観察と分析と評価と省略
赤谷は20mもの高さのある空間を高速で往復したのである。地上に帰還後、鹿人間の後頭部へ拳を打ちこむ。
ゴオンッ。
鈍く重たい音とともに、鹿人間の巨躯がふっとんだ。ズドン、ズドンっと地面をバウンドしながら転がっていき壁に激突する。
薬膳は「なんだ、あのパワーは……」と目を丸くし、志波姫は「やっぱり近距離パワー型だ」と納得する。
(なにより今の上下の往復……赤谷君、また新しいスキルを習得したみたい)
志波姫は崩壊論者への観察・分析をするなかで、赤谷の”変化”に驚かされていた。
(会うたびに変なスキルを手に入れているけれど、どうすればあんな急成長を? ……いま考えることじゃないけれど)
その場の皆が、ふっとばされた土埃舞う岩柱へ注視する。まさかの反撃で飛ばされた鹿人間へのダメージがいかほどなのか。鹿人間は出現からつい先ほどまで驚異的な耐久力をあらわした手前、その一点が注目だった。効いているのか、否か。
がらがら、瓦礫がのけられ、土埃が払われ、鹿人間がのっそりと起きあがる。首を左右に傾けてストレッチする。
(ダメージは……ゼロか)
赤谷は痛む拳を握りしめる。薬膳は「信じられん……本当に人間か?」と動揺する。
(まずいな、俺のパンチで無傷となると、アノマリースフィアでの攻撃しか残ってない……でも、あいつ返してくれねえし……チェインのほうのもなぜか戻ってこないし)
赤谷がめまぐるしく頭を回転させる一方、崩壊論者である白髪の男もまた戦況をしっかりと観察・分析・評価していた。
(あのナマズみたいな目をしたやつ、動きも速いし、パワーもある。飛び道具も使えるみたいだ。単純戦闘能力も戦術的能力も高いか。天才高校生ってかぁ……? あっちの白衣はおそらく気体操作系のスキルを持ってるな。スモークをどかされた。だるい。んで、ライフル持ってたやつは、もう寝てるからいいか。飛び道具がひとり減って嬉しいねえ。あっちの剣士の女は……はは、なるほど、あれが例のチェインのコンプレックス。最近の英雄高校ってレベルたけえな、すげえ、ダンジョン財団の未来は安泰だ……ただ、まあ、だからどうという話でもないが。人造人間シリーズ:フェブラリー、探索者見習いに倒せるモンスター兵器じゃあない。ブルースもいる。可能性の若葉、もいでやろう)
白髪の男はタバコを吸いながら、あはは、っと歓喜に震えながら笑みをうかべた。
鹿人間が動きだした。狙いは赤谷だ。まっすぐ走る。早送りの映像を見ているかのような尋常ならざる走力だ。
(速いッ!)
赤谷も、薬膳も、そのスピードにギョッとして動きを固まらせる。
(あの鹿人間、自分を攻撃した人間へターゲットを変更して攻撃しているのか? 見た目といい、行動のシンプルさといい……さてはバカだな? 恐ろしい阿呆だな?)
赤谷は考える。まずはあの速さをなんとかしないといけない、と。
(俺より速い以上、土俵をならす必要がある。じゃないと、いつあの太い腕の殴打をもらってしまうかわからない)
『瞬発力』+『触手』+『かたくなる』
「喰らえ、『
素早く撃ち出だした触手で接触し、動きをかたくする『かたくなる』を付与するスキルコンボ。鹿人間がまっすぐ突っ込んでくるのにあわせて、触手の最大射程でタッチできるように放った。
しかし、鹿人間は意外にも目がいいようで、軽いフットワークで急ブレーキをかけて触手を回避、一歩横にずれて赤谷へ最後の間合いを詰めた。
(こいつ目元に包帯しているくせに!)
赤谷へ殴打をお見舞いしようとする鹿人間。とっさに赤谷は『ステップ』で回避しようとする。
「そのままじゃ無理。戦いを組み立てて」
涼しい声とともに、バゴンっと鹿人間の顎が下から打ち上げられた。ふわっと巨躯が浮く。斬りあげの一撃は、志波姫によって放たれたものだった。彼女の刀は鞘に収まったままである。
彼女が鞘に刀をしまったまま攻撃をしたのには理由があった。
志波姫には鹿人間の攻略方法が一部見えていたからだ。
(硬い装甲のアレを倒すには、剣では分が悪い。以前ダンジョンホールでもメタル装甲をもつ柴犬に手こずらされた。こいつはそのタイプ。でも、赤谷君が答えをくれた)
先ほど、鹿人間が吹っ飛ばされ岩柱に叩きつけられた時のこと。鹿人間は赤谷や薬膳のほうを見ていたために、彼らは「鹿人間にはダメージがない」と考えていた。だが、それは間違いであった。なぜなら、正面から見るのではなく、志波姫の位置から見れば、鹿人間の後頭部にはしっかりと亀裂が走っていたからだ。
志波姫は評価した。斬撃:微妙、打撃:有効━━と。
ゆえに彼女は刀を鞘にもどし、はばきと鞘を紐でしっかりとくくり固定することで、得物を一時的に斬撃系物理ダメージから、打撃系物理ダメージに切り替えたのだ。
「志波姫……っ」
駆けつけてくれた志波姫に、赤谷はちょっと嬉しさを感じる。ときめき、とも言えるかもしれない。こんなことされたら好きになってしまう。一瞬そんなことさえ思う。
志波姫は流し目を送り、一言「こっちは任せるわ」とつぶやいた。赤谷は「へ?」と阿呆な声をもらす。
(こっち? こっちって鹿人間のことか? 俺だけでやってこと? このやばいのを!?)
はじめての共同作業にならず、突き放すような志波姫の言葉に、赤谷は動揺を隠せない。なんて冷たい女なんだ! やはり氷の令嬢だ、と。
もっとも志波姫の「こっちは任せるわ」は戦闘中ゆえの省略が適用されている。本来の意味は「わたしの剣、急拵えの打撃武器だから、たぶん2、3回振ったらもう鞘が壊れてしまう。だから、打撃系を使える赤谷君が鹿人間に対応して。わたしはほかのをやるから。大丈夫、あなたなら倒せると思う……別にあなたの実力を認めるとか、信頼するとか、そういう話ではないけれど、客観的に評価して、たぶん倒せるって意味よ。……だから、こっちは任せるわ」━━━━の略である。
もっとも読書歴も戦闘歴も少ない赤谷にその文脈が読めるはずもないのだが。
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