第9話


「ねえ、健君。一緒にご飯食べてもいい?」

 昨日聞いたばかりの声が横から聞こえてきた。その声の主はもちろん昨日告白してきた女子で、このクラスの娘だった。

 茶色がかった長い髪をポニーテールにしている、明るい女子生徒だ。クラスの男子が言うには滅茶苦茶かわいいというわけではないが、だからといってかわいくないわけでもないという、ようするに普通にかわいいという女の子だった。

「・・・ああ、北条(ほうじょう)さんが問題なければいいよ」

「問題なんてないない! じゃあ、一緒に食べよ!」

 明るくそう言い放ち、隣りの机と席を借りてきて、俺の机へとくっつけてくる。

「ほら、健君も机動かして。そのままじゃ、ちゃんと対面にならないでしょ?」

「ああ、ごめん」

「よし、これで問題ないね」

 向かい合うようにして机をくっつけ、北条さんが椅子へと座り弁当箱を出す。

「じゃあ、頂きます!」

「・・・頂きます」

 どうしてこうなった?

「そういえば、健君はいつもパン食なんだね」

「まあ、気軽に食べられるんで」

「そういうの少し憧れちゃうな~。あたしのところね、親がお弁当作ってくれるのはいいんだけど、そういうのはお金ももったいないから許してくれないのよね~」

「栄養を考えるなら、その方がいいと思うよ?」

「そう?」

 他愛のない会話をしながら互いに食べ進めていく。北条さんは親しみやすい雰囲気に反して、食べるスピードは女の子といった具合だった。それが演技やワザとでなければの話しだが・・・生憎そういうことを見抜こうとも思わなかった。そんなことはどうでもよかった。ただ面倒くさかった。

「・・・それでなんだけどね?」

「うん?」

 俺が食べ終わったのを見て話を変えてくる。因みに北条さんはまだ半分くらいだった。

「昨日の事・・・・考えてくれた?」

 もじもじといじらしい仕草をして、上目遣いで俺を見てくる。その姿を素直にかわいいとは思う。そう思っても、それ以上の感情が沸いてくることはなかった。それ以上でも以下でもなかった。

「・・・付き合おうとかの話し? いっちゃなんだけど、こんな俺のどこがいい訳?」

「昨日も言ったと思うけど、なんか興味もっちゃってさ。そうなると知りたくなるものじゃない? だったら付き合うことで、それが何なのか分かると思ったの」

 なんかよく分からないというよりも、おかしな感じがする。こういう場合は断るのが無難だ。もうこれ以上の面倒事はたくさんだ。俺には好きな人だっている。断るにはそれで十分だろう。それに————

「それって別に、付き合わなくても友達で十分じゃないかな?」

「・・・あたしのこと嫌い?」

「よく知りもしないのに、そんなこと分からないよ」

「じゃあ、お互いのことをよく知るためにもそうしない?」

 なんなんだ? この無理やりにでも付き合わそうとする感じは・・・・

「ごめん、俺。好きな人がいるから」

「それって、萌え先輩のこと?」

「萌(もえ)じゃなくて、萌(めぐみ)先輩だろ? 人の名前で勝手に遊ぶなよ」

「あ・・・・」

 萌先輩を馬鹿にしたような呼び方に、怒りが勝手にこもってしまった。

 萌え文化とかなんだか知らないが、そういったことであの人の名前が馬鹿にされているような気がして、正直ムカついてしまう。そもそも萌えるというのは草木とかが芽吹くことを現したもので、始まるとかの意味を持つ良い漢字だというのに・・・・・ふざけたことを言った馬鹿な奴がいたもんだ。

「・・・ごめんね? それで、健君が好きな人って・・・・やっぱりそうなの?」

「・・・・」

「最近、その・・・萌先輩が下級生の男子と一緒にいるって噂があるんだけど・・・・・もしかして、健君のこと?」

「そんな噂が流れてるんだ。それで、仮にそうだとしたら北条さんはどうするの?」

「えっと・・・・どうして萌先輩の側にいるの?」

 質問に質問で返される。

 もうこういうのは面倒くさいから、さっさとけりをつけよう。

「好きだからだよ。先輩が」

「どうして?」

「・・・さあ? とにかくそう感じるとしか言えないよ」

 本当は嘘だが。いちいちそんなことを言う必要はない。

 先輩の優しさや温もりを理解できない奴らに、いくらそういったことを言ったところで無駄だ。

「とにかく、俺は萌先輩が好きだ。だから北条さんとは付き合えない。そういうことだよ」

 こういう話しはいずれ人間の好奇心から広がると思えば、初めからぶちまけたほうがいいと思っている。

 どうせ萌先輩に伝わったところで、鋭いあの人のことだ。とっくに気づいているだろう。ただ、暫くは周囲がうるさいだろうが、それは仕方ないか・・・・

「あたしじゃダメなの?」

「駄目もなにも、俺は北条さんのこと何も知らないよ?」

「だからこれから付き合って分かって行けば・・・・」

「だから、それなら友達からで十分だろ? どうしてそんなに付き合うことに拘るのさ?」

 いい加減いらいらしてくる。

 もう諦めてくれよ。こっちは本来こんなことで煩う余裕なんてないんだよ!

「~~~~っ! もういいっ!」

 机を強くたたき、音を立ててイスから立ち上がる。その瞳には涙を浮かべ、まるでそれを見せつけるかのように俺を見てくる。その姿を醜いと感じたし、わざとらしいとも思った。

「ばかっ! 知らない!」

 食べかけの弁当箱を持って、クラスから出て行った。当然そうなるとクラス中の女子の視線が俺に突き刺さってくる。

 やれやれだ・・・ちゃんと俺は好きな相手がいるから付き合えないと言ったのにこれだ。

 人間は本当に面倒くさい。俺は人間が大嫌いだ。

「・・・・」

 ゴミを捨てるついでに、少し外へと気分転換に出る。自分自身悪くないと思っていても、どこか気持ち悪くて拭いきれない感情があった。

「あ~、くそが・・・っ! なんでこう、不愉快にならないといけないんだよっ!」

 綺麗な青空の下で、独り小声で愚痴る自分が酷く矮小な存在だと思った。

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