ポメラニアン捕獲作戦4
マッドサイエンティスト薬膳卓は左手の法則で顔を覆い、流し目を送ってくる。二枚目な顔立ちなのだがな。非常に申し訳難いのだが、あんまり周囲に馴染めてないんだろうとか、勝手に想像できる。しんどい。
「赤谷、その触手、自由に動かせるのだろう」
「え、えぇ、まあ」
「であるならば、第一宇宙速度だな」
「第一宇宙速度はなんかエロいことの隠語じゃないと思います」
薬膳先輩は肘を抱き、ふむと近づいてくる。
「触手で女生徒へウェロイことをするのは気がひけるか」
「そりゃあまあ」
「社会的な禁忌に敏感なのだな。自分の利益を守る危機管理能力に優れている。リスクとリターンを正しく判断できるというべきか」
「もっと普通に常識があるとか言ってくれていいですよ」
「その触手があればさまざまな夢が実現するわけだが、非常に残念だ」
眉根を寄せ、やるせなさそうに首を横に振るマッドサイエンティスト。冗談でもやるとか答えていたら、実行犯になっていたかもしれない怖さがある。しかし、諦めてくれたようだ。あくまで人類の発展のために勤しむ科学者。魔が差しただけなんだろう。
「よぉーし、わかった、では5万英雄ポイントを見返りとし、触手攻撃を正式に依頼するとしよう」
魔が差すとかじゃない。この人自身が魔だった。
「それも断らせていただきます」
「これでも動かないか。流石の自己保身能力。闇バイトなどには引っかからないクチに見える」
「これ以上、依頼をしてくるなら雛鳥先輩に告発します」
「落ち着け事を急くべきじゃない本当に申し訳ないと思っている許してほしい」
前半で説得しようとして、後半は諦めて謝ってきたな。
「本当はこんなことではいけないとわかっているのだがな」
遠くを見やる薬膳先輩。ぱぁん。ぱぁん。と度々、発砲音が聞こえてくる。雛鳥先輩のいる方角だ。この空気感……なんだか急に居心地が悪くなったな。
「なんか思うところがあるんですか」
「そうだな。思うところ、というやつはある」
迂遠な言い回しをする薬膳先輩は、片眉をあげて唇をとがらせる。なんだその腹たつ顔は。言うまでもないというわけか。ならば俺も言葉にする必要はないだろう。俺は読書家になったからわかるのだ。文脈を読めるのだ。いわゆる恋……というやつだろう。ぱくぱく。
しかし、この人も妙な人だ。初対面の俺にそんな話をするなんて。
「赤谷、お前は俺とおなじ人間だ」
本当にちがいます。勘弁してください。
「雛鳥のあの距離の詰め方に戸惑い、やつめに好意を抱いてしまっている」
本当に同じだった……だと…………っ、勘弁してください……。
「俺は将来服だけを溶かす都合のいいスライムを開発してノーベル平和賞を受賞する予定だが、そんな博愛主義の俺をしてあのような陽の者はゆるせない」
「くっ……なんとなく言わんとしていることがわかるのが悔しいんですけど……」
「それは所在が大事なのだ。あなたの好意はどこから? 心? 頭? 股間?」
「ベンズァブロック……?」
「真実の愛は心か頭から来るものだ。この狂気の科学者・薬膳卓のいだく感情は、疑いの余地があると言える。なぜなら俺は明らかにやつの端正な顔立ちと胸に脊髄反射してしまっているからだ! くそ、悔しい! 俺の純情が弄ばれている……っ!」
薬膳先輩は膝を折り、拳を檻にたたきつける。やめてください。ポメ起きます。
まあ言わんとしていることはわかるのだ。優しさとは毒のようなものだから。
「だから、俺はやつめへフォクシュウするんだ。触手でな。協力してくれないか」
うーんこの。諦めの悪いスケベ。
「こらー、さぼってるなー」
声にビクッとして振り返ると、
「薬膳、全然、ポメポメしてないじゃん」
「いいや、今しがたまでポメポメしていたが? 全然していたが?」
おそろしくIQの低い会話だ。
「いーや、絶対してなかったよ。さっきから遠くから見てたよ。ずっと檻の近くで赤谷後輩とくっちゃべってるだけだし」
「大事な話をしていたんだ。それじゃあな、赤谷。気が向いたらさっきの話、考えておいてくれたまへよ━━━━」
薬膳先輩は演技がかった口調でそう言って、背中越しに手を振って去ろうとする。
「赤谷後輩、薬膳ってポメラニアン何匹捕まえてきた?」
雛鳥先輩はサイドテールを手で直しながら聞いてくる。視線は檻に向いている。檻の中には4匹のポメラニアン。すべて雛鳥先輩が捕まえた子たちだ。
「ゼロですね。薬膳先輩なんもしてないです」
「うぉのれ、赤谷、同胞を売ると言うか」
「はい、選手交代でーす」
雛鳥先輩は俺の肩に手を置きながら、白衣の助平へ向き直る。先輩の手から体温が……すごいな、こんな簡単にドキドキさせられちゃうのね。俺の構造シンプルすぎん?
「ちゃんとポメ集めて来てよ。薬膳のスキルなら1発で捕獲完了でしょ?」
薬膳先輩は黙したままポケットから試験官をとりだし、フリフリする。それがなんなのか俺にはわからないが「それ!」と雛鳥先輩はわかっている風だ。
「残念だがコイツはまだ使えない」
「なんでぇ、この前使ってくれたのに!」
「技名を変えることにした。ゆえに新しい必殺技の名前が思いつくまで使用不可なのだ」
くっ、気持ちに共感できてしまう。いちいち自分を見ているようで共感性羞恥を刺激してくる人だ。
「ちゃんと働いてきて」
ムッとジト目をする雛鳥先輩。薬膳先輩はその顔が苦手なのか、すこしたじろぎ「……ええい、仕方あるまい」と渋々ポメラニアン捕獲へ重たい腰をあげて動きだした。
「赤谷後輩もいっしょに行って来なよ、檻の見張りは私がやるからさ!」
「俺ですか」
「うんうん、薬膳のスキル面白いから見てきたらいいよ。あとはちゃんとやるか監視の意味も兼ねて」
「俺が嘘の報告をするかもですよ」
「しないよ! 赤谷後輩は信頼できるもん!」
雛鳥先輩はぽんっと両手を俺の方においた。「任せた!」って感じで。すごいね女子って。やる気出てきた。こんなことされたら全力で応えたくなっちゃうよ。でも、やっぱり俺の構造シンプルすぎないか。こんな単純でいいのか、我ながら疑問を抱いた。
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