領域軟化術

 『かたくなる』によって動きがやや緩慢になった鹿人間は、現在の赤谷にとって接近戦を仕掛けることが可能だった。ゆえにアノマリースフィア『重たい球』による直接殴打が成功した。


 岩柱の根元にたたきつけられ粉塵が舞い上がる。鹿人間は手で塵をはらいのけ、姿を表す。鋼の上半身が顕になっている、ピチピチに張り詰めていた白シャツは、すでに酸の煙と、今しがたの強力な打撃によって跡形もなく破れ去ったらしい。素肌があらわになると異質さが増した。黒く変色した肌だ。どれだけメラニン色素が濃くても、そこまで黒くはならないだろう、そう思うほどに炭のような色合いなのだ。


 炭の肌、その左胸、バキバキにひび割れた皮膚が凹んでいる。赤谷がアノマリースフィアによる攻撃をおこなった箇所である。

 陥没の傷口は急速に再生していく。致命傷とはならなかったようだ。

 

(アノマリースフィアでもダメ……まだだ、手段はある)


 赤谷は『かたくなる』の効果が途切れる前に再度、攻撃をしかける。

 鹿人間の殴打をかわし『筋力増強』をかけた右腕のボディーブローで鹿人間の肝臓を破壊する。


 ズガゴン。


 脇腹から放射状の亀裂が走った。鹿人間は腕をふりおろした。赤谷は飛び退いて避ける。

 鹿人間の脇腹にはやはり陥没傷ができていたが、それで倒れる様子はない。再生がはじまる。


(こいつ衝撃力に慣れ始めてる。いま『筋力増強』+『重たい球』で殴ったのに、吹っ飛ばずに、その場で踏ん張った。それに反撃までしてきた。知能はアホのくせに相手の攻撃に対しては何かしらの成長を見せて対処してくる。本当に厄介だ)


 赤谷は考える。そして現状への解答をだすことにした。


(俺も対応しないといけない。俺の策がどこまで通用するか……考えている猶予はない。俺がこいつを倒さないといけない。そうしなければ雛鳥先輩も薬膳先輩もやられてしまう。攻撃自体は通用している。ならば、問題はない。あとは覚悟の問題だけ)


「要は再生速度を上回ればいいだけのこと……いいだろう」


 赤谷は腹をくくり、鹿人間は傷を完治させる。両者大地を踏み切り、一直線に駆け、ぶつかりあう。巨大な黒拳をふりぬく鹿人間。それを真正面から突き穿つのは鉄球を握るストレート。拳と鉄球がぶつかり、衝撃波があたりの空気を押し退ける。


 鹿人間の拳が砕ける。赤谷はさらに踏み込み、左拳を握り追撃。


(鉄球による攻撃ではないが、衝撃力を感じさせる。ダメージを蓄積させ続ける)


 赤谷と鹿人間の殴り合い。赤谷は回避ではなく攻撃でもって、相手の行動を縛る。それしかない。避けている暇はないないのだ。避けた分だけ相手は再生し、戦況は後退する。耐久力の差は、体格からも歴然で、赤谷は一撃でも殴られれば致命傷。攻撃&攻撃の戦術はあまりにもリスキーだった。

 現に鹿人間は赤谷の攻撃をふんばり、カウンターを決めることができる。


 第三者の視点から恐ろしい戦いを傍観する薬膳と雛鳥は、目をつむりそうになる場面が何度もあった。

 だが、赤谷は不思議なことに反撃をなかなかもらわない。秘密は2つあった。


 ひとつは『やわらかくなる』だ。

 『かたくなる』で相手の動きが堅くなるのならば、『やわらかくなる』を自分に付与すれば、より滑らかな身のこなしを得られるのではないか。赤谷はめまぐるしく動く頭でその着想を得ていた。

 

 『ステップ』+『やわらかくなる』


 より高度に柔軟に全身運動を連動させることで、赤谷は鹿人間の左右にまわりこむステップワークを強化した。これが赤谷がなかなか殴られないひとつ目の秘密。すなわち赤谷自身が15秒前の彼から、一段階うえの運動能力を得たのだ。


 もうひとつは……やはり『やわらかくなる』であった。


 『やわらかくなる』+『かたくなる』


 赤谷が最初に考案したスキルコンボの初級編。地面を柔らかくし、相手を沈めてから固めることで対象を地面のなかに埋める術。

 数々のスキルを組み合わせ、スキルを学び、知り、自分のものとし、スキルコントロールを上達させた現在の赤谷は、既存のスキルたちを多角的にとらえ、再解釈していた。難攻不落の怪人との戦いのなかで手に入れた、悪魔的なひらめきであった。


(『やわらかくなる』で常に足場を柔らかくし続ける。『やわらかくなる』はスキルパワーが低い。効果範囲はせいぜい俺の踏んでいる地面の半径3m程度のごく短い範囲。だが、それを一歩ごとにくりかえす。これにより鹿人間の足場を常に不安定にさせ、衝撃に踏ん張るためによりおおきな努力を強いいる。当然、俺の足場も不安定になる。だが、俺には『かたくなる』がある。地面を軟化させた瞬間、その軟化の中心点である俺の踏んでいる場所だけ硬化させるのだ。これにより”不安定な足場”というディスアドバンテージを相手だけに強いいる)


 赤谷は相手をまるごと地面に埋めることは諦めて、開き直ることにしたのだ。

 相手が埋まらずとも、足場へ意識を向けさせる。それだけでいいのだ、と。

 

(名付けるならば━━『領域軟化術グラウンドソフトニング』)


 かつての赤谷ならば思いすらしなかった手法。

 最大MP10,000ある現在の赤谷だからこそ、MP消費10の『やわらかくなる』と『かたくなる』を贅沢につかう環境多重攻撃を仕掛ける発想がでたのだ。

 

 鹿人間は不安定な足場で赤谷の攻撃を受ける。

 その時に取れる行動は2つ。


 ①反撃し、少し埋まる 

 ②回避し、安全な足場へ


 鹿人間が反撃をすればするほど、地面に埋まってしまう悪魔のシステム。必然、鹿人間は回避行動を強制される。しかし、不安定な足場では満足に踏み切りもつかない。移動距離は制限される。制限された移動距離は赤谷のステップで詰めることができた。


 そして、赤谷に3m以内に追いつかれれば、再び『領域軟化術グラウンドソフトニング』が発動するのだ。

 こうした原理の結果として、鹿人間は赤谷に乱打を許してしまい、わずか11秒の間に16回の鉄球殴打、22回の左拳殴打を食らったのだ。

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