第23話 お勉強

『特訓。するわよ』

「……そんな気分じゃない」

『じゃあ座学ね』


 座学も気分というわけではなかったものの、特にやることがあるわけではないソフィアが押し黙る。それを肯定と捉えたのか、トトは精霊に関する情報を詰め込んでいく。


『精霊ってのは力が強い者ほど強く賢くなるわ。アタシくらいになれば人間に合わせてあげる寛容さもあるけど、普通はそうじゃないの。『お前らが俺に合わせろ』みたいな奴が多いのよ』

「合わせるって何を?」

『まずは言葉ね。ソフィアが知っている中で一番古い言葉は何?』


 家庭教師に詰め込まれた言葉を頭の中で思い返す。言葉そのものではなく、それが使われていた国や地域、その歴史を思い起こすのは面倒だったが、それでも何とか答えを絞り出す。


「多分だけど古ノルド語」


 古い文章なんかに使われる言葉で、現在では日常的に使う者がほとんどいない言語だ。


『なら、それを使うことで『あなたを尊重してますよ』ってのを示すわけよ』

「本当にすごく古い言葉よ。伝わるかしら」

『ほぼ確実に。精霊が強大な力を得るのにかかる時間は、木の種が大樹になるよりもずっと長いもの』


 気の遠くなるような話である。


『あとは、礼儀ね。さっきも言った通り、なるべく礼儀を払うのが定石よ。『古く強い』は古ノルド語では何ていうの?』

「いと畏き、かしら」

『ならばいと畏き精霊、と呼び掛けなさい。あとは人間と一緒。望みを伝えたり、相手の言い分を聞いたり』

「その程度で良いの?」

『強いて言うならば、意思を強く持つことね』


 普通の精霊は、自然に存在する指向性のない星幽アストラルを糧にして生きる。

 しかし、エルネストに憑りつく竜ほどの存在となれば、相手の意思など関係なく星幽アストラルを引きずり出すことが可能なのだ。


星幽アストラルは生命や精神の根源。全部を引きずり出されたら気を失ったり、最悪死んじゃうかもね』

「死んじゃうってそんな簡単に!」

『だから意識を強く持ちなさいって言ってるの。自分の精神を他の誰かに左右されないだけの芯を持てばいいだけなのよ。で、あとは誠実な対話ね』


 あまりにも即興的アドリブな対応だ。


「誠実にって」

『相手を侮らず、馬鹿にしない。大切なことよ? 邪な気持ちで星幽アストラルが濁ればすぐに見破られちゃうからね』


 言っている意味はわかるが、座学と言えるほど学べることがない。

 かと思えば、今度は理解することすら難しい注意点が告げられる。


『強いていうなら、感情を全面に出すのが良いかしら。強い感情には星幽アストラルがたくさん含まれるから、言葉にも力が宿るわよ』

「どうすれば良いのよ、それ」

『繰り返し練習』


 身も蓋もない言葉にソフィアが溜息を漏らせば、トトはカラカラ笑った。


『御子は精霊にとっても特別な存在だから、マナーがきちんとしてれば話しかけた瞬間に消し炭ってことはないでしょ』

「脅かさないよ!」


 カラカラと笑うトトを睨むソフィアだが、短く気安いやりとりに心が軽くなったのは確かだった。


『ソフィアは御子としての訓練をずっと拒否してたけど、精霊を追い払うこともできるし、かなり優秀なはずなのよ』

「そうなの?」

『そうよ。リディアが精霊に触れるようになったのはソフィアよりずっと年上になってからだもの』

「意外」

『だから、本当なら見えてるはずなんだけどね』

「竜の精霊のこと?」

『それもそうだし、身近なところにもう一体いたのよ』


 奥歯にものが挟まったような物言いに詳細を訊ねるも、トトははぐらかしてしまった。


『契約してくれたら教えるけど』

「絶対無理!」

『でしょ? だから諦めなさいな』

「なんでそんなに契約に拘るのよ」


 ジト目でトトを睨めば、額をこつんとつつかれる。


『精霊には精霊のルールってのがあるのよ。基本的に精霊は他の精霊にちょっかいかけちゃ駄目なの。アタシが竜のことを教えたのだってかなりギリギリだったんだから』

「そうなの……?」

『ええ。契約者なら話がかわってくるんだけどね。こうやって色々教えてあげてるのも、大盤振る舞いなのよ? 愛し子は別として、本当は人間と関わるのだって微妙なんだから』


 自信満々に言われてしまえばそういうものかと納得するしかなかった。


『リディアに頼まれたからね』

「なんでおばあ様は私のことだけをトトにお願いしたんだろう」

『ソフィアが精霊の御子だからじゃない?』

「嘘! 私、おばあ様にも言ってないわよ?」

『気付いてた可能性はあると思うわよ。まぁ、アタシのお陰で消し炭も回避できそうだし、良いことだらけじゃないの』

「それはそうだけど」


 納得いかなそうなソフィアが再びベッドに顔を埋めれば、トトはばさりと翼を広げた。


『まぁ、命の危険が差し迫ってたらできるだけ助力はしてあげるけど。本当に危ない時は契約するって大きな声で叫びなさいな。全力で力になるから』


 今まで一緒にいた中でほぼ初めての優しい言葉にきょとんとしたソフィアだが、くすぐったいような面映ゆい気持ちに頬が緩むのを止められない。

 それを隠すために、ベッドに顔を押し付ける。

 先ほどまでの暗い気持ちは、どこかに消えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る