戯曲「サンドリヨン」

黒い白クマ

開幕

キャラクター/キャスト


 ・サンドリヨン/カラー

 ・姉/ダリア

 ・王子/ジョン

 ・夫人/***

 ・魔法使い/***

 ・案内人

 ・他 アンサンブル


プロローグ


 ――靴はサンドリヨンの足にぴったりでした。彼女はもう片方の靴を取り出して、皆に見せました。それを見た姉はサンドリヨンの前に跪いて、今までしたことを詫びました。サンドリヨンは姉の謝罪を受け入れ、彼女を許しました。数日後、サンドリヨンと王子様は結婚し、心優しいサンドリヨンの取り計らいで、姉もサンドリヨンの結婚と同じ日に、城の偉い役人と結婚しました。


 手に持った本を読み上げ、深々とローブのフードを被った人物はそれを閉じる。パタン、と本を閉じる音が響いた。


「さて。以上が有名なサンドリヨンの物語の結末となります。ご存知の方も多いでしょうね。それでは本日はこの、サンドリヨン、またはシンデレラ、灰かぶり娘などの名で親しまれている、美しい姫君の話を致しましょうか。」


 目の前の人物の手が示すほうに目を向ければ、誰もいない椅子が五つ並んでいる。その人物が手を振ると、それぞれの椅子に暗闇から滲み出てくるかのように人影が現れた。


 美しいドレスを着た若い女性。

 品の良いドレスをまとった女性。

 妖しい美しさをもつ何か。

 軍服を着た若い男性。

 そして中央には、襤褸を着た娘。


 ローブを着た人物は、つかつかと若い女性が座っている椅子に近づき、その肩を叩いた。途端、定まらぬ視線で前を向いていた彼女が、ローブを着た人物――便宜上彼と呼ぼう――のほうを見上げて囁くように言う。


「あいつは美しくなんてないわ。」


 彼が頷けば、彼女は立ち上がって前を見、不敵に微笑んでみせる。そして高らかに続けた。


「あいつは哀れなサンドリヨン。惨めな、惨めなサンドリヨン。高い身分のはずなのに、態度や行為は召使い!彼女は何でも出来るのよ、だから全てはあいつの役目!」


 再び彼が触れれば、彼女は椅子に崩れ落ちるように座って動かなくなった。彼女から目線を外して、彼は次の椅子に足を向ける。足音だけが何も無い空間に響いた。


 彼女の隣の椅子に座る、別の女性の肩に彼の手が触れる。彼女はゆっくりと背もたれから身を起こして、睨みつけるように前を向いて叫んだ。


「あの子はまるでお人形。何もかもが完璧よ。魅力を全て一人占め、あれじゃ娘が可哀想!あの子を卑しく見せるのよ、どれも私の娘のために!」


 言い終わると共に彼の手が触れて、女性は眠るように目を閉じ動かなくなる。


 彼は目を閉じた女性の隣の椅子――襤褸を着た娘が座っている――を通り過ぎ、そのさらに隣の椅子の後ろで立ち止まった。その椅子に腰かけるのは、人の造形をしているものの、人とは呼びがたい何かであった。彼は今までの二人にそうしたように、女性のようにも男性のようにも見えるその美しい何かの肩を叩く。その目が開く。立ち上がったその姿は浮いているようにも見えた。


「あの子は便利なサンドリヨン。とても良い子で美しい。彼女に少し悪いけど、望んだ通りに動くのよ!思ったよりもあの子はそう、頭が冴える子みたいでね。」


 うっそりと微笑んだそれも、彼が触れれば椅子に崩れ落ちる。次の椅子には、軍服姿の若い男性が腰掛けていた。彼が男性に触れれば、皆と同じように目が開く。すくりと立ち上がった若者は、何かに焦がれたような表情で宙を見た。


「彼女はとても美しい、一目で心を奪われた。私と違って本物の魅力を持った方だった。彼女の事情はどうでも良い、あの美しさだけあるのなら!」


 彼の手が再び触れる。その目が閉じられて、糸の切れた人形のように若者も椅子に落ちた。


 最後にローブを着た人物は、中央の椅子に座る少女の後ろに立った。襤褸をまとった歳若い娘が、彼の手が触れると同時に顔を上げる。泣きそうな目を精一杯開いて、彼女は立ち上がった。


「私は惨めなサンドリヨン。いじめられてるサンドリヨン。一つも悪くないのにね、まわりがみんな敵になる。私は良い子にしているのよ、悪くないわ、そうでしょう?」


 少女は大きく息を吸う。両の手を何かに縋るように持ち上げて、彼女は問うた。


「ああなんてこと!主人公は私でしょう?」


 娘もまた、彼の手が触れれば目を閉じる。椅子に座る五人の人物に目をやってから、彼は再び口を開いた。


「本日はこの、サンドリヨン、またはシンデレラ、灰かぶり娘などの名で親しまれている、美しい姫君の話を致しましょう。」


 どこからか時計が時を刻む音が聞こえる。気がつけば五つの椅子はなく、視界の先には彼一人が佇んでいた。再び開かれた本、その表紙には「Cendrillon」の文字。


「姉は何故あっさりとサンドリヨンに謝罪したのか。夫人は何故サンドリヨンを目の敵にしたのか。魔法使いは何故サンドリヨンを助けたのか。王子は何故会って間もないサンドリヨンに惚れ込んだのか。サンドリヨンは何故姉を快く許したのか。」


 時計の鐘が鳴った。何回?


 暗くなる景色の中では、彼の黒いローブはもはや闇に溶けて見えない。鐘の音を数えることを邪魔するように、耳元で声がする。


「さて、では参りましょうか。魔法の靴が導く、ハッピーエンドを見にね。」


 時計が一際大きく鳴った。その音につられたように、拍手を送る。ブザーの音と共に、全ては暗闇に沈んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る