番外章 青の衝動

ズィルマの地下で広まるブルーフィルムを、ファルンが断つ!

第064話 青の衝動(1)

「……ファルン、ただいま戻りました」


 年明けの朝。

 政財界人の年越しパーティーに出席していたファルンが帰宅し、その足で書斎のドアを開けた。

 中で待つのは、ファルンとフィルルの父、ヴァーツ。

 本棚を向いており、入室したファルンへ広い背中を見せている。

 そして、読書用の机の上には一台の映写機。

 フィルムをセット済み。


「おや父上、年始休暇は映画三昧ですか? そう言えば、未見のフィルムが積んでいるとボヤいていましたね。ハハッ」


「残念ながらファルン、仕事の話だ。それも、かなり面倒な……な。ふぅ……」


「おやおや。新年早々仕事に、父上のボヤきですか? なにか理由をつけて、もう一泊してくればよかったなぁ、ハハッ。で、もしやそのフィルム絡みです?」


「ああ。年明けの朝っぱらから、見せるものではないんだが……まあ見てくれ。あっと、ドアの鍵は締めてくれよ」


「フィルルに見られてはまずいもの……ですか? 案外、ブルーフィルム(※裏流通のアダルトビデオ)だったりして……フフッ」


 ──ガチャリ。


 書斎のドアが内側から施錠。

 同時にヴァーツが映写機を起動。

 カタカタと音を立てて、渦巻き状に巻かれたフィルムが回転。

 コマ切れの映像を、回転によって次々と投影することにより動画が生じる。

 向かいの白い壁で流れ出す、モノクロの無声映画。

 カメラに向かって作り笑いでたどたどしく話す、二十歳前後の糸目の女性。

 ほどなく映像左手から、ガタイのいい全裸の男が現れ、女性の衣服を脱がせる。

 そしてベッドの上で始まる、男女の絡み──。


「……これはこれは。本当にブルーフィルムでしたか。なるほど、フィルルに割り振れない案件ですね」


「ファルン、どう思う?」


「そうですねぇ。わたしは映画は、これから音声同期トーキーが主流になると考えていますが……。案外こうしたブルーフィルムから、その動きが強まるかもしれませんね。出演者がセリフを覚える必要もなく、音声が与えるインパクトも強い。映像と音声が多少ズレても、気にする客層でもないでしょうし」


「だれもおまえの映画評論など、聞いとりゃあせん。この映像を見て、なにか気づくことはないか……と言うておる。……おっと、このフィルムは警察からの借り物だから、葉巻はまずいか」


 習慣で葉巻を咥え、マッチを擦ろうとしたヴァーツ。

 発火直前でその手を止め、唾液で湿っただけの葉巻を灰皿に置く。

 紫煙はフィルムを著しく劣化させるため、そばでの喫煙はご法度。

 その間映像を見ていたファルンが、問いに答え始める。


「……まず、無修正の違法なもの。そして、このズィルマの地で売りさばくために撮られたもの。加えてこの糸目の女性は、挙動から見て、望まず出演していること……ですか」


「そうだ。細い目……糸目が美しいとされる当ズィルマでは、ブルーフィルムの出回りはすこぶる悪い。なにせ出てくる女性の大半が、世間受けするお目々ぱっちりタイプだからな」


「眼鏡と同じく、ズィルマはブルーフィルムの空白地帯……。そこに目をつけた闇業者が作ったフィルムがこれ……というわけですか」


「うむ。幸いこのフィルムについては、流通前に摘発できた。無理やり出演させられた女性は、夫の借金の肩代わりに……だそうだ」


 ヴァーツが苦々しくつぶやく。

 ファルンは一旦映像に背を向け、映写機が置かれた机に歩み寄った。

 そして先ほど吸われなかった葉巻を手に取り、ヴァーツに咥えさせて着火。


「だったらこのフィルムも、世に出ることなく焼却処分ですね。ならば葉巻を遠慮する必要もないでしょう」


「……それもそうだな。ふーっ……」


 息子の言葉に納得しながら、ヴァーツが遠慮なく煙をくゆらせ始める。


「……ファルン。おまえのことしの初仕事は、このフィルムを作った組織を炙り出すこと。警察が摘発したのは販売窓口のフロント組織で、撮影をしている本組織は野放し。大手を振って、このズィルマの地にいるようだ」


「ずいぶんとまた、アバウトな情報ですね……。その組織の手掛かりはないんですか?」


「いまのところ。足跡一つない」


「……なるほど、道理でわたしに話を振るわけです。フィルルがこの話を聞けば、『わたくしが囮になって組織のスカウトマンを捕らえますわ! オーホッホッホッ!』なんて言いだしますからねぇ。ふぅ……」


「囮作戦か……ふむ。手掛かりがないいま、それもアリ……だな」


「えっ!? 父上はフィルルを……自分の娘を、撒き餌にするつもりですか? 非合法組織を相手に」


「いや。餌にするのは息子だ」


「……はい?」


 父の意味不明な発言に、きょとんと薄く目を開くファルン。

 ヴァーツは片目を見開いてニッと笑い、大きく煙を吐いてみせた──。


「おまえの彼女の一人に、女装の専門家がいるだろうが。なあ?」

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