事情徴収2
保健室で傷を癒やした俺たちは、財団の者と顔を合わせることになった。以前、ダンジョンホール事件でも見た気がする男、たしか名前はエージェントKだったか。黒服にサングラスをかけた怪しげな男だ。彼が今回も、俺のまえに姿を表した。
「また君かね」
「すみません。なんか何度も何度も」
「別に君が謝るようなことではないんだがね。どちらかというと同情する。こう何度も不幸な事故の当事者になってしまうなんて」
エージェントKは以前見せてくれたチェインの顔写真を机のうえに置き、いくつかの質問をした。擬似ダンジョンに姿を現したのはこの写真の者で間違いがないのか。彼はどんなスキルで攻撃を仕掛けてきたか。何人でことに及んだのか。それぞれの外見的特徴などなど。質問は多岐に渡った。
俺はありのまま見たことをすべて話した。起こったこともすべてを話した。
「学生たちの手であれを退けることができるとはな。まったくお見事だ」
エージェントKは心底驚いた風にそう言い、手元のメモにペンを走らせていく。
「崩壊論者たちについて聞いてもいいですか」
俺は話の切れ間に口を挟み込んだ。エージェントKはメモを取る手を一瞬止め、目だけをこちらへ向けてくる。
「彼らはなにが目的なんですか。ダンジョンホールに続いて、今回だって」
「……そうだな。今回の事件に関わった生徒たちは彼らに近づきすぎてしまっている。自衛のためにもある程度は知っておいた方がいい」
あんまり期待はしていなかったが、聞いてみるものだな。
エージェントKは件の崩壊論者チェインたちについて教えてくれた。
「君たちが遭遇したのは崩壊論者『
「もうひとり、男がいました、白い髪の」
「ひぐれ……と呼ばれていたそうだな。情けない話だが、そいつについては我々もわかっていない。今回、君たちの活躍で身柄を拘束した2名についてもだ。チェインはこれまでソロで活動をしていたのだが、しばらく潜伏しているうちに手勢を揃えたらしい。協力者たちも当然、表世界の人間ではないだろう」
エージェントKの話によると、チェインこと矢原岸は英雄高校に対して並々ならぬ憎悪を抱き、2年前からたびたび犯行声明や、実害を出しているという。
「これまでその足取りを掴めていなかったが、なるほど、転移系能力者か。どうりで追いつけない」
財団の追跡を欺いてきた最大のトリック。それがあの白髪の男━━ひぐれだったのだろう。
「君たちはチェインの顔を直接見ている。ひぐれという男に関してもだ。やつは執念深い。一度、憎しみを抱いた相手のことは忘れないだろう」
「それって俺たちチェインにぶち殺されるって話じゃ……」
チェインはたぶん俺のことも憎んでいるはず。いや、でも、志波姫のほうがヘイトをもらっているか? もらってるな。あいつぼこぼこにしてたもんな。大丈夫だ。大丈夫なはず。大丈夫……だよね。
「チェインの執念深さを甘く見るべきじゃない。ああいう手合いはやられたらやりかえすまで諦めない。いまはやつの手勢を2名失って勢いを削ぐことができている。すぐにどうこうしてくるとは思えないが……だが、だからこそ次に姿を現した時は気をつけろ」
撃退しても迷惑なやつだな。
「もっとも、ひぐれとかいう能力者は、いつでもどこにでも転移できるわけではないだろう」
「そうなんですか?」
「そんな威力の転移ではない。おそらくは制約がある。でなければあのチェインはもっと早くに彼の目的を達成しているだろうさ」
言われてみればそれもそうか。ひぐれとか言うやつらは、その制約とやらがクリアできたタイミングでしか攻撃を仕掛けることができない。
とすれば、俺や志波姫、薬膳先輩、雛鳥先輩たちがピンポイントで狙われることはない……のかな?
安全保障が相手のスキルパワー次第というところは不安しかないが、一応、24時間365日怯えて暮らすという最悪の想像はしなくてもよさそうだ。
エージェントKはその後、もし接敵した際に気をつけるべきいくつかのアドバイスをくれた。財団側が調査して判明しているチェインの能力や戦術の情報である。俺が取り調べ室をでると、薬膳先輩が外で待っていた。入れ替わるように今しがた俺が出てきた部屋へ入っていく。
俺は寮に戻り、ベッドに身を投げた。
顔を手で覆いこれからのことを考える。
英雄高校に個人的な恨みを抱くチェイン。不幸なことにその矛先を向けられてしまった。
いつかやつはまた現れると言う。執念深い男ゆえ、諦めることはないとか。
であるならば、俺にできることはひとつだけだ。その時に備えることである。ポイントミッションをこなし、スキルを解放し、練度を高めるのだ。
翌朝。
学内には崩壊論者による危険な活動があったことが知らされ、その首謀者であるチェインについては名前付きで顔写真が壁に貼られることになった。これでやつも迂闊には動けないはずだ。……たぶん。
あんな危険なことがあったわけだが、俺たちの日常は再びまわりだす。
「ミスター・アイアンボール! 今度は崩壊論者をぶっ倒したんだってな!」
俺が教室に赴くと、クラスメイトたちは騒がしく迎えてくれた。
ちいさなコミュニティというのは噂の巡りがはやいものだ。
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