03.転生者、笑う。
気がついたら、私が前世夢中にプレイしていた『星降る夜の乙女』の世界にヒロインのリドリータとして転生していた。
これで、これで本当に会えるのだと歓喜で身体が震えた。
愛しのサイレント様に。
星空のような濃紺の髪、切れ長の目の下にはセクシーな泣きぼくろが一つ。唇は薄くいつも引き締められ、冷たい印象を抱かせるがその口から自分の名前を呼ばれたら、きっと天にも昇る気持ちだろう。
名前を呼ばれたい。
愛されたい。
愛してほしい。
そんな思いが溢れ出し、アイネクライン家に養子として引き取られた日の夜、自室の質の良いベッドの上でリドリータになった私は暴れ回った。
そして念願の入学式。
門を通るとき、これから私の薔薇色の学園生活が始まるのだと思った。自分以外の生徒たちは中等部から通っているらしいが、私はつい最近まで村落で生活していたため、この学園に顔見知りは一人もいない。
多少の不安はあるが、サイレントに会えることを思うと何てことはなかった。
リドリータの容姿は、ヒロインなだけあって、可愛い。
ハニーピンクの髪は愛らしさを演出してくれるし、目は二重でぱっちりと大きく、垂れ目で人を癒やす効果がある。唇は肉厚で、欲を刺激すること間違いなしだ。そして何より、胸がデカい。前世の自分の三倍はある。
前世はパッとした見た目ではなかったため、憧れの人がいても勇気が出ず告白することすらできなかった。
しかし今は違う。自分は可愛いのだ。
いざ!と心で勇みながら、私は学園に足を踏み出した。
「きゃあっ!」
入学式が終わった後、最初に登場する攻略対象者――クリスタ――と出会う場面を目指して石畳の廊下へと出た。
平民である私を蔑む視線に晒される中、巨体を持つ女子生徒に通り過ぎさま思いきりぶつかられ、思わず身体が傾いてしまう。それを見て周りの生徒はクスクスと笑っているが、反対に『ざまぁみろ』と思った。
全て、計算通りなのだ。
入学式後、廊下で巨体の女子生徒にわざとぶつかられ、固い石畳に身体を打ち付ける直前に、クリスタに抱き留められる。ロマンチックだが典型的な出会い方である。
「大丈夫かい?」
顔を打つかもっ!と少しながら思った直後、ふわりと温かく逞しい身体に抱きしめられた。
やっぱり。予想通り。
周りに薔薇の花が咲き誇っていると錯覚しそうなほどに完璧なプロポーション。倒れそうになっていたのを優しく抱き留める爽やかな王子様。
サイレント様以外はまぁまぁだと思っていたけど、少しだけ胸がきゅんとした。
かっこいいじゃん・・・・・・。
理想のシチュエーションに、周りの令嬢たちは頬を染めて溜息を零し、また一方では嫉妬に染まった目を向けられる。さきほどぶつかってきた相手なども、手本というようにハンカチを噛んでいるのが笑えてしまう。
「あっ、ありがとうございますぅっ!」
「っ!危ないところだったね。気をつけて」
上目遣いで弱々しく装い礼を告げると、クリスタは私の顔を真正面から見て思いきり息を飲み込んだ。
スカイブルーの瞳がきらめき、目は限界まで見開かれている。見取れているのか、口は隙間が空いたままだし、一向に自分から手を離す気配がない。
予想以上に上手くいったことに、私は内心ほくそ笑む。
そこで、もうそろそろ・・・・・・と思ったところでまたまた予想通り、見つめ合う二人に向かって、切り裂くような金切り声が間に入ってきた。
「ちょっと貴方!いい加減手をお離しになられたら!?」
「ぁっ、も、もうしわけございません・・・・・・」
凄い剣幕で怒鳴ってきた悪役・・・ドリータに、クリスタに見えるように顔を青ざめさせ小さな声で謝罪を述べる。
「おいドリータ、そんなキツく言わなくても良いだろう?・・・足を挫いたりはしていないかい?一人で立てる?」
しかし、未だ私の肩に手を置いたままのクリスタが、鬼のような顔をしているドリータに対し反撃をしてくれた。わかりやすくムッとしている表情に、思わず笑ってしまいそうになる。
こんなに上手くいくなんて。
これが、ヒロインと悪役令嬢ドリータとの出会い。これがきっかけでリドリータを目の敵にしたドリータが、これからの学園生活の間様々な嫌がらせを仕掛けてくるのだ。
『まぁ、私には私を守ってくれる王子様たちがいるもんねっ。』リドリータは、内心でドリータに向けて舌を出した。
「実は足首を少し捻って――」
「アンタねぇ~~!!」
甘い声を努めてクリスタに寄りかかるように身体を寄せると、ドリータがすぐにでも手を出してきそうなほどの気迫で近づいてきた。
いいわ。来なさいよ!
そう思ったとき、ドリータの後ろからその場を魅了する涼やかな声が聞こえてきた。
「ドォリィ、落ち着いて。折角おめかししたのに、勿体ないよ。ほら、笑って?」
スラリとした身体は男性らしくはないものの、女性らしくもなく実に中性的で美しい。だが187センチと非常に背丈は高い。
制服をぴたりと着こなし、品のある佇まい。切れ長の目は優しげに緩められ、薄い唇からはまるで砂糖菓子のように甘い声で“悪役”の名を呼んでいる。
怒るドリータの隣に立ち、その陶器のように滑らかな手を彼女の肩に置いて優しく宥めるその麗しいお姿に、思わず口が先に開いた。
「さっ、サイレント様っ!!?」
するとドリータに向けていた視線がこちらに向き、一瞬心臓が止まったかと錯覚を起こす。
サイレント様の目が見開かれ、『予想しなかった展開だが彼も私に一目惚れしただろう』と勝利を思った直後、その目がスンと通常に戻り、まるで警戒しているかのような光を見せた。
「どうして私の名を?」
もしかしたらまだ出会う時ではないから、自分を見ても無反応なのだろうか?と疑問に思いながらも彼の名前を知っていた理由を適当に誤魔化すと、警戒心が解かれたのか目の力が緩んだ気がした。
念願のサイレント様が今目の前にいることが信じられず、思わず熱くなった頬に両手を当てて確かめる。
「そんな、噂なんて。改めて初めまして、サイレント・ジョセスタインです。レディ」
優雅に名乗るサイレント様に、再び見取れる。心地よい中低音での自己紹介、それに憧れのキャラに“レディ”と言われたことで、私はもう有頂天になっていた。それから慌てて自分も名乗りを上げる。
「はわわわわわ!!!申し遅れました、わわ私、アイネクライン伯爵家の娘、リドリータ・アイネクラインと申します。どどうぞ、“リド”とお呼び下さい」
しどろもどろになってしまったが、笑ったりもせずに柔らかな表情で見守ってくれているところがたまらなく優しくて、好き。
「リドリータ!なんて可愛らしい名前なんだろう!!遅れてしまったが、僕はクリスタ・フォンターヌ。この国の第一王子さ。よろしく、リド」
脳みそを蕩けさせていると、隣にいたクリスタが大声で自己紹介をしてきた。この王子は爽やかだが、少し抜けている。まぁ婚約者を差し置いてヒロインと婚約をしようとするのだから、控えめに言ってアホであろう。色々と考えてからしろよ。プロポーズとか、と思う。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。殿下」
無難な返事を返しておいた。私が興味あるのはサイレント様一人だけだからね。
だから、サイレント様の向こう側にいる、何故か気配を消しているドリータの兄、リディオも私にしたら比較的どうでもいい部類に入る。イケメンだけど。サイレント様の次に好きかなぁ。顔もまぁまぁ好みだし。でも一位との差はすごいあるけどね。
「なぁに、僕のこともクリスタと気楽に呼んでくれ」
私の両手を握り、顔を近づけてくるクリスタに引きながらも適当に返事を返していると、いきなりクリスタの手が私から離れていった。
前を見ると、ご立腹のドリータが彼に腕を絡ませ、上から目線に睨み付けてきていた。
「私はクリスの婚約者のドリータ・サンドレアよ。足は大丈夫みたいね、早く目の前から消えてくださる?」
ダイレクトな言い方に言い返しそうになりながらも、口を閉じて我慢する。攻略対象者の前ではひたすら“弱々しく”、“か弱く”振舞うのが鉄則。守ってあげたい、という思いから恋に繋げるのだ。
ドリータのキツい物言いに対し、再びクリスタが彼女を窘める。
内心では高笑いしたいものだが、クリスタの言葉にサイレント様の雰囲気が穏やかなものから変わったように感じた。なんだかちょっと、こわい?
しかし顔を見ても先ほどと変わっておらず、気のせいだということにする。
再び食ってかかろうとしたドリータに、今度はサイレント様が静止をかける。ぽん、と音が鳴りそうな優しい手つきでドリータの肩に手を置き、そのままこの場を立ち去ろうとする。
今度は私がムッとした。
どうしてサイレント様はドリータの隣にいるの!?
おかしい。二人はそれほど仲良くなかったはず。
まさか、自分が転生したことによってこの世界に何らかの変化が起こったの?
一匹の蝶の羽ばたきが想像もしないような変化を生み出すのだ。一人の人間が転生したとなると、それによって起こる変化は計り知れないようなものだろう。
だが、この世界の主人公は自分。それは変わらない真理であることは間違いない。
ならば、私の勝利は約束されたもの。
サイレント様とドリータがどのような関係であろうが、必ず彼は私と結ばれる運命なのだ。
去って行く彼らの背中を見つめ、顔をピンクに染めているクリスタに話しかけられながら、私は口元が勝手に笑みを作るのを自覚していた。
――03.転生者、笑う。
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