英雄高校のバンクシー
翌朝、朝から憂鬱な気分だった。
一眠りすればなにか変わると思ったが、そんなことはなかった。
俺は元来こういう性格だ。こういう、というのは平和主義者であり、争いごとが嫌いという意味だ。殴り合いまで発展してしまえば逆にいいもので、そこまでいけば思い切ることができる。だが、その反面、じんわりと焼くような争いは本当に苦手だ。例えば誰かと喧嘩して、それが長く尾を引くとか、不良に目をつけられて怯えながら過ごすとか、あるいはクラスで恥ずかしい目に遭って、そのことを気にしながら学校生活を送らなければならないとか。
そういった、精神的な冷戦状態に突入することを俺は恐れている。だれだって嫌だろうが、俺のような他人の機微を聡い者はなおのこと、嫌な空気が続くのを苦痛に感じると思う。
いまはそういった空気をひしひしと感じる。
今日とはすなわち昨日の地続きのうえにある。
新しい1日と形容できるが、今日にいたるまでの履歴がなくなるわけじゃない。
だから、昨日のアクシデントがなくなったわけじゃない。
「だりぃ」
なんで俺がこんな目に。
顔を傾ける。ベッドから部屋の扉が見える。
あそこを一歩外に出れば、敵地に踏み込んだような緊張が続くんだろうな。
俺に話しかけてくるやつもいるかもしれない。特に上級生で立候補した連中は、俺が祭りの楽しみを奪った犯人に見えているだろうから、なにかしらのリアクションをしてくる可能性は高い。
3年性最後の体育祭を台無しにした。
そんな風に昨日言われた。言っていることはわかるが、俺にはどうしようもないことだ。
「どうにかして薬膳先輩にヘイトが向くように仕向けるか」
そう覚悟をしつつ俺は勢いよくベッドを起き上がり、洗面所でスキルツリーを確認する。
本日のポイントミッションはなんだろうか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『英雄高校のバンクシー』
バンクシーする 0/1
【継続日数】37日目
【コツコツランク】ゴールド
【ポイント倍率】3.0倍
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
うーん、意味不明なの来たな。
バンクシーってあれか、落書きの人か? まずい、知識が浅すぎてピンとこない。
スマホで調べてみたところ、素性不明のアーティストだという。だいたいあってたかな。
「しかし、バンクシーするって……」
「にゃあ(訳:アートで英雄高校批評をするという意味かもしれないにゃん)」
「ツリーキャット、いたのか。おはよう、お腹空いてないか」
「にゃんにゃあ(訳:赤谷くんはいつもお腹心配してくれるにゃん。大丈夫にゃん、私はインテリジェンスだから、ちゃんと健康に気をつかって食事をとるにゃん。自己管理はできているにゃん)」
流石はインテリジェンス猫だ。
「アートで批評か」
俺にそんなことできるかな。
壁に絵を描くってことだろう?
バンクシーは素性不明のアーティストってことだし、俺が壁に落書きしたとして、それが高校側にバレたら、たぶん『英雄高校のバンクシー』は名乗れないよな。
見つかれば即アウト。緊張感を持ちながら、俺は早朝の英雄高校敷地内を散策する。
登校まで2時間ほど猶予がある。普段なら皆は寝静まり、俺は朝練に取り組んでいる時間だが、昨日の一件で今日はやる気がでない。なのでひとまずはマストでこなさないけないポイントミッションに着手することにした。
朝の人の少ない時間帯というのも、バンクシーするには都合が良いように思えた。
「ツリーキャット、周囲の警戒は頼むぞ」
「にゃあ〜(訳:任せるにゃあ)」
女子寮の裏手。以前、透明人間・高橋理玖と一悶着あった場所だ。
いまは寮の壁は修繕され、そこだけ壁の色が綺麗になっていた。
ここなら偶然にひとが通りかかるということもない。
「にゃあ(訳:社会批評するにはずいぶん謙虚な場所だにゃ)」
「それはそうだけど、男子寮の正面とかは無理だろ? 流石に目立ちすぎるし」
「にゃーん(訳:メッセージを伝えるというのはそういうものにゃん)」
まあ、妥当な意見だけどさ。
「猫でも書いておくか」
黒い壁に『温める』×4の高火力を用いて、『触手』という筆先で絵を描く。
壁の表面が焦げつき、溶け、独特の凹凸が生まれることで、平らな壁に模様が浮かびあがる。
我ながら良いアイディアだと思う。
「よしできた」
「にゃあ(訳:猫というより、潰れたスライムにゃあ。これで仮にもバンクシーを名乗るのは失礼すぎるにゃ)」
「仕方ないだろう。処女作なんだ、許せって」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『英雄高校のバンクシー』
バンクシーする 0/1
【継続日数】37日目
【コツコツランク】ゴールド
【ポイント倍率】3.0倍
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
いや、進んでねえし。
「やっぱり主張がたりないのか……?」
これではだれにも見つからないところに落書きしただけだもんな。
決断するならはやいほうがいいな。早朝が終わる前に。
俺は意を決して、ツリーキャットの助言通りに女子寮の前に移動した。
『浮遊』+『くっつく』
飛び上がり、女子寮の壁に張り付き、俺はテレビで見かける書道パフォーマンスのようにデカい猫を描いた。
これが俺の全力だ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『英雄高校のバンクシー』
バンクシーする 1/1
【報酬】
3スキルポイント獲得!
【継続日数】38日目
【コツコツランク】ゴールド
【ポイント倍率】3.0倍
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
女子寮裏に移動し、周囲にだれもいないことを確認し、スキルツリーを確認したところ、これでオッケーぽかった。
高度な触手操作と大胆さを要求されるミッションだったな。
「にゃあ(訳:猫ではないにゃ。かろうじて生き物ってだけにゃあ)」
ツリーキャットは女子寮の玄関うえの壁に描かれ、不気味な怪物のような絵を見上げてぼそっとつぶやいた。
まあ……確かに猫ではない、かな……。
「今度は練習しておくよ」
英雄高校のバンクシー、絵が下手すぎる件とか話題になったら普通に恥ずかして、しんどそうだ。
こういうのは褒められてなんぼだからな。
━━━━━『スキルツリー』━━━━━━
【Skill Tree】
ツリーレベル:4
スキルポイント:3
ポイントミッション:完了
【Skill Menu】
『応用体力』
取得可能回数:4
『発展魔力』
取得可能回数:3
『応用防御』
取得可能回数:4
『発展筋力』
取得可能回数:2
『応用技量』
取得可能回数:4
『基礎知力』
取得可能回数:5
『基礎抵抗』
取得可能回数:5
『応用敏捷』
取得可能回数:4
『基礎神秘』
取得可能回数:5
『発展精神』
取得可能回数:4
『ペペロンチーノ』
取得可能回数:3
『転倒』 NEW!
取得可能回数:1
『足払い』 NEW!
取得可能回数:1
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
NEW!なスキルも増えてるな。
今日はどのスキルを解放しようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます