第14話 夕食
夜。執務室で騎士団関連の仕事をしていたエルネストもひと段落し、いよいよ夕飯の時間となった。
(お仕事だ……頑張ろう)
ズレた感覚ながらもソフィアは気合をいれた。持っている中では一番きれいなワンピースを選んで服装を整える。シトリーからは微妙な顔をされたが、旅行鞄一つが限界だったのだから仕方がない。
ドレスを仕事用に買ってもらったのだから、最初のお給金でもう少しましな服を買おうと決意して、食堂に案内される。
そこにいたのは、正装にほど近い衣服を身にまとったエルネストだった。貴公子のような姿に思わず見惚れてしまうが、肩にとまったトトにつつかれて我に返る。
「エルネスト様。先ほどは素敵なドレスをありがとうございました」
ぺこりと頭を下げれば、エルネストも満足そうに頷いた。
「王都でも名の通ったところだ。仕上がりも期待してくれ」
「はいっ! エルネスト様が素敵なご令嬢を射止められるよう、精一杯目立ちますね!」
「……そうだな」
なんとも言えない表情になるエルネストと、それをみて噴き出すのを堪えたシトリーが対照的だった。
案内された席について、シトリーの配膳で食事を楽しむ。
雇用主で第二王子でもあるエルネストと食卓を囲んでいるせいで味は碌に分からないが、マナーそのものは完璧なレベルなので何の遜色もない。
数をこなせば慣れるはず、と自らに言い聞かせながら食事を進めていく。
「ソフィア。明日、デートにいかないか?」
「えっと……まだドレスも出来上がっていませんが」
「お忍びだ。日用品も色々必要だろうし、吊るしで売っているものを手直しすればすぐに着られるだろう」
「それでしたら、エルネスト様のお手を借りずとも私一人で――」
気遣いのつもりで断ろうとしたソフィアだが、エルネストと目が合い、言葉が止まる。黒曜石の瞳に見つめられ、言葉が止まる。
「俺がソフィアと一緒に外出したいんだ。付き合ってもらえないか?」
「は、はい。喜んで」
返答と同時、凛々しさを感じさせるエルネストの顔つきが一気に幼くなった。
まるで、ソフィアとのデートを楽しみにしてくれているかのような態度に思わずどきりとしてしまうが、そんな自分が恥ずかしくなって俯いた。
(勘違いしちゃ駄目。エルネストさまが素敵な奥さんを射止めるための練習だもの)
自分に言い聞かせると、大きく深呼吸をする。
は、と短く息を吐いたところで視界の端を精霊が過った。
猫型の精霊だ。
音もなくテーブルの上に乗った猫精霊はエルネストに猫パンチを繰り出す。
「っ……?」
エルネストは手に違和感を覚えたのか、食事の手を止めて握ってみたりしているが、精霊が見えないのだから原因がわかるはずもない。
(……このままにはしておけないよね)
『低級よ。昼と同じく、触れば逃げてくわ』
ソフィアは猫精霊にそっと手を差しのべる。優しく体を押せば、金色の目を真ん丸にした猫はさっさと逃げていった。
「ソフィア?」
「えっ、はい!」
「何か気になることが?」
「いえ! 何も! 明日はどちらにいかれる予定なんですか?」
「……まずは服飾だな。今日呼んだところは仕立て専門だから、吊るしで売っているところを観る」
お忍び御用達の店がある、と笑うエルネストはいたずらを思い付いた子供のように生き生きとしていた。
「それから服に合わせた宝飾と、靴も見に行こうか」
「ありがとうございます。嬉しいんですけど、良いんですか? せっかくのおやすみでしたら、エルネスト様もどこか行きたいところがあったりはしませんか?」
「そうだな……そしたら気になっている店があるから、付き合ってもらおうかな?」
「はい」
ソフィア自身の買い物だけで終わらずにほっとするが、なんとなく落ち着かない。
基本的にソフィアが買い物をするときはメアリのついでだった。メアリが好きなものを選び、それに被らないよう、金額的にもデザイン的にも控えめなものを多少買う程度だったのだ。
ソフィアのためだけに店を回る、と言われてどうにもそわそわしてしまった。
「変わったスイーツを出すお店があるらしい。ソフィアも食べてみたいだろ?」
「甘いもの、苦手なのでは?」
訊ねたソフィアに、エルネストが視線を彷徨わせた。
ソフィアは知らないことだが、エルネストは女性の好みそうなものに詳しいわけではない。今の提案もシトリーと、限界まで搾り上げたルーカスから聞き出したものなのだ。
どう言い訳したものか、と悩んだエルネストは話を誤魔化す方向に持っていく。
「今までは苦手だったが、今日食べたヘーゼルナッツは美味しかったからな」
「えっ、あっ」
自らの髪に口付けされたことを言われていると分かり、ソフィアは再び俯いた。自分でも熱いのが分かるくらい赤面してしまった。
(勘違いしちゃ駄目、勘違いしちゃ駄目、勘違いしちゃ駄目……!)
注がれていた飲み物を一気に飲んで、大きく深呼吸。
ちらりとエルネストの様子を窺えば涼しい顔をしていた。
(これ、絶対にからかわれてる……! 本当に女性慣れの練習って必要なの!?)
なんとなく納得いかない気分になりながら食事を進めていったが、結局、最後まで味はわからずじまいだった。
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