第19話 プロローグ

入学式が終わると、いよいよ乙女ゲームの本編へと突入する。まずは、主人公のアイリスが不慣れな学園内で迷うところから始まる。途方に暮れている主人公に声をかけて、彼女を教室まで連れていくのだが、そこで連れて行ってくれる相手の好感度が大幅に上がることになるらしい。


リーシャは早速、アイリスが誰を選ぶのか見極めるために、様子を見に行くことにした。そこには、ゲームと同じようにキョロキョロとあたりを見回しながら、うろうろしているアイリスを発見した。リーシャは彼女に見つからないように茂みに隠れて様子を窺がう。その場所は決して人通りが少ないわけではない、にも関わらず、5分待っても10分待っても誰一人彼女に声をかけることなく通り過ぎていく。


まだ、次の予定までは時間があるとはいえ、さすがに耐え切れなくなったリーシャは茂みから飛び出して彼女に声をかける。


「あらあら、そんなところでウロウロして何をやっているのかしら? もしかして、こんな所で迷われてるのですか? 田舎者はこれだから……こんな所でウロウロされても迷惑ですので、私についてきなさい。どうせ同じ教室なのですから」

「は、はい!」


そう言って、リーシャは次の目的地である教室へと向かった――後ろにアイリスを引き連れて。教室に入ると、リーシャをジロジロ見ながら、ひそひそと話をしていた。


「あれが噂の暗獄姫か。ぱっと見だと分からないよな」

「一応、聖女だからな。見た目だけは」

「何でも逆らうと地獄で永遠に馬車を引かされるらしいぞ」

「キャー、暗獄姫様。今日もカッコいいですわ」

「サイン、サインもらえないかしら?」

「あの後ろにいる金魚のフンは目障りね」


そんな声がちらほらと聞こえてきた。どうも噂が独り歩きしていて、あることないこと盛り込まれているようだ。しかもファンまでいるらしく、嫉妬してアイリスを邪魔者扱いするものまでいた。リーシャは、ここでアイリスがいじめのターゲットになってはまずいと思い、金魚のフン呼ばわりしてきた女性を睨みつける。


「ふぁあ、暗獄姫様の睨みも素敵!」


そんなことを呟きながら、睨みつけた女性が倒れてしまう。それだけでなく、彼女の周りの人たちもドミノのように倒れていった。どうやらリーシャが思う以上に、この世界にはヤバい人が多いようである。


「暗獄姫様! あ、ありがとうございます!」


アイリスがお礼を言って来た。ここでサインや身に着けているものを要求してこないあたり、随分真っ当な人間だとわかる。既にリーシャの周囲には真っ当でない人間が多すぎて、真っ当な人間の基準がかなり低くなっているのだが、それでもアイリスは十分真っ当な人間であった。


「ちょっと待ちなさい。この学園に入学した以上、人脈というのは大事になります。そこで、私があなたに相応しい人を紹介してあげましょう。放課後、私のところにいらしてください」

「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」


リーシャは、心の中で「役に立たない第一王子め!」などと罵りながら、アイリスをユーティア殿下に紹介し、あわよくば好感度上げてもらおうと画策するのであった。


放課後、アイリスは約束通り、リーシャの席までやってきた。


「暗獄姫様、今日はよろしくお願いします」


そう言って、丁寧にお辞儀をする。そんな彼女にリーシャは微笑むと、ユーティア殿下の元へと向かった。ちなみに、クラスは成績順となっていて、リーシャとアイリスはトップクラスの成績だったためAクラス、ユーティア殿下は王家という忖度もありBクラスとなっていた。アイリスと彼が別のクラスというのは好感度獲得を考えると邪魔ではあったが、そこは自分がサポートするしかないと、リーシャは意気込んでいた。


「こちらが、一応ですが私の婚約者の第一王子ユーティア・クリスタ殿下ですわ。そして、こちらが私の友人であるアイリスさんです。」

「あ、アイリスです。初めまして」

「それでリーシャ。俺にこいつを紹介するなんて、何を考えているんだ?」

「あら? 友人を紹介するのに何か理由でも必要ですか? 王族ともあろうものが心が狭いですこと」

「チッ、まあいい。ユーティアだ。リーシャとせいぜい仲良くしてやってくれ」

「あらあら、まだ婚約だというのに気の早いことで」

「お前、憎まれ口叩くのが上手くなったな。まあいい、どうせ結果はいっしょだからな」


さすがのリーシャも立場が上のユーティア殿下と言い合うには分が悪いようだった。


「まあ、私のことはこの際どうでもいいのですわ。せっかく紹介してあげたのですもの、是非ともアイリスとも仲良くしてくださいませ」

「は、はい、よろしくお願いします!」

「はいはい、わかったよ。でも忘れるなよ。俺の婚約者はリーシャ、お前だけだぞ」


そして、時間になったので、3人とも帰途についたのであった。


「まったく、あの第一王子クソ上司は何度も何度も、俺の、と連呼しやがりまして。全く腹立たしいですわ!」


ユーティア殿下が俺様キャラだというのはゲームの設定で知っていた。しかし、よりにもよって栗田優斗クソ上司の顔で俺様キャラだと、別人だとは分かっていても殺したい衝動に駆られてしまう。


「まあ、いずれ婚約破棄されるのだからいいのだわ。あとはアイリスを援護射撃して、第一王子だけでも引き取ってもらうだけですわ」


そう言って、リーシャは溜飲を下げるのであった。


一方、アイリスの方はというと――。


「くふふふ、チョロい、チョロいですわ。最初、誰も来なかった時には焦りましたが、ユーティア殿下のライバル自ら婚約者を紹介してくれるなんて。あとは私の前世の知識で彼らを骨抜きにすれば、晴れて私も聖女よ」


不気味な笑みを浮かべながら、攻略対象を篭絡する手順を紙に書き込んでいたのである。彼女が目指すのは逆ハーレムエンドのようで、彼だけでなく、他の3人も狙っているようだ。もっとも、ここにリーシャがいたら全力で応援していただろう。



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