第053話 十六落命奇譚(10)

「……ああ、ズロップ病じゃあ長すぎンね。だったら『ライカ』で」


「……ライカ」


「ライズロップ家の男は、みーんなアタシのモノなんだよ! それも……少年と大人のはざまの、一番美しい時期の坊やがね! その魂を美味しく弱らせてから奪っちまうのが、アタシの楽しみでもあり、長寿の秘訣でもあり……ってわけさァ!」


 ライカがゆっくりと、フィルルを中心にして弧を描くように歩く。

 その弧はまるでコンパスで描かれたような、乱れのない正円。

 フィルルの体は、中心点であるべきと命じられたかのように、硬直して動かない。

 卑しい笑い声交じりの、ライカの語りが続く。


「医術の進歩……っての? それに加えてあの眼鏡医者、なかなかの腕でさァ……。アタシもそろそろ、攻略されそうなんだよねェ。アンタのせいで、アッザの免疫も異常に活気づいてるしさァ……」


 ライカの肩越しに見える地平線の、朝焼けのような光ともや

 その中の随所で、炎のようなオレンジ色のゆらめきが立ち上り、周囲の青紫の光を同化させていく。


「だからアンタが斬り刻まれる悪夢をアッザに見せて、手術中に免疫ガッタガタにすんのさ! ついでに眼鏡医者の自信も、根元からぼっきり折ってやんよ! アタシにメスを入れようなんて、子々孫々思わないようにねェ!」


「ほぉ……。いまのを言い換えれば、ここでわたくしがあなたを倒せば、アッザくんの手術は成功確定なわけですね?」


「ああ~ン? ナニ言ってんだい? ここはアッザの夢の中。つまりアタシの世界。アンタはアッザの記憶の断片。アンタは身動きできず、ただ斬り刻まれるだけさ!」


 ライカが右手だけで、大鎌をバトントワリングのように勢いよく回転させる。

 殺気を感じ取ったフィルルは、条件反射で腰の双剣へ手を回した。


(……いけないっ! 剣は暴走車を止めるときに壊れて…………えっ!?)


 ──チャッ……。


 フィルルの両手に触れる、剣の柄の固く冷たい感触。

 失ったはずの愛剣が、腰の左右に下がっている。


(剣が……なぜ? もしやいまのわたくしは、あの暴走車のタイヤを破断した時点の姿? アッザくんの記憶に一番強く刻まれているのは、大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュを放っているときの……わたくし?)


 口角を上げ、不敵な笑みを浮かべるフィルル。

 両手の親指で鞘のロックを強く弾き、左右同時にすばやく抜剣。

 右手の剣の切っ先を、ライカへと向ける──。


「……では、わたくしが人ではなく、あなたと同じであれば、自由に動けますのね?」


「なにッ!? テメェ……なぜ動けるッ!?」


「不本意ながらアッザくんは、わたくしのことを妖怪だと信じきっているようです。彼の夢の中では、わたくしもあなたと同じ人外。自由に動けるというもの。そう、わたくしは……妖怪・蟷螂女とうろうじょっ!」


 名乗りと同時に全身の関節を縮ませ、大技の始動に入るフィルル。


「アッザくんの肉体のみならず、精神まで蝕む病魔……。そのただれた癒着……この蟷螂女フィルルが、徹底的に破断いたしますっ!」


「他人の夢ン中で動ける人間たァ……おもしれェ! テメェのその体……いや精神、ズッタズタにしてやんよッ! 恐怖で精神崩壊させてェ……。テメェの肉体ボディー永遠に眠らせてやっからな!」


 ──スッ……!


 ライカの体が、直立のまま宙へと高速で浮揚。

 地上一五メートルほどの高さから、フィルルを見下ろしてくる。

 フィルルは大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュでも届かぬと見て、一旦構えを解除。


「くっ……! あれでは、さしものわたくしのリーチも及びませんわ。下りてきて、正々堂々戦いなさいなっ!」


「ぷっ……! 正々堂々……アッハハハハッ!」


 ライカが宙で体を「く」の字に曲げて、腹を抱えて大笑い。

 かと思えば、すぐに怒りに満ちた形相になり、ひん剥いた目玉でフィルルを睨む。


「……バカ言ってんじゃないよ! テメェが動けたところで、一方的に斬り刻まれるのは変わんねーんだよ! 処刑にちょっと面白みが増すだけさッ!」


「ですがそこからでは、わたくしを斬り刻むことも叶わぬでしょう? できるのはせいぜい鎌の投擲とうてき。それもわたくしが受けて終わり。下りてこなければ、手術が順調に進むだけですわ。いかが?」


「ハァ~? だれがこの死神の鎌デスサイス、一本キリだって言ったァ? ア~ン?」


 両掌で死神の鎌デスサイスの刃を挟みこみ、スッ……とスライドさせるライカ。

 あたかも扇が開くかのように、刃が複数枚に増殖──。


 ──シャラララララララッ!


「ま……とりあえず、八本あればいっかァ!」


「えっ……うそぉ!?」


「マ・ジ♪ さあて……何投目まで持つかねェ!? アッハハハハッ!」


 まったく重さを感じさせずに左手に握る、八本の大鎌。

 ライカはその一本を右手に取り、縦方向に回転させながら投擲とうてき──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る