アストラルパーティー〜幽幻探偵社活動記録〜
濱野乱
第1話 因縁のふたり
鎌倉は、源頼朝が幕府を開いた始まりの地。今では古刹の多い歴史ある街として知られる。
悩み多き者も、そうでない者も導かれるようにここにやって来る。
眉間に皺を寄せ、座禅に打ち込むこの男もその一人。年は二十代前半、顎に力を入れ苦悶している。疲れた顔をしているが、武士のように精悍で眉目秀麗、スーツの下には鍛え上げられた筋肉が潜んでいる。
彼の体の緊張は、寺の静寂を破るのに十分だ。
黒衣の住職は雑念を見逃さなかった。ぴしっ! と、彼の厚い肩に鋭い一撃が加わる。住職は一端彼から離れ、隣の人物の背後に立つ。
小柄な体にフード付きのスタジアムジャンパー、デニムをはいている。あぐらをかいた素足の指が、赤子のようにつやつやしていた。
頭がふらふらと動いて、今にも倒れそうなのが気になる。
打ち込めるものなら、打ち込んでこい。そう言っているも同然だった。
わざわざ座禅で眠るとは、あまりに無謀、野放図。和尚はやや力を込め、その背中を打った。
静寂に轟く雷のような一撃を食っても、頭のゆらめきは止まらない。むしろメトロノームのように振り幅が大きくなっている。
「ぬううん!」
和尚は自身の白い髭に手をやり、一度クールダウンするが、無意味に終わる。顔に血管が浮かび上がり、腕に力が籠もった。
放たれたのは、もはや修練とはいえない鬼のような連撃。それでもぶれない体幹に、和尚の心が先に折れた。
「これが……、解脱の境地……、仏道に帰依して五十年、ようやく御仏に出会えたか」
「いえ、ただ寝てるだけです、こいつ」
スーツの男が、メトロノームの動きを力づくで止める。
「おい、つぐみ! 起きろ」
強引に頭を掴まれ、さすがの仏も涅槃から戻る。栗色のうち向きショートヘアー、ふてくされた顔の少年が口を開く。
「なんだ、頼雅。飯の時間か」
「飯ならさっき食ったろ。頼むから俺に恥をかかせないでくれ」
「かー、団子一串で飯とはかたはら痛い。腹が減っては戦はできぬ。体力温存じゃあ。儂はここで寝る。けちったお前がぜーんぶわるいんじゃあ」
こてっと、菩提樹のブッダのように寝ころんだ。
スーツの男は耳まで真っ赤になり、住職に頭を下げた。
「ほんっとうに申し訳ありません!」
「いや、先に感情的になった方が負けだよ。それを教えてくれたと考えようじゃないか、頼雅君」
頼雅は恩師の温情に感謝した。高校時代、荒れていた彼を更正させたのは、住職だった。その信頼に泥を塗るつぐみに、頼雅の腹の虫は収まらない。
つぐみは畳でごろごろしながら、尻をかいている。と思いきや、急に起きあがった。鼻を鳴らしながら、本堂を飛び出す。
「おい……、つぐみ、どこへ」
頼雅はつぐみの後を追った。渡り廊下から、屋根に跳躍するつぐみの後ろ姿がわずかに見えた。
「はあ……、めんどくせえ!」
悪態ついても、目を離すわけにはいかない。つぐみとは因縁があるのだから。
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