10.君たち、僕のモノ。

 「サイレント・ジョセスタイン。誓いの儀式を」

 サイが、父上の座る王座の前に跪き、手を取ってそこに口づける。

 そして顔を上げて立ち上がると、僕の座る椅子へと近づいてきて、同じように正面で跪いた。気づかれないようにと思いながら、緊張に震える手をサイの前へ差し出すと、ひんやりとした、柔らかい手が優しく触れる。

 そして彼の顔が僕の手に近づいていき・・・・・・柔らかな唇が、触れた。


 やった。これで、サイは僕のものだ。

 やっと手に入った。

 澄んだ夜空を思わせる美しい濃紺の髪。手を通したら、夜空が指の間からさらさらと落ちていってしまいそうだ。

 その髪に、触れたい・・・・・・。

 欲しい。この美しい男のことが――。


 ***


 この気持ちを自覚したのは、もうずいぶん昔のことだ。

 最初はただの情報として。なんでもジョセスタイン家の次男はとてつもない美形なのだとか、頭の出来が良いだとかを耳にしていたが、爵位が高いため皆が良いことしか口に出さないのだと思っていた。そのため、特に本人に対して興味を抱いたりはしなかった。

 サイレントの兄とは人脈作りのため何度か会ったことはあったが、次男とはわざわざ会う機会を設けることはしなかった。今考えれば、あの頃会っていればもっと幼いサイレントを目にすることができたのにと当時の自分を責めたい衝動に駆られる。

 そして初等部に入学する前の年に、僕の婚約者が決まった。

 一癖も二癖もアルサンドレア侯爵の一人娘、ドリータ・サンドレア。

 彼女は容姿は良いものの、箱に入れられるようにして大事に大事に育てられ、でろでろに甘やかされて育ったために、非常に我儘で傲慢な令嬢だと聞いていた。会ってみると実際そうで、サイに劣るものの見目は良いのに中身が伴わないのは勿体ないなと思った。彼女はよく言うと天然で、悪く言うと馬鹿だった。いつも自分の意にそぐわないことが起こるとすぐに怒りを露わにし、後先考えずに今の欲望を満たそうと動く。ドリータの兄のリディオの方は、同じ家の出とは思えないほど優秀な男であったことが、余計に妹の出来の悪さを感じさせた。

 初等部で時折見かけるサイはいつも美しく、皆の視線を集めていた。見られているにもかかわらずそれを気にする素振りもなく、一つ一つの所作が実に華麗で洗練されている。やはり、こんな可愛くない令嬢よりも容姿も中身も完璧なサイが、欲しい。

 どうにかしてサイを手に入れることができないかと考えていると、父上から『今度の儀式、お前も参加をしろ』と言われ、初めて“口吻の契約”に参加することになった。

 成人に達した騎士たちが一人ずつ誓いを立て、仕える王の前に跪き誓いの口付けを落とす。

 この儀式を目の当たりにした僕は、これだ!と思った。

 この儀式をすれば、サイは正真正銘この国の騎士となり、実質ゆくゆくは王となる僕のものとなる。この儀式で、サイを僕のものにできるのだ。

 サイを手に入れられたら、後はどうでもよかった。世継ぎを産むことは課せられるため婚約者は必要であるが、ドリータとは性格が合わないため離縁しても良いと考えていた。しかし、それはサイを手に入れてからである。

 それは、ドリータがサイと非常に親密な関係を築いているからである。

 聞くところによれば彼らは幼い頃からの仲であり、婚約者に決まった時にはもう親交が深まっていたのらしい。学園で目にするサイの側には、いつもドリータがいた。

 儀式の前にドリータと縁を切ると、関連してサイとの関係も保てなくなる可能性がある。今はドリータに会うという名目で、サイとも交流をもっているのだ。ドリータを遠ざけて、サイにも会えなくなるのは辛い。

 そうやって僕は、サイを手に入れる日まで着実に進む日々を、淡々と送っていた。


 ***


 だが高等部の入学式の日、僕は運命の相手である令嬢と出会ってしまった。躓き転びそうになっていたところを抱き寄せた時に目が合い、一瞬で一目惚れをした。

 『なんて、可憐な人なんだ・・・・・・』

 身体が密着しているため、自分の喧しい鼓動が彼女にも伝わってしまうのではないかと思ってしまった。

 彼女の名前はリドリータ・アイネクラインというらしいことは、後に知った。

 アイネクライン伯爵の愛人の子どもだと噂され、汚らわしい存在だと生徒たちが囁き会っていたが、そんな中でも堂々と学園に赴いている彼女の姿に感動を覚える。

 髪と揃いの薄桃色の瞳が、愛おしい。ほんのりと色づいた唇も美味そうで、目が自然とそちらへと向かってしまう。

 僕がリドリータ嬢に目を奪われていると、予想通りどこからか甲高い声が聞こえ僕の腕に手を絡ませてきたドリータが、愛しのリドリータに向かってキツい言葉を放った。

 丸く大きな目に涙を溜めているリドリータを見た瞬間、この娘を護らなければという半ば使命のような熱い想いが込み上げてきたのでいつもよりも強い口調で隣にいる婚約者を窘めてしまった。

 足を痛めたらしいリドに対し逆上したドリータが再び牙を剥き、どう対処しようかと悩んでいると、その場にサイの麗しい声が投げられた。目元を柔らかく緩ませたサイが、羨ましくもドリータの肩を撫でながら落ち着くように言い聞かせている。

 穏やかになるドリータの肩越しに、サイから鋭い視線を送られた。目元が美しすぎて、その切れ長の瞳で睨まれるとものすごく冷たく感じられる。

 これがドリータとの婚約をなかなか破談にできない理由の一つでもある。ドリータとサイは幼馴染みであるが、それ以外にもサイはドリータにぞっこんなのだ。それは端から見ていればすぐにわかる。だからこそ、ドリータに酷い仕打ちをしたらサイに嫌われること間違いなしなのだ。

 僕とリドを冷たく見下す彼の視線に、身体が凍り付いたように動かなくなってしまう。同じようにその視線を受けているリドの方を窺うと、彼女は意外にも怯えている 様子ではなかった。反対に、顔は赤くどちらかというと嬉しそうに目尻が下がっている。

 ぼんやりと観察していると、彼女が唇をわなわなとさせた直後、サイの名前を大声で叫んだ。

 どうも、彼女もサイに想いを寄せているらしい。僕と同じ、一目惚れなのだろうか。


 さて、ここで問題が発生してしまった。

 僕はサイを好きで、愛している。僕だけのものにしたいし、彼にも愛されたい。そして、今日会ったリドのことも、同じくらい好きになってしまった。この気持ちは、彼女が僕の運命の相手であるということを物語っている。

 どちらも、同じくらい好きで、同じくらい手に入れたい。

 さてどうしようか。


 そして思いついた解決法は、どちらも自分のものにするということだ。安直ではあるが、自分はそれが可能な立場なのである。サイを手に入れたとしても、彼は男であるため跡継ぎを生むことはできない。ならば誰か娶るのは決定事項で、それはドリータ以外の令嬢が良いと思っていた。

 ならば、儀式を終えサイが正真正銘国の騎士となった暁にリドにもアプローチを仕掛け、ドリータとの婚約を破棄して彼女と婚約を結べば、どちらも手に入れることができる。

 隣で癇癪を起こすドリータの、眉間にしわを寄せる不快な顔を見、僕は『あともうしばらくの辛抱だ』と自分に言い聞かせた。


 ――10.君たち、僕のモノ。


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