20話 「戦闘準備」 アメちゃん、道中口直ししなよ

「本来なら依頼内容や報酬の提示、違約した際の決まりとか諸々と本当は書くこと話すことがあるんですが……」


「もちろんそんな時間ないんだろ?」


「はい、ですのでお願いします。ただ報酬については口約束しかできません。書面もありませんし、依頼についての最終的な承認はシルヴィアさんが行っていますから。……もし、ご希望に沿わなかった場合は私の方でなんとかしてみます」


「頼むぞ。なら場所を教えてくれ、行ってくるよ」


「あ、待ってください!それなりの準備はしてください、自分のためにも」



 ロミは肩に掛けていた服の上下一式をこちらに渡してきた。準備がいいというかなんというか……



「その恰好では目立ちます、制限区域は当然として区内でも。せめてこれを着てください」


「これは……?」


「隠れる際持ってきた物の1つで、それは戦闘装束です。もう持ち主はいないですが、異形の繊維でできた上等な物ですよ」



 上下のワンセットと黒いコートを彷彿とさせるような羽織もの。

 外だって構いやしないと、さっそくボロ着の上から全部着用してみた。羽織ったそれは首元を守るためか、襟が顎を覆うほどでかい。1本の赤いラインが襟・首元・胸・腹へと伸びているのが特徴か。


 もうちょっとファンタジックな色鮮やかな物を想像していたが、これは嬉しいサプライズになった。ただ、なんというか仮面も合わさってこれはこれで怪しいのでは……



「丈は問題ないですね。あと、『ヴィシャス』4等級事務所は人が多いことで有名です。素行の悪さと同じくらいに。なのでこれも」



 下げたカバンからは液体の入った小瓶。ポーション的なものかと思いきや、内容物は気味の悪い色をしていた。

 こういった物は異世界っぽくて最初こそテンションが上がったが、今はもうペットボトルでも見ているかのように見慣れてしまった。



「これは?」


「足が辛いんですよね。見ていれば分かります」



 彼女の観察眼が鋭いのか、俺が隠すのが下手なのか、ティナの目が悪いのか。

 何にせよ能力を行使しすぎて跳躍は使えない状態だった。



「まぁ……」


オーバーアップ限度額の増額と言います。一時的ですけど能力発動時の負担が減り、今の疲労にも効きます。強い薬なので常用するものではありませんが全部飲んでください。役に立ちます」


「体に良くなさそう色をしてるな」



 仮面を外して飲み干した。一気に飲んだことを後悔しそうだ、いや後悔した。

 胃のねじれるように動く感触が吐き気を誘い、空っぽの胃袋からなにかを捻出しようと頑張っている。なにも食べてなくて良かった。



「ぅ”う”ぇえ”」


「あはは……味も見た目通りですけど、ちゃんとした商品ですから安心してください」



 愛想笑いをしながらロミが空の瓶を受け取る。


 常用するような物ではないことは確かだ、だがこの即効性には驚いた。

 先ほどまでの攣ったような痺れる感覚は次第に和らぐ。

 薬なんて効果さえしっかりしていれば、味は二の次でいい。おいしさを楽しむもんじゃない。



「じゃぁ、あたしからはこれあげる」



 ティナがポケットをまさぐっては、俺の掌に小さな小包をひょいっと渡してきた。



「なんだこれ」


「8区で買ったアメちゃん、道中口直ししなよ」


「…………どうも」



 一通りの準備が終わったのだろう。仕切り直すようにロミが喋り始める。



「ティナさんの件が片付くのが1番の理想です。でも最優先はシルヴィアさんの安全を確認すること、そして危険であれば連れてくること。これが目的です。」


「救出ってことだろ、分かった。じゃぁ、ティナの件とやらが片付いたらボーナスな」



 この際だから色々と吹っ掛けてみた。軽く聞こえるだろうが金が必要で、拾える小銭は拾っとくつもりだ。当然、危ない橋を渡るつもりはない。できる範囲でことを起こすことが長生きの秘訣だろう。



「私に払える額であれば、断る理由はないです。頼んだのはこちらですから」



 意外と素直だな。もっと渋ったり形式ばって来るかと思ったが……

 こういった物を用意して渡した時点で、向こうも頼む前提だったのだろう。



「大丈夫、目的を逸脱する気はない。優先はシルヴィア、欲をかいて失敗はしない」


「最後にシルヴィアさんの視界で見えたのは『ヴィシャス』4等級事務所の看板、つまり事務所前です。相手方との話をつけに向かいました。その後は私も見ていなかったのでなにがあったのかは分かりません。これが現在の状況です」


「質問。1等級だろ?危険な目にあうもんなのか?」


「ここ数日は指輪の件で色々ありました、もちろん戦闘も。そして昨日の指輪確保の後はその依頼の処理をしていましたから、ちゃんとした休息もとっていません。そのまま今日はティナさんの追手相手にずっと戦っていました。このままでは切りが無いと、交渉の卓へ出向いたんです」



 隣で立っているティナが申し訳なさそうな顔をしていた。

 相手の都合なんて知りようがないから仕方ないんだけどな。しかし彼女も随分とでかい借りを作ったもんだ。あとで絞ってやるか……、なんてな。



「シルヴィア、初めて会った時は涼しい顔してたくせに……。ロミも大変だったろ、激務だな」



 慰めにもならない言葉を言ったが、かなりしんどい日を過ごしてきたのだろう。

 立場で言えば、俺もそう変わらないが。



「はい、ですが公平な負担とは言えません。いくら1等級とはいえ、そんな状態の彼女に何があってもおかしくはないんです」


「理解したよ」



 先ほどの吐き気は一時的なものだった。

 仮面を再び身に着けると大きく深呼吸する。自分が今、少し緊張しているのが分かる。



「救出方法はお任せしますが、なるべく確実な方法を取ってください。もし必要であれば『箱潰し』して構いません。できれば避けたいですが」


「箱潰し?」


「活動できないように事務所を潰す、文字通りの意味です。死者や怪我人が多数の事務所は活動できませんから」


「なるほど……手荒い方法ってわけだ」



 事務所を移ることが『箱替え』なら、潰すのは「箱潰し」か。

 梱包とかもあんのかな……。



「これはシルヴィアさんが無事であり、尚且つ戦える状態である前提の方法です。むこうは数が多い上、なにより2人が危険に晒されるので避けてください。そういう手もあるという1つの手段として、頭の隅に入れておくだけでいいです」


「あくまでも方法の1つ……か。分かった」


「これが目的の事務所の位置です。持って行ってください」



 ロミが少し大きめの紙を渡してきたので大事に受け取る。ガイドマップを雑に破ったのだろう。そこには現在地と事務所の位置に印が書かれていた。



「8区にあるんだな。跳んでいけばそうかからないはずだ」



 紙を折りたたみ手袋へしまうと、ダッシュは足の状態を確かめるように屈伸した。



(足の具合は悪くない、あの薬は一時的なものって言ってたな。さっさと行った方がいいか)


「だいぶ時間を食いましたね。ダッシュさん、……お願いします。」



 言い終わると、ロミが軽く頭を下げてきた。



「じゃぁ、早速……っ!!!」



 なぜだろう、巻き込まれたっていうのに少し気分が良かった。

 何にこんな期待をしている?報酬?出会い?

 住む場所が無くなったというのに、見つかるかもしれないというのに。

 この不安を霞ませるのは……なんだ?



「がんばれよー!」



 ティナの気の抜けるような応援を背に、ダッシュは軽い助走の後に空へ舞った。

 目指すは8区。


 9区の南に位置するそこは、彼も行ったことがない場所である。

 区章は『倒れた人の上に立つ富豪』




 ―――――――





 ―――――





 ――




 ダッシュが飛び去るようにいなくなり、残された2人は暫し会話する。



「『箱潰し』なんて、結構怖いことやるね~」



 ティナがロミの顔を覗き込むようにして意地悪く言い放つ。


 『箱潰し』は咎められないとはいえ、好まれる事はない。同業からすれば危険な存在として警戒すべきであり、依頼する側も「厄介に巻き込まれる」と避けるからだ。



「もちろん私達にも評判がありますからやりたくありません。ですが、伝えておけば彼も自分が危険な目にあった際、変に相手を気遣うこともないと思うので」


「出会って間もないけど、ダッシュはいい奴だよ。あんたの言う通りあたしを助けてくれた。迷惑かけたのに「気にすんな」ってさ……。あたしの事務所に、そういう奴は居なかった……」


「なら戻ってきたときはもう一度、ちゃんとお礼を言うべきです」


「そのつもり。でも……そういう奴から死んでいくからね。この都では……」



 ティナは良く分かっている。いい奴ほど早く死ぬ。それが自分を助けてくれた者だった場合、酷く落ち込む。だから彼女は軽いのだ。失った時に苛まれる傷を抑えるために。



(大事なものは少ないほうが生きやすい……)



 暗いティナの顔を横目に、ロミは澄み渡る空に向かって言い放つ。



「シルヴィアさんの件は、正直断られると思っていました。その場合は私が行くつもりでしたから」


「あたしの弟を放って?」


「本当はここまでする義理もないんですよ。まだ事務所移行の手続きは済んでませんし、すごい仲のいい人って訳でもないんですよ、ティナさんは」


「知ってるよ、だからすごく感謝してる……。ダッシュにも、あんた達にもね」


「なら言っておきますけど、もしもの場合ティナさんにも報酬を出してもらいますから」


「う”ぇ”!?」


「当たり前ですよ。あとティナさんのそれフード臭いにおますよ?また吐いたんですか?」


「おまっ!%$”!’$%”%”’%##!!」



 ギャーギャーとうるさい彼女の声は届きません。

 それぞれに大事なものがあるんです。ティナさんには弟が、私にはシルヴィアさんが。彼やシルヴィアさんは一体何が大事なのでしょうか……。



「……頼みましたよ、ダッシュさん」







 こうして、『厄災』は放たれた。

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