19話 「彼女の様子」 あぁー、ほらやっぱり

「すげぇな……、宿屋っていうからもっとこう、こじんまりしてるのかと思った」



 目の前に荘厳と建つそれは宿屋じゃない、さながらホテルのようだった。14階建ての建物をぐるっと庭園が囲み、日よけのために作られたの彫刻柱と屋根が印象的だ。その奥には来客を招くような使用人が4名ほど立っている。



(2等級でこれなら1等級はどうなってるんだ?)


「こんなとこに匿ってもらえれば、手が出せないだろうな」


「ふん、甘いね。命知らずは金のためなら容赦なく突っ込んでくるよ。そうして行方を晦ますんだ」 



 ティナは腕を組みながら鼻をならして、呆れたように言う。

 呆れもするだろう、それじゃまるで悪質なテロみたいなものだ。



「えぇ……、イかれてんな。いくらタブーを破ったってこんな所まで追いかけてくるなんて普通じゃないぞ?お前と弟は重要人物かなにかかよ」


「あたしもこんな所に匿うなんてびっくりしたよ。でもシルヴィアが『格の違いを見せるなら手は抜かないわ』なんて澄ました顔で言うんだもん」



 声を似せたつもりなのか、雑なシルヴィアの物真似はどこか滑稽だった。



「お前の物真似、本人の前で見せんなよ。バカにしてると思われるぞ」


「うるさいなー、大きなお世話だよ」


「さて、俺はここまでだ。何ともなくてよかっ……」

「ティナさん!!」



 奥から誰かが駆け寄ってくる。身構えようとしたが、その必要はなかった。



「ハァー……フゥー……10階から降りるのはっ……ハァー……大変ですね!」



 茶髪を揺らす彼女はぜーぜーと息をするのはいつぞやの盗み見する女。

 俺はこいつが怖い、監視されているかのような気分になるその能力が。



「ロミ!あんた弟を置いてきたの!?」


「大丈夫ですよ、建物内と周囲に不審な人たちはいませんから。弟さんもほら!私の犬と一緒に寝てますよー、可愛いですね~」


「まぁ……無事ならいいけど」



 水の滴る布と彼女はもうセットだな。また目に押し当てては、口元がニヤニヤと笑っている。やっぱり不気味だ。

 なぜここに来たのか?なんてもう聞かない。どうせ見られてたんだろう。

 指輪の時もそうだ、パッと現れた。意外と行動派のようだ。



「ダッシュさんもありがとうございました。色々と大変でしたね」


「お気遣いどうも、大したことはしてないけどな」



 本当に大したことはしてない。自分の都合で戦っただけで、ここまでの道中は何もなかった。後は無事に制限区域から抜け出して、スラムの問題を片付けるだけだ。

 行く当てはないが、出ていかなければならない。



「じゃぁ後は任せた、ここには長居したくない」


「あの、不安なことが1つあります……。ティナさんの事務所を相手にしてるシルヴィアさんですが……その、視界が見えないんです」



 先ほどまでとは違い、重々しい口調になった。



「見えないって、能力が効かないとかか?」


「いえ、目を瞑っているのか視界が見えないんです。それもずっと……」


「待って!?あいつ1等級でしょ!死んじゃったとか言わないでよ!?」



 口をはさむようにティナが横入りしてくる。


 そういえば死んだら困ると前に言ってたな。まぁ自分が雇われる前に雇用主がいなくなったなんて洒落にならない。ていうかシルヴィアって1等級なのか……。よく俺はそんな奴に対して殺そうとか息巻いてたな……。命知らずってあんな感じなのか、人のこと笑えない。



「それは無いと思います。死んでいたら私の視界傍受はできません。寝ているとも考えられませんし、何があったのか分からないんです……」


「それは心配だな。様子を見に行けばいいんじゃないか?」


「弟さんもいますし、私とティナさんはここを動けません。まだ何が起こるか分かりませんから」


 

 失言したかもしれない。この流れは嫌な予感がする。



「それで不躾なんですが……ダッシュさん。見に行ってくれませんか?」



 あぁー、ほらやっぱり。なんかそんな感じしたんだよな。

 こいつらと会ってから死にかけるようなことばっかりだ。情もあったとはいえティナを助けたのは、あくまでもそうせざるを得ない状況だったってだけだし。

 確かにシルヴィアは、俺の能力を知っても黙っててくれて普通に接してくれたけど、別に恩がどうこうって訳じゃない。第一バレるようなリスクは避けるべきだ。


 まただ……。助けようとするとまた考えてしまう。

 そして締まる、首が……。切り捨てなきゃ駄目だ……。

 奪うって決めた時は簡単だった、自分の欲に従えばいいから。

 こんな自分を騙す動機が欲しい。

 


「金……」



ダッシュは下を向きながらぼそっと呟く。


指輪の時は我慢したんだ。今は幾らか貰っても罰は当たらないだろう。



「え?」



ロミはきょとんとしながら、すかさず聞き返す。



「報酬払うなら……やってやるよ。ちょっと入り用でね」


「確かに、稼ぐチャンスかもよ~」



ティナめ、自分に言われたときは舌打ちしたくせに。

今は俺を煽るのかよ……。

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