第12話 ドレス

 そうと決まれば訓練だ。


「それで、訓練ってどうすれば良いの?」

『感覚を磨くだけよ。目を閉じてごらんなさい』


 言われた通りに目を瞑る。


『アタシの声は聞こえるわね? じゃあ、アタシがどこにいるかわかる?』

「目の前よね?」

『今はね。これから静かに動くから、どっちに動いたかを感じなさい』


 そういうと、トトは静かになった。視界が閉ざされた中で気配が動いた気がした。

 もちろんそれはソフィアの勘でしかなく、何となく右にいそう、という程度でしかない。


『人がいると息遣いや衣擦れ、体温、いろんなものが動くの。精霊も一緒よ』


 人とは違っていても、いわゆる気配のようなものが動くのだという。精霊の御子にしか感じ取れないそれを磨くのが主な訓練内容だった。


「右……かな?」

『分かってるじゃない』

「今度は少し遠ざかった?」

『なんでこれが出来てあの竜に気付けないのよ……』


 言われてトトを確認してみれば、だいたい合っていたが自分が想像していたところよりも少し奥――サイドテーブルでちんまりと丸くなっていた。


『他の生き物とは違って、精霊は肉体を持たないわ。星幽アストラルだけの存在なの』

「あすとらる……?」

『俗にいう『魂』って奴よ。精神力や生命力。その根源ね。生き物だけではなく、自然の中にも流れる大きな力』


 分かっているのかいないのか、眉を寄せて首を捻ったソフィア。


『まぁ、そんなもんって思ってなさい。星幽アストラルの流れを読み取ることができるようになれば竜も見えるわ。アタシの気配が分かるってことは、もう出来始めてるはずだしね』

「こんなので良いんだ……」

『リディアの孫だけあって筋が良いのよ。普段から視線を使わないでアタシの居場所が分かるように意識してごらんなさい』


 意外と優しいトトに頷きを返すとほぼ同時、部屋がノックされた。

 ドアに視線を向けるが、誰かが入ってくる様子はない。


(あ……そういえば普通は応答してから入ってくるんだけっけか)


 両親に毒されていたせいで思いつくのが遅くなってしまったけれども、どうぞ、と返せばシトリーが人を伴って入ってきた。メイド服ではないものの、さっぱりしたワンピースに木製のバスケットを抱えた女性達である。お仕着せらしく、全員が同じ服を身にまとっていた。


「失礼致します。お嬢様の採寸をお願いしたく」

「採寸、ですか?」

「はい。若様のご要望で普段使いのドレスを何着かと、パーティー用のものを仕立ててほしいそうで」


 にっこり笑われてしまうが、ドレスを仕立ててもらうとなればそれ相応の金額が必要となる。ましてや体調不良で欠席ばかりのエルネストが出席しなければならないパーティーとなれば、国中の貴族が参加する規模のものだ。

 当然、それ相応の格が求められる。


「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください、そんなお金――」

「当然、若様からのプレゼントですよ」

「頂くわけには――」

「いくんですよ。仕立てないとデートなどが出来ませんからね」

「……では、借りるということで」


 できるだけ汚さないよう返すしかないか、と身を任せれば、お針子たちがきゃいきゃい言いながらソフィアを取り囲んだ。抵抗する暇すらなく身にまとっていたワンピースを剥かれてしまう。

 腕、肩、腰、背中。あらゆるところに巻き尺を当てられ、計測されていく。


「細いですね! これならコルセットではなくドレスそのものに補強を入れれば充分かと思います」

「髪色が綺麗なはしばみ色なので装飾は銀かプラチナが映えそうですね」

「さすがエルネスト殿下の婚約者様です。これは私達も作り甲斐があります!」


 婚約者、という言葉に思わず否定しそうになるソフィアだが、シトリーとばっちり目が合ってしまって口を噤む。

 秘密にするという約束を思い出したのだ。

 うっかり喋れば雇用契約を破棄される可能性もあるし、竜の精霊に消し炭にされる可能性もあった。

 選択肢などあってないようなものである。


「装飾もドレスと同じだけ用意してください」

「かしこまりました。すでにお持ちのものがあれば、合わせることも可能ですけれど?」


 訊ねられてソフィアはたじろぐ。

 針子たちはソフィアを深窓のご令嬢と思っているのだろう。第二王子と懇意にしているとなれば上流階級か、下手すれば他国で王族に連なる者であってもおかしくはない。

 ドレスも宝飾の類も山ほど持っている前提での質問だが、旅費ですっからかんに近いソフィアがそんなものを持っているはずがなかった。

 どうしよう、と言葉に詰まったところで助け船を出してくれたのはシトリーだ。


「若様は嫉妬深くていらっしゃいます。ドレスも宝石も装身具も、あらゆるものを自らが贈らねば気が済まないのです」


 シトリーの言葉にお針子たちから黄色い歓声が上がった。


「愛されていますね!」

「素敵だわ~!」

「私もそんな風に嫉妬されたいものです!」


 微笑ましい視線を向けられて、どうにも居心地が悪くなってしまうソフィアだけれどまさか本当のこという訳にもいかない。

 結果、家庭教師に鍛えられた表情筋を総動員して、静かに微笑むだけとなった。


(エルネストさまは王族だし騎士団長っておっしゃってたから、きっとお金持ちなんだわ。お給金も高かったし、私に何かを買う分くらい、何でもないくらいのお金を――)


 自らを納得させようと心の中で言い訳を並べていると、お針子の中でも年配の女性がにこやかな笑みを浮かべた。



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