プレミアムな背中

 ━━赤谷誠の視点


 傭兵が力無く倒れたことで、張り詰めていた緊張の糸がプツンっと音を立てて切れた。疲労から、膝を折って、その場に座りこむ。右腕の激しい痛みは耐えられないものではないが、だからといって好ましいものではない。触手もよく見たら裂けて、自壊しかけている。筋繊維がさけるチーズになって、誰かに無造作にバラバラにされていくような、自分の身体が壊れていく、恐怖が湧き上がってきた。さっきまで生と死の間を行き来し、脳内麻薬でごまかされていたが、認知するほどに俺の身体が悲鳴をあげていた事実に気付かされる。


「うぅ……」


 思わず声を漏らした。右腕と左腕から全身へ広がりゆく、虚脱感と痛みに身体が痙攣しはじめる。俺は『蒼い血』をとりだし、MPをHPに変換し、注射する。痛みが和らいだ。これで多少はマシになったはずだ。


「赤谷君、動かないで。死にたいの?」


 志波姫は膝をおり、俺の胸を押して、身体を岩柱に横たえさせてきた。彼女は俺のジャージを裂いていく。


「俺を脱がしてどうするつもりだ……」

「布を作って、傷を縛って、身体がバラけないよう固定するのよ。保健室につくまでに崩れたら手の施しようがないかもしれない」

「なんだ、応急処置ってわけか……あやうく俺の貞操が脅かされるのかと思ってぜ……」

「……きも」

「おい、キモはよせ。それは俺に効く」


 我ながらたしかにキモかったなぁ、って5秒前の発言撤回したいと思うけど。それでも「きも」は流石に効きすぎます。やめてください。


「だったら変な想像しないでくれるかしら。手元が狂ってその首を引きちぎってしまいそうだわ」

「それはもう確実な悪意だろう、が……」

「苦痛を失くす医療行為を与えることは、善意にほかならないわ」

「死によって苦しみそのものから解放する気か……この世の苦痛から魂ごと解放するつもりか」


 そんな医療行為があってたまるものか。


「腕に亀裂が。この裂けるグミみたいなのは筋繊維のようね。スキルによる肉体変態の副作用と見えるけれど」

「そのようだ……『筋力増強』って言ってな……筋肉を大きくできるんだけど……ちょっと無理したかもしれない」

「あなたのちょっとは信用ならないわね」


 志波姫はため息をつき、視線をあらぬ方向へ向ける。彼女の視線をたどれば、腕を組んで「ふむふむ」と思案げな顔をしている男がいた。


 羽生先生だ。なんで彼がここにいるのかわからない。いつからいたんだ。


「羽生先生、たとえ赤谷君のような生徒でも教師には救命行為をするべき義務があると思いますが」


 悪かったな、赤谷君のような生徒で。


「とりあえずは、大丈夫だろう。いましがた使用したその注射は優れた麻薬型回復薬と見た。ならば、いますぐに死ぬことはないだろうさ」


 羽生先生は楽観的に言って「それよりも」と、クレーターの近くへ足を運び、ひょいっと底を覗き込むようにする。


「僕はアレの始末をつけておこう。今にも動き出しそうだ。今きたところだからなんとも状況が掴めていないのだけど……まあ、事件があったということだろうね」


 羽生先生は周囲をぐるりと見渡して「こりゃあまた大変だぁ」と、たいして大変そうに思ってなさそうな声でつぶやいた。

 俺と志波姫は羽生先生に簡潔になにがあったのかを語った。羽生先生は「ふむ」と深刻そうな顔をした。


「志波姫くん、赤谷くんは多少乱暴にしても死ぬことはない。最悪、腕が取れちゃっても財団の医療なら十分に癒せるからねえ。ひとまずはこの場を離れるといいよ。あぁ、そこに転がっているどう見ても学生じゃない外国人傭兵は置いていっていいよ。拘束しておくから。外についたらちゃんと先生方に報告を。すげえ大変なことありましたってね。あとあっちで死にかけてる白衣の変な子も忘れないように。重症に見えるから」


 視線をやると、遠くでぐったりとしている薬膳先輩の姿が見えた。雛鳥先輩がそばで声をかけている。よく見れば、あの人、片手の手首から先がないではないか。俺と同じで戦闘の終了と同時に、緊張から解放され、脳内麻薬で騙されていた痛みと疲労感がドッと押し寄せているのかもしれない。

 

「動かないで。運んであげる」


 志波姫は言って、俺を背中におんぶしようとする。ビクッと自然と俺の身体は震えた。


「なに」

「い、いや、別に……」


 こんな状況なのだ。なにを変に意識している。自意識過剰だ。現におんぶする側の彼女はまるで気にした風もない。 

 志波姫は俺を背中に乗せて持ちあげた。彼女の背中はちいさく、俺の身体なら包めてしまいそうだな、とか変な情報が頭のなかに流れ込んできたが、勤めて平静にクール赤谷を貫き通した。なお、薬膳先輩のほうは雛鳥先輩におんぶされていた。


「同志赤谷……」

「なんですか……」

「……俺の勝ちだな」


 なにがだよ。いや、別に悔しくなんかない。雛鳥号にやさしくおんぶされている薬膳先輩がうらやましいなんてことは全くない。こっちは志波姫号だ。たしかに胸部のスケール感と、人間性において志波姫号はやや劣勢かもしれない。だが、プレミアム感ならば決して負けていない。


「志波姫、お前は負けてない」

「?」


 彼女はなんのことかわからないと言いたげに首をかしげるであった。

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