートに進む場合でも、ここで誰かひとりの好感度を集中してあげておく必要がある。何故なら、ここで好感度を上げることで、文化祭の後に最初の好感度イベントが発生するからである。このイベントが誰からも発生しない場合は強制的にノーマルエンドに突入するという、いわゆる足切りイベントでもあった。そのことを知っているアイリスとリーシャはお互いの思惑を知らないまま、ユーティア殿下の好感度を上げるべく下準備を進めていた。


「やはり、ここは文化祭を一緒に回ることで好感度を一気に稼いでもらわないといけませんわね。しかし、それだけではなく、準備の時も大事ですのよ」


リーシャはそう呟く。既に、彼女は自分が当日クラスの出し物の参加者になるように立候補していて、それとなくアイリスには出し物の参加者から外れるように仕向けていた。そのようにしたのは文化祭当日にユーティア殿下と一緒に回ってもらう、というだけでなく、前日までの準備を担当させることによって、ユーティア殿下と一緒に作業をさせて好感度を稼がせるという狙いもあった。


幸いにもアイリスは素直に従ってくれたため、あとはユーティア殿下に準備を手伝うようにお願いして、自分は用事があるからと消えるだけである。


「ふふふ、チョロい、チョロいわ!」


まだ、何ひとつ始まってすらいないにも関わらず、すでに上手くいったという妄想に浸っているリーシャだった。さっそく、リーシャは会いたくはなかったが、隣のクラスのユーティア殿下のところに向かった。


「お・ね・が・い。クラスの出し物の準備手伝って! キュピーン!」

「ことわる! そもそも、何で俺が別のクラスの手伝いをしなきゃいけないんだ?」

「えー、困っている婚約者を手伝えない程、心が狭いの?」

「そんな目で見てもダメだ。俺だって準備はあるからな」

「じゃあ、そっちの準備にこっちから人を出すよ! それでいいでしょ」

「ああ、わかったわかった。ちゃんと約束は守れよ」

「じゃあ、今日の放課後からお願いね」


こうして、リーシャはユーティア殿下の約束を取り付けた。アイリスにも、同じように今日の放課後から準備をお願いしたら、すんなりOKしてくれた。さすがは主人公である。こうして、その日の放課後。リーシャの狙い通りにアイリスとユーティア殿下は一緒に作業をしたのだった。


翌日、リーシャが登校すると、ユーティア殿下が彼女のクラスに駆け込んできた。


「おい、貴様! なんで昨日来なかったんだ?!」

「え? 私、当日の担当だから準備は外れてるんですよ。知らなかったんですか? プークスクス」

「昨日、手伝ってくれって言ったじゃないか! 嘘だったのか? あれは」

「いえいえ、私、一言も自分が準備をするとは言ってませんよ。殿下が勝手に勘違いしただけです。私はアイリスが大変だと思ったからこそ、友人として殿下にお手伝いをお願いしたんですよ」

「おいおい、俺はお前が困っていると思ってわざわざ残ってやったんだぞ。ふざけんなよ!」

「こちらは代わりの人を手伝いに行かせましたし、約束は破っていないですよ。なのに、そちらは約束を破るつもりですか?」

「ぐっ、まあいい。そこまで言うなら手伝ってやる。ありがたく思えよ!」

「はい、アイリスさんと仲良くしてくださいね。」


悔しそうに出ていくユーティア殿下をリーシャは笑顔で見送った。それを見ていたアイリスもニヤニヤと不気味な笑顔になっていたが、それに気付く者はいなかった。


「やったわ、これでアイリスとヤツが上手く仲良くなってくれれば」

「やったわ、これで私と殿下が仲良くなれば」


そして、リーシャとアイリスは似たようなことを悪い笑顔で呟いていた。


こうして、ユーティア殿下とアイリスは文化祭当日まで毎日遅くまで準備をするのであった。しかし、積極的にアプローチをするアイリスに対して、ユーティア殿下は気のない返事が多く、好感度は思ったように稼げていないようであった。


「これはいけませんわね。何とかしませんと」


二人の様子を探るために、自作した望遠鏡で離れたところから様子を窺がうリーシャだったが、思ったよりも関係が進展していないことに苛立ちを覚えていた。何よりも、アイリスがリーシャのために積極的にアプローチしているにも関わらず、つれなくあしらうユーティア殿下にはきっちり文句を言わねばと、闘志を燃やしていた。


翌日、リーシャはユーティア殿下にきっちり文句を言うためにBクラスへと足を運んだ。彼は憮然とした表情で席に座っていたが、リーシャが来るのを見て笑顔になった。もっとも、リーシャには彼の笑顔は「キモイ」としか感じられないのだが……。


「お、今日はお前から俺のところに会いに来てくれたのか? いい心がけだな」

「会いに来たわけではありませんわ。放課後の手伝いについて、文句を言いに来たのですわ」

「おいおい、ちゃんと手伝ってあげているだろ? なんで文句を言われなきゃいけないんだ?」

「確かにちゃんと手伝っていただいているようですが、ちゃんとアイリスさんと仲良くしていただきませんと、困ります。あんなギスギスした雰囲気出されたら、作業も捗らないというものですわ」

「何で作業しているときの状況まで知ってんの? それに、普通に対応しているけど。そこまで言われる筋合いはないし、婚約者でもないアイツと仲良くする義理もないぞ」

「そう言うところですわ。確かに私は一応はあなたの婚約者です。しかし、同じ学園の生徒として、仲良くするべきではありませんか? そう、楽しく喋りながら作業するとか、終わった後に二人でカフェにでも行くとか、そういうこともできるはずですわ」

「婚約者が他の女とそう言うことしていいとか、お前の方がおかしいだろ?」

「おかしくありませんわ。アイリスは私の親友。であれば、私と同じように接するべきです。もちろん、私も第い、殿下のことはけいあぅぃ、敬愛しておりますが、それとこれとは話が別です」

「ああ、わかったわかった。じゃあ、そう言う風にしてやるから。それでいいな? あとで文句を言うなよ」

「もちろんです。だいい、殿下がアイリスと仲良くして、私が文句を言う筋合いがありませんわ」


そんな話をしていると、徐々にユーティア殿下の表情がこわばり、最後にはリーシャを睨んできていたが、本人は気にも留めていなかった。それから、彼は少しずつアイリスと打ち解けていき、楽しく文化祭の準備を進めていった――その様子を同じように離れたところから望遠鏡で監視していたリーシャは胸を撫で下ろしていた。

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