第5話
「萌先輩は俺の後ろにいてください。<<夜の存在>>が襲い掛かってきたら大変です」
慌てて先輩の前に駆けだそうとすると、腕を掴まれて止められてしまう。
「・・・先輩?」
「健が前にいてくれても、後ろから襲われたら変わりありません」
「あ・・・そう、ですね・・・・」
「だから———」
先輩が声を続けようとしたとき、奴らがちょうど先輩の後ろから迫ってきているのが見えた。昼間の時であれば決して見えない距離でも、今のこの状態であれば普通に視えてしまう。
「先輩っ!」
それだけで萌先輩は察してくれた。言いかけていた言葉をひっこめ、俺の後ろに素早く移動し、口早に自分の守りを固める。
「『救済の光、夜の者からの悪意を防ぐ』」
先輩を中心に光の輪が生じ、そのまま先輩を守る結界になる。『救済』の力を応用した言霊だった。
言葉や感情が強い力を持つこの世界は、ある意味ご都合的にできていた。自分ができるかもしれないと思う言葉を呟けば、大体その通りの効果を持ってくれる。
今の言葉は、先輩が<<夜の存在>>から犯されないように自分を守る言葉だ。ただ、その間先輩は動くことができず守りに徹することになってしまう。
「・・・すぐに戻ってきます」
「気を付けてください。健は無茶をしますから、くれぐれも感情的になり過ぎないようにしてくださいね?」
「・・・・わかりました。気をつけます」
先輩に背中を向け、こっちに迫ってくる<<夜の存在>>の排除に向かう。
「『壊れたモノを屠る力、今解放せん』」
そんな中二満載の言葉を呟けば、俺の戦闘態勢は整う。
元々そういうものが好きだったこともあり、俺はこの世界との親和性がとてつもなく良いと感じている。過去に自分が憧れていた世界の言葉。それは現実世界では恥ずかしい奴だとか色々言われてしまうが、ここでは力を持つ。
解放されたと感じ(実際は思い込みだろうが)、そのまま爆発的な力が振るわれることを想像すると、その通りに自分が動いた。
<<夜の存在>>との間を一瞬にして詰め、近場の『人に近いが人から崩れたモノ』を壊しにかかる。
元々崩れていた顔面を殴り潰しにいく。向こうが反応するよりも早く、俺の渾身の力を込めた拳の一撃が無防備な顔にささり、崩れ落ちていた顔がさらにぐちゃぐちゃになる。
手に気持ちの悪い感じが若干残るが、人から堕落したこんな気色悪い顔なんか、いつまでも見ていられるか。
「ぐぎゅあ"あ"あ"あ"っ!?」
完全には潰さなかったから、醜い声を上げてそれは転げまわる。そこを今度は足で頭を踏み砕き、完全に壊した。素早く一つ目を処理すると、次に取り掛かる。後はもう楽勝だった。
わざと初めの奴を残虐に処理したので、戦意喪失した雑魚の片付けは簡単だった。
「『恐怖が足を止める』」
恐怖という事実に引きずられ、俺の言葉通りに奴らは絡め取られる。
動くことができなくなり、混乱している間に一つ、また一つと俺は奴らの胸を貫いて壊していく。壊れた奴らは勝手に消えていくので、ゴミが増える心配はなかった。その辺りも都合よくこの世界はできていた。
もしもこれが現実的な肉の感触があったのならば、鮮血が飛び散るような惨劇であったなら、俺はここまで簡単に残酷なことはできなかっただろう。
この世界が極限まで物質的感覚を薄めた世界でなかったならば、昼間の世界のように血のかよった世界であったならば、俺は初めの一日でとっくに狂っていた。こんなこと、正気の状態でできるわけがなかった。
「・・・これで終わり」
最後の<<夜の存在>>を壊し、ここでの討伐を終える。
早く萌先輩がこんな世界に居なくても済むようにしないと・・・・。先輩のような人は、こんな世界にいちゃいけない。先輩はこんな傷だらけで壊れた世界じゃなく、優しくて祝福された世界にいないと駄目だ。
そういえば先輩は大丈夫なんだろうか?
来た道を見てみると、先輩の光の輪が見えた。そして、その光に誘われて先輩に近づく存在があった。その存在は俺が処理した奴とは違って、人の姿を保ちながら、傷だらけになっている存在だった。
先輩がその存在に優しく語りかけると、その存在の傷がみるみる内に癒えていく。そして———
『ありがとう・・・これでやっと楽になれる・・・・・』
そんなことを言って、この世界から消えていくらしい。そうして一人、また一人と先輩は傷を癒し、この世界で苦しんでいる存在を救っていく。それはまるで救いの女神のようだった。
その光景がとても眩しくて、尊かった。
自分のような壊すことしかできない奴とは違い、何かを成せる・・・何かを救える力だった。決して、自分にはできないことだ。身の程知らずだと分かっているが、やっぱり羨ましいと思った。
歩いて戻る間に、光に誘われた存在の救済は終わった。それを理解できてから、背を向けた先輩の元へと走って帰る。
「・・・健ですか」
俺の存在を感じて、先輩が振り返る。いつものように感情の薄いその顔に・・・その頬に、今は涙を伝わらせていた。
この世界で『救済』をした後、涙を流す先輩の姿を見ない時はなかった。途切れることのない涙が、ぽたぽたと落ちていく。
先輩が言うには特に感情的なものではなく、『救済』をすると勝手に流れるだけだというが・・・・女性の涙を見るのはどうにも嫌だった。だがそれとは別で、俺はその涙がとても綺麗だとも思った。感情に染まっていない、ある意味では無垢の涙。その雫が、この上なくかけがえのないもののように感じられた。
「・・・本当に悲しかったり、辛かったりしないんですよね?」
「ええ・・・ただ、どうしてか流れてしまうだけです。そんな顔をしているのですか?」
話しながらも、先輩は光の輪を消して歩けることを確認する。
「その、どっちかというと・・・・俺がそういう風に感じるだけです」
「そうですか・・・・」
指で道をさし、先に進もうと示してくる。歩きながら涙を流し、先輩が言葉を続ける。
「健は・・・優しいんですね」
「・・・そんなことないですよ」
優しい人間だったら、さっきみたいな一方的な虐殺などしない。あんなものは狂人でなければできるわけがない。だから俺は———
「健はおかしくなどありません」
「・・・気休めはよしてください」
「健はただ感性の豊かな人なだけですよ。だから、良い感情にも悪い感情にも引きずられるだけなんです。そこに『おかしい』とか『おかしくない』とかは関係ありません」
どうしてこの人は、こんなにも優しい言葉を言えるのだろう?
「健は純粋なんです。だから色々なものに染まってしまう。それで後から反対のものが出てくると、それに葛藤してしまうんです。そんな貴方は、きっと大きな存在になれます」
どうして、こんな自分に対して良く見てくれるのだろう?
「・・・萌先輩の期待通りになれたらいいんですけどね」
「大丈夫です。健が健のままであれば、自然とそうなりますよ」
「だったら、そうなれるように頑張ります」
「頑張らなくても、そのままであれば大丈夫ですよ? むしろ健は頑張ってはダメです」
「・・・すみません、先輩のそういうところは、ちょっとよく分からないです」
「そうですか・・・」
どことなくがっかりとした感じを、涙を流した状態でされると非常に悪いことをした気分になってしまう。
「そ、そうだ! 先輩の涙も拭いたほうがいいですよね」
「えっ? べつにわたしは・・・・」
隣にいる先輩を見上げ、いつもしてくれているように、俺も先輩の涙を拭ってみる。
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