第055話 十六落命奇譚(12)

 ──スタッ!


 フィルルは宙で体のバランスを整え、「刃の木」を避けて足から着地。

 ライカはその様を見下ろしながら、頬の傷を親指の腹で撫で、人間より少し長めの黒い舌で舐め取る。


「フン……やるじゃん。でも回転してる鎌を掴むの、命懸けだったっしョ?」


「まあまあの博打ばくちでしたわね。ですが刃は回転の内側。外側を上下から挟むように掴めば、リスクは低いと考えましたの」


「へえ~、アドバイスどうも。じゃあ、武器アレンジしちゃおっかな~♪」


 ライカは手中の七本の大鎌を束ね、一本へと融合。

 その刃へ手を添え、ぐにゃりと飴のように延ばして反らし、外周のみに刃がある直径二メートル弱の輪っか状の武器を作りだす。


「な……なんですのっ!? その異様な形状の武器はっ!?」


「チャクラムっていう投擲とうてき器。ここらの土地じゃあ出回ってないから、知ってたら自慢できるよ~? まあ、自分の肉体に戻れたらの話だけど。アッハハハ!」


 ライカは刃から分離した大鎌の柄を、チャクラムの内側へと入れ、左右に振る。

 まるで大道芸のように、柄の先端付近でチャクラムが高速回転。


「ほらよッ! これ掴めるもンなら掴んでみなッ!」


 水平に回転するチャクラムがブブブブブ……と、大型のトンボの羽音じみた音を鳴らしながら飛来。

 フィルルを真正面から襲う。


「くっ……!」


 その場での垂直の跳躍でかわそうと考えたフィルル。

 しかし踵が上がったところで足を止め、つま先の踏ん張りでそれを思いとどまる。


「……ダメっ! こっち!」


 急遽全身をべったりと地に着け、伏せによる回避を選択。

 四肢を広げて限界まで体高を下げたフィルルの上空を、チャクラムが高速で通過。


 ──ガキィン!


 フィルルの背後にあった「刃の木」。

 それに当たったチャクラムが跳ね返り、再びフィルルの上空を通過。

 ライカが持つ大鎌の柄へと、速度を緩めながら戻っていく。


「おーおー、いい勝負勘してるじゃん! 垂直ジャンプでかわしてたら、着地中にうしろからバッサリだったねェ? アハハハッ!」


 フィルルは身を起こしながら、逆転のきっかけを模索。

 煽りを聞き流して、チャクラムの軌道に注目。


(あの武器……。投擲とうてき時はものすごい勢いでしたが、戻るときはまるで手繰り寄せるように緩やか……。実は鎖鎌のような構造で、あの柄と刃の間に、見えない鎖のようなものがあるのやも……)


 脳内で巡る思案。

 その渦の中から、男児の温かく力強い声が湧き出てくる。


『──フィルルさん』


(……えっ? その声……アッザくん!?)


『フィルルさん、はね使わねーの? 蟷螂女とうろうじょはカマキリの妖怪だから、はねあるんだよね?』


(アッザくん見てますの!? この戦いを……見ていますのっ!?)


『まあ、蟷螂女とうろうじょは飛行能力あんまないっぽいから、頼りっきりは危ないけどさ。せっかくの能力スキル、使わなきゃ損だぜ!』


(わたくしに……はね? 剣のこともありますし、アッザくんがそう言うのであれば、この夢の中ではわたくしに……はねがあるのですねっ!?)


 フィルルの問い直しに、アッザの返答はない。

 しかしフィルルは、それで十分に確信を得た。


(アッザくん……。ご自分も病気や体力の限界と闘っているのに、わたくしに声をかけてくださったのですね……。ありがとう、わたくしのかわいい婚約者。なれば……わたくしも絶対、負けませんわっ!)


 フィルルは闘気を新たにし、左右の双剣へ手を添えて抜剣の構え。

 ライカは柄を左右に振りながら、チャクラムのスピードを蓄積中。


「おうおう、なに戦いン中ボーっとしてんだい? なんか奥の手出してくんのかと、警戒しちまったじゃねーかァ?」


(……アッザくんの声は、わたくしにだけ届いていたようですね。いま背中にあるというはねは……。ここぞという場面での、切り札ですわ!)


「ま……おかげで、チャクラムのがマックスなったけどねぇ! これよけんの、大変だと思うよ~! アハハハッ!」


 ──ブブブブブンッ!


 空気を震わせる音を鳴らしながら、チャクラムが水平の回転で飛来。

 空中で大きなカーブを描いたのち、フィルルの右斜め前方から迫りくる。

 斜めの姿勢では避けにくいと、フィルルはとっさに判断。

 チャクラムへ体の正面を向ける。


「ハアッ!」


 前方に駆けながらの低い跳躍で、チャクラムを回避。

 すぐに地上で動けるよう、ギリギリかわせる高さの跳躍で滞空時間を抑える。

 背後からの跳ね返りを警戒すべく、空中で身を捻る。

 左右と後方に「刃の木」がある位置へ着地したフィルルの目に映ったもの。

 それは、「刃の木」に当たった衝撃で角度が変わり、垂直の回転で地を走ってくるチャクラム。

 あたかも、昨日の暴走自動車のように──。


大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュっ!? いえ……ダメっ! 間合いに「刃の木」が三つ! 威力ががれますし、破断した刃が飛び交って危険!)


「アーッハッハッハッ! 絵に描いたような絶体絶命ッ! 前後左右、どこへ逃げても刃だらけ。あとはもう、死ぬ方向選ぶだけじゃん? あ、じんって手もあるかァ! ハッハー!」


(でしたら……はねで跳躍っ!? いいえっ、回避には使えませんっ! はねはライカを倒すための奥の手! ならば……)


 フィルルは鞘ごと腰の双剣を抜き、垂直の回転で迫るチャクラムへと駆けだす。


「この状況での活路! それは『前』ですわっ!」

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