第006話 運命は浅葱色の鱗粉とともに(4)
──思考を巡らせるあまり、
その感触がきっかけでふと、とある昆虫の姿形を脳裏に思い描いた。
「ん……カマキリ! わたくし双剣の使い手ですから、両手に鎌を持つカマキリが好き……かも……しれませんわ……ね! オホッ……オホホホッ!」
「へえ……カマキリ! 女性ですからやはり、推しはハナカマキリですか? それとも小さなコカマキリ? ハラビロカマキリの幼体も、丸っこくてかわいいですよね。それともやっぱり……王道のオオカマキリ!? 美しさで言えばケンランカマキリですが、あれは生態がゴキブリに近いですし……」
「は……? あ、いえ、その……。カマキリは……カマキリです……。アハハ……」
「なるほど。種全体推しですか。懐が広い
「それほどでも……オホホホ。ところでカイトさん、ケガをされているのでしょう? 馬車で病院へお送りしますわ。かかりつけの良い医者がいますの」
「いえ、けっこうです。こんな立派な馬車を、僕で汚すわけにはいきません。それに、大した傷でもありませんから。虫探し中にもっとひどいケガ何度もしてますし、この細身でも、意外と頑丈なんですよ。彼らの暴力くらい、平気です。ハハッ」
いまの言葉を受け、フィルルはあらためてカイトを見る。
ズボンの膝とシャツの肘に泥、そして各所に暴漢たちの靴の足跡があるものの、ケガの様子は見て取れない。
(なるほど……。本の虫のようでいて、男としての強さ、胆力はしっかりある……。あとは……この問題さえ、クリアーできれば……!)
フィルルは普段から閉じているように見える糸目を、さらにギュッと閉じて力み、意を決してカイトへと問いかける。
「あ、あの……カイトさん? 再度のつかぬことで、恐縮ですが……。わたくしの目の印象……どう思いますか?」
「目……ですか?」
「ええ……。このズィルマでは、目は細いほど美しいと、されているのですが……。東西を長く旅しているカイトさんからは、いかに見えるかと思いまして……」
──ごくり。
フィルルは生唾を飲みこみながら顔を上げ、カイトと瞳を合わせる。
上下の唇が接しているあたりがムズ痒くなり、頬は焦げるような熱を帯びる。
いまにも顔を反らしたい羞恥心を押さえつけながら、カイトの返事を待つ。
カイトはフィルルの顔がうっすら映りこんでいる眼鏡越しに、瞳を笑わせた。
「……美しいですよ、僕の目にも。その優しげな瞳による笑顔、世の女性の笑顔の、何倍もすてきです」
(きゃあぁああぁああぁ! 最大の懸念……解消っ!)
「なにしろ僕は、見ての通りの変人ですから……。笑顔がすてきな女性と、こんなに長くしゃべったのは初めてで……ずっと緊張し通しでした。これ以上一緒だと、変なことを口走ってしまいそうなので、ここらで失礼します」
「えっ……あ……あの……。また……お会いできますか?」
「……数日は、ここらの安宿に身を置きますので、ご縁があれば。もっとも、森へ入っている時間が長いのですが……ハハッ」
「そうですか……。ではもし、偶然また会えましたら……。お食事につきあってくださいませんか? 旅の話、虫の話……。拝聴したいですわ」
フィルルは「主に旅の話のほうを……」と、心中でつけ加える。
身を翻しかけていたカイトは、上半身をフィルルへ傾けて返答。
「ええ。そのときはぜひ。ああ……先ほど、結婚云々の話がありましたが……」
「……はい?」
「もし僕のような男でも、結婚できるチャンスがあるのなら……。フィルルさんのように、いつも笑みを湛えた女性がいいなと、思ってしまいました。ハハ……やっぱり変なこと、口走っちゃいましたね。それでは、これにて」
今度こそ踵を返し、長い脚と細い背中を見せながら立ち去るカイト。
その後ろ姿を真っ赤な顔で見つめるフィルルの頭上では、アサギマダラが弧を描いて旋回していた──。
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