第2章 学園は自由への片道切符
第16話 入学試験
ホワイトナイト王国の貴族の子女は学園に通うことになっている。正式にはクリスタリア学園という名前である。ここでは、剣術を始めとする武術、魔法、歴史から政治経済まで、貴族として必要なあらゆる知識を学ばせるための施設である。
リーシャは15歳になって、この学園の試験を受けるためにクリスタリアの街までやってきていた。街と言っているが、厳密には街そのものが学園なのである。元は王都クリステラの近郊に建設された教育施設だけだったのだが、施設を拡充させていくにつれて一つの街のようになってしまい。王都の衛星都市のような形で独立することになったという経緯がある。
「試験なんてめんどくさいなー。落ちたら浪人?」
「そうですね、落ちたら来年も受験することになりますが、貴族で落ちる人なんて100人に1人いるかどうかですから、心配しなくても大丈夫ですよ」
「落ちたら、もう一年ゆっくりできるってことね。おっけー」
「言っておきますけど、お嬢様は既に暗獄姫として名声がありますので、落ちたら噂になると思いますけど、それで良ければ――まあ、当主様は落ちてくれれば本格的にアイドル活動に専念させられると仰っておりましたので、落ちても心配される必要はありませんよ」
「なにそれ! 絶対落ちれないやつじゃん。アイドル活動で搾取されるくらいなら学園いった方がマシだわ。私、頑張る!」
「その意気です。お嬢様」
リーシャは絶対合格するために気合を入れなおし、学園へと向かう。
「えーと、受験番号511――リーシャ・インディゴムーン様ですね。少々お待ちください」
学園に着いた彼女は案内に従って入学試験の受付に向かった。そこで、受験票と身分証明書、というか親の紹介状を提出する。それを受け取った受付の人が、奥へと消えていった。
「はい、受験番号511、リーシャ・インディゴムーン様――合格です。1か月後にこちらの合格通知書を持って、学園の入学窓口にお越しください」
「はい? 合格ですか?! ……試験は?」
「不要です。合格です」
「えーと、いくら私が第一王子の婚約者だからって贔屓は良くないと思うんですが」
「いえいえ、いくらユーティア殿下の婚約者でも試験は免除されませんよ」
「ええ、じゃあ何で……」
「そんなの決まっているじゃないですか。あなた様があの暗獄姫様だからですよ。すでに学園内ではあなたが入学するという噂でもちきりですし、各学科の学科長もあなたを獲得するために色々動いているんです。どうせ試験しても通るでしょうけど……。万一、落としたなんてことになったら、最低でも一人は首が飛びます。だから合格です、合格。わかったら今日は帰って結構です。お疲れ様でした」
「……」
「ちなみに、別に来なくても良かったんですよ。どうせ、何もしなくても合格通知書を後日郵送する予定でしたし」
試験で合格しようと気合れてきたリーシャだったが、受けるどころか来る必要もなかったという話を聞いて愕然としていた。リーシャは来なくてもいいなら最初から言えと思った。
「合格なのはわかりました。でも試験は受けさせてもらえますよね。今の自分の実力を見ておきたいので」
「えーと、そうですね。1割くらいの力でやってくれるなら大丈夫だそうです」
「1割って――それじゃ受からなくなっちゃうじゃない」
「大丈夫です。得点はあとで10倍するので。合格点は全科目で20点以上、どれか1科目で60点以上ですので、あなたの場合は全科目2点、1科目で6点取れば合格です。ちなみに100点満点ですよ」
「それはもはや試験とは言わないのでは?」
「本当は設備を壊されたくないので、試験を受けさせたくはないんですよ。受けられるだけありがたいと思ってください」
せっかく気合を入れたし、ここで何もせず帰るのも癪だったので、仕方なく条件を受け入れて試験を受けることにした。
まず、最初に案内されたのが武術試験の会場である。ここでは試験官と1対1の勝負をして、その内容に応じて得点が決まるというものである。武器は自由に選ぶことができるが、リーチの関係で槍か剣が良いとされている。
リーシャは迷わず木製のナイフを2本取ると、試験官の前に立った。
「お嬢さん、そんな武器でいいのかい? こっちも試験なんだ、女子供だからって手抜きはできないぜ」
「心配無用よ。こっちの方が慣れているから」
「よし、じゃあ、どこからでもかかってきな!」
そう言って試験官が構える。どうやらファーストアタックは受験者にさせてくれるようだ。リーシャは生ぬるい試験だなと思いつつ、ナイフを構えて試験官に飛び掛かる。左手のナイフを剣で受けさせて、スルリと背後に回ると右のナイフを首筋に当てる。
「ご、ご、合格! 合格だ! 100点満点だ!」
1秒にも満たない戦闘で、あっけなく合格宣言をした試験官に呆れるように言った。
「もう終わりですか? 早すぎですよ。もうちょっと頑張ってください!」
「あんな動き、ついていけるわけないだろ!」
「たった一発で終わりなんて、根性ないんですか?! しかもたった1秒ですよ! こんなんじゃ私、欲求不満になります!」
そんな風に試験官にクレームを入れていると、突然訓練場の扉が開いて数人の男女が入ってきた。
「ちょっと! 試験場でいかがわしいことは禁止ですよ!」
先頭の女性が、そんなことを叫ぶと試験官を羽交い絞めにしていた彼女を引きはがした。
「まったく、試験にかこつけて女性の受験者に抱き着くなんて、破廉恥な!」
「い、いや、誤解だって。彼女に背後を取られたんだ!」
「あなたが背後を取られたですって? そんな見苦しい言い訳、通用するわけないでしょう。あとでゆっくり事情聴取しますから。連れて行ってください」
女性がそう言うと、試験官の人は複数の男の人に連れていかれてしまった。試験官がいなくなると、女性は彼女に話しかけてきた。
「えーと、大丈夫? 何かされなかった?」
「大丈夫ですけど。武術試験してたんですけどね。試験官の人が負けるのが早すぎて……」
「武術試験? それ以外は?」
「いえ、他には何も」
彼女がそう言うと、女性の表情が凍り付いたのだった。
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