皮肉
小狸
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令和の今の世の中であっても年々増えて行く年間自殺率、特に若年層の多くの自殺を見て、しかし彼女は一切の同情の余地なく、そう思った。
だからこそ、彼女に友達はいなかった。
――死にたい奴は、死ねば良いんだ。
――無理して生きている必要はない。
――死にたいなら、さっさと死んでしまえば良い。
例えばそれは、いじめなどにも適用されていた。
小学校五年生の頃、茜のクラスでいじめが起こった。
ある女子に対するいじめである。当時ミニバスで主将を務めていた
いじめられていた生徒は
茜の幼稚園時代からの友人だった。
泣き虫な癖に、すぐ調子に乗る所があり、お調子者としてクラスでは受け入れられていた。それを気に入らなかった小野寺が他のクラスメイトと結託し、男子も
詳細ないじめの描写は、それこそ茜ですらも覚えていない。茜は、ただの傍観者だった。
――いじめを助けない者は、いじめに加担しているも同じ。
――なんて大人は言うけれど、それってどうなの。
――だって、助けたら、今度は標的が私になるじゃない。
――大人はきっと、それを自業自得って言うんだ。
――だから、誰も助けなかった。
無視から始まり、所有物の盗難、破棄、暴力、暴行等々、普遍的ないじめはあらかた経験していた。
みるみるうちに、朋華の顔から笑顔が消えていき、学校も休みがちになっていった。
そんな朋華を、茜は
――どうしてにこにこ笑わないのだろう。
――どうして楽しそうにしないのだろう。
――私の人生は折角楽しいのに、笑わない貴方が友達でいるせいで、そこだけ鬱屈としている。
――嫌だなあ。
ある日、本当に他愛もないある日のことだった。
掃除の時間が終わり、昼休みで外に遊びに行こうとした時、人の少なくなった教室で、朋華に呼び止められた。
朋華は、茜に相談した。
「死にたい。
「今、死んじゃえば、もういじめられなくって済むんだ。
「もう、学校に行かなくって、済むんだよね。
「ねえ、もう、やだ。
「もう、死にたい。
それは相談というよりも、悲鳴に近かった。
茜は、こう答えた。
鬱陶しかったから。
面倒臭かったから。
辛気臭かったから。
だから――こう言った。
「じゃあ死ねば?」
それを言った時の朋華の顔を、茜はもう忘れてしまった。
次の日から、朋華は学校に来なくなり、一カ月後、自宅で自殺した。
通夜には行ったし、なんなら泣いた。
ちゃんと悲しめた。
しかしその時茜の中にあったのは「自分が死ねと言ったことを誰かにバレたらどうしよう」という、そんな焦燥だけであった。
存外――というか奇跡的に、誰からも指摘を受けることなく、葬式は恙なく進行した。
家族で懇意にしていたので、朋華のご両親とも話をして――そのまま火葬された。
灰と骨になった朋華を見て、再び茜は泣いた。
嬉しかったからである。
良かった。
これでもう鬱陶しい友達から、解放される――と。
合縁奇縁という言葉があるが、茜の人生には、同じような瞬間が幾度もあった。
少々精神的に問題のある子と友達になり、そしてその子の精神を
その数は七人に及ぶ。
友達がいないというのは、自虐でも何でもなく、事実なのだ。
ほぼ全員が、世を去っている。
――死にたいなら、何も言わずに死ねば良いのに。
――せめて、周りに迷惑をかけずに死ねよ。
茜はその感覚を保ったままに、大学生にまで進んだ。
大学は、かなり偏差値の高い、都内の大学の文学部に入った。一人暮らしを始め、音楽系のサークルに入った。
そこで、同じ学科のゼミにて、茜は。
その人物と出会った。
名前は
「生きたい」
そんな口癖の、男子学生だった。
指定難病を三つ抱え、鼻にチューブが入り、体躯に何らかの管が繋がり、専用の車椅子に乗り、周囲の教授や事務員、同級生の手を借りながらも生きている、そんな男子だった。
「僕は、生きていたいんだよね」
そう言う彼は、極限の所で生きていた。
講義中、時折体調が悪くなって、救急車で運ばれて行くこともあった。
その都度講義が中止となり、それでも二日後には、彼は元気に大学に来ていた。
ゼミで話して分かったけれど、彼はその病気とは、生まれた時からの付き合いらしい。だから邪見にされるのも慣れていて――それでも「生きよう」と思った、決めたのだそうだ。
それを見て。
聞いて。
知って。
茜は。
許せないと思ってしまった。
――人に迷惑をかけている癖に、「生きていよう」だと。
――ふざけるな。
――お前は人の迷惑なんだ。
――早く、死んでしまえ。
しかしいくら念じようと、彼は自分の姿勢を曲げなかった。吐血しようとも、骨折しようとも、体調不良に見舞われようとも、それでも諦めなかった。
苛ついた。
そんなある日。
ゼミで構内を散歩することになり、茜が彼の車椅子を押す係となった。
茜とゼミの仲間たちは、仲良く校内を闊歩した。
都内の大学であるので、ほとんど全ての棟にエレベーターが完備されている。
エレベーターの近くに階段のある、三号館へと到着した時。
ふと。
ああ――こいつが死ねば、もう講義が中止することはないのにな。
迷惑なこいつを、私が死なせなければ。
と、そう思って。
ゼミ員と教授の目が離れた隙に、車椅子のブレーキを外そうと、足をかけた。
「ッ!!?」
が。
茜がかけた足は、若干ブレーキからズレ、車椅子の車輪に巻き込まれた。その衝撃
で、茜は後ろに倒れた。
否。
後方には、何もない。
手が、空を切る。
「あっ」
と言う間もなく――茜は階段から落下した。
*
最後にこれだけは記しておこう。
井伊正直は、医師の尽力も虚しく、集中治療室にて、令和三年の末にこの世を去った。
最後まで生きたいと思いながら、彼は死んだ。
唯澤茜は、脊髄損傷のために下半身不随となり、意識障害を抱え、死ぬことすらできぬまま、令和四年十一月十日の今もまだ、生き続けている。
早く死にたいと思いながら、彼女は生きる。
(了)
皮肉 小狸 @segen_gen
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