呪い飯と祝福飯

 瞼をゆっくり開ける。頭の裏にかたい感触がある。ここは家庭科室? 俺は倒れているのか。


「にゃあ(訳:目を覚ましたにゃん)」

「ツリーキャット……俺はいったい……?」

「にゃん(訳:ひどい有様だったにゃん。泡を吹いて、痙攣して、胸を苦しそうに掻きむしって、倒れてしまったのにゃ。赤谷くんとはもうお別れかと心配したにゃん)」

「どういうことだ、どうしてそんなことに」


 直前の記憶を思いかえす。


「にゃあ(訳:ゆっくりでいいにゃん)」

「あぁ。……そうだ、俺は家庭科室にペペロンチーノを作りにきて、それでレシピ通りにクッキングしたんだ。いや、 少しだけアレンジしたか? それで食欲をそそる美味そうなアルデンテで、アルデンテして食べたら……」

「にゃん(訳:アレンジは少しじゃないし、アルデンテの言葉の意味がわからないなら無理に使う必要ないにゃん)」


 思い出した。そうだ。俺はペペロンチーノを一口食べた瞬間、心臓が締め付けられるような痛みに襲われたんだ。吐き気に、頭痛に、眩暈もした。視界がぐにゃっと歪んで、ひどい不快感だった。それできっと気絶してしまったんだ。


「理由は……まったく心当たりがないな。訳がわからない」

「にゃんっ!(訳:どう考えてもペペロンチーノのせいにゃんっ!)」


 肉球で踏みつけられるツッコミ。


「そんなのおかしいだろう。俺はペペロンチーノを上手に作れるはずじゃあないか」

「にゃんにゃあ(訳:スキル『ペペロンチーノ』はたしかにペペロンチーノを上手に作れるようになるスキルだけど、あくまで熟練度の上昇を補助する効果のほうが強いにゃん。赤谷くんはシンプルに料理が下手すぎるにゃあ)」

「そんな……でも、バフ飯になるって話は……」

「にゃんにゃあ(訳:おいしく作れればバフ飯。へたっぴが作ればデバフ飯。祝福が裏返ればそれは呪い飯にゃん)」

「えぇ……じゃあ、俺は自分で作った呪い飯で死にかけてたのかよ。あ、もしかして『毒耐性』を解放しておけってそういう。お前、俺の料理の腕を疑いすぎだろ!」


 ツリーキャットの予想は奇しくも大当たりだった訳だが、なんだかモヤる。


「にゃん(訳:死にかけの赤谷くんのスキルツリーに入って、『毒耐性』は解放してあげたにゃん。呪い飯の効果も浄化されてるはずだから、動けるはずにゃん)」


 俺は立ち上がり、身体に異常がないかを確かめる。大丈夫そうだ。後遺症とかあったら怖かったけど。

 机の上を見やる。冷めたペペロンチーノが堂々と鎮座していた。手を近づけるとウィンドウが表示された。スキルによって異常物質化しているのか。


━━━━━━━━━━━━━━━━

『悪夢のようなペペロンチーノ』

食べれば最後

健康状態を著しく悪化させる一品


付与効果

『胃痛』『体臭悪化』『頭痛』『眩暈』

『思考力低下』『言語能力喪失』

『痙攣』『吐き気』『発熱』etc…

上昇値

体力 −100 魔力 −100 

防御 −100 筋力 −100 

技量 −100 知力 −100

抵抗 −100 敏捷 −100 

神秘 −100 精神 −100

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 まさしく悪夢。デバフのオンパレード。禍々しいにもほどがある。


「祝福飯を作れるようになるためには、料理の腕を磨くしかないか」


 何事も楽にはいかないな。家庭科室の外を見やり、誰もいないことを確認してシンクの上でスキルツリーを展開する。

 

━━━━━『スキルツリー』━━━━━━

【Skill Tree】

 ツリーレベル:3

 スキルポイント:1

 ポイントミッション:完了

【Skill Menu】

 『応用体力』   

  取得可能回数:4

 『発展魔力』   

  取得可能回数:4

 『応用防御』   

  取得可能回数:4

 『発展筋力』 

  取得可能回数:2

 『応用技量』   

  取得可能回数:4

 『基礎知力』

  取得可能回数:5

 『基礎抵抗』

  取得可能回数:5

 『応用敏捷』 

  取得可能回数:4 

 『基礎神秘』

  取得可能回数:5

 『基礎精神』

  取得可能回数:5

 『第六感』

  取得可能回数:1

 『筋力増強』  

  取得可能回数:2

 『ステップ』  

  取得可能回数:2

 『浮遊』    

  取得可能回数:1

 『放水』    

  取得可能回数:1

 『学習能力アップ』

  取得可能回数:1

 『ペペロンチーノ』 

  取得可能回数:3

 『手料理』     

  取得可能回数:1

 『シェフ』     

  取得可能回数:1  

 『温める』   

  取得可能回数:1 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「料理系スキルを足そう。候補は『手料理』『シェフ』、あるいは『ペペロンチーノ』を重ねるか。有識者の意見をもらおうか」

「にゃん(訳:よく知らないにゃん。何とっても同じようあものだと思うにゃあ。どのみち料理を練習する必要はあるにゃ)」


 ツリーキャットにもわからないことがあるのか。では、勘で行こう。『シェフ』で。響きのかっこよさで決めた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Status】

 赤谷誠

 レベル:0

 体力 205 / 1,000

 魔力 6,040 / 10,000

 防御 1,000

 筋力 30,000

 技量 1,000

 知力 0

 抵抗 0

 敏捷 1,000

 神秘 0

 精神 0


【Skill】

 『応用体力』

 『発展魔力』 

 『応用防御』

 『発展筋力』×3

 『応用技量』

 『応用敏捷』

 『かたくなる』

 『やわらかくなる』

 『くっつく』

 『筋力で飛ばす』

 『引きよせる』

 『とどめる』

 『曲げる』

 『第六感』×2

 『瞬発力』×3

 『筋力増強』

 『圧縮』

 『ペペロンチーノ』

 『毒耐性』

 『シェフ』


【Equipment】

 『スキルツリー』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 俺は反省する男だ。さっきどうして失敗してしまったのかを考える。おそらくはアレのせいだろう……アレンジ。俺は料理に不慣れなのにも関わらず、レシピに従わず、独自の解釈とノリで色々ぶち込んでしまった。てか、よく見たら塩じゃなくて、ずっと砂糖入れてたし。こんなベタベタなメシマズヒロインみたいなことを現実でやってしまう自分が恥ずかしい。赤谷誠、自覚するんだ。お前はダメなやつなんだって。あわよくば料理の才能はあるんじゃないか、とか淡い期待を抱くんじゃあない。地に足つけて一から勉強するんだ。なに焦ることはない。コツコツやればいいんだ。


「にゃんにゃあ(訳:塩なら買ってきてあげたにゃあ。さあ、これでペペロンチーノ修行開始にゃあ)」

「その前に……いただきます」

「にゃにゃ!?(訳:その悪夢のようなペペロンチーノを食べるにゃあ!?)」

「それじゃあ、お前が食べるか?」

「にゃ、にゃあ……」


 悪夢を気合いで胃におさめて供養し、さあ2皿目に取り掛かろう。


 水を火にかけ、沸騰させ、塩を投入。この際、塩分濃度1.5%になるようにしっかり計算する。パスタ投入。麺がアルデンテ━━歯応えが残る硬さ━━になるまで茹でる。麺を茹でる段階で塩を入れる理由は、ほぐれていく麺に塩を染み込ませ、きゅっと引き締めることで食感を強化するためだ。

 麺を茹でてる間に、フライパンでソースを作る。オリーブオイル入れ、刻んだニンニクを投入、炒めて香りを出す。いい感じだ。フライパンを傾けてオリーブオイルの溜まりを作り、その中で炒めるイメージだ。程よく刻んだ唐辛子を入れ、さらに炒める。

 そろそろ麺がいい感じだ。パスタを鍋からフライパンに移す。茹で汁を足し、ソースに馴染ませながらよく混ぜる。この際、ソースと茹で汁を乳化させることで、トロミが増し、麺にニンニクとオリーブオイル、唐辛子の辛味がよくからむようになる。おいしくなーれ、おいしくなーれ。

 お皿に盛り付けて、最後にフライパンに残ったソースを余さずかけて、


「よし、完成だ」 


━━━━━━━━━━━━━━━━

『普通のペペロンチーノ』

 基本に忠実につくられた一品


【付与効果】

 『攻撃力上昇』

【上昇値】

 体力 0 魔力 0 

 防御 0 筋力 0 

 技量 0 知力 0

 抵抗 0 敏捷 0 

 神秘 0 精神 0

━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 ツヤツヤした麺が美しい湯気の昇るひと皿だ。

 狐色の面の小山に、刻み唐辛子の赤色がマッチする。

 鼻腔を刺激する美味そうな香りだ。このひと皿に比べれば、さっきの失敗作は毒と言っても過言じゃない。……いや、正しく毒か。


 【付与効果】に『攻撃力上昇』とある。さっきは酷いことが好き勝手に表示されていたが、今度のは間違いなくイイ効果だ。祝福飯と言って良い代物だろう。


「にゃんにゃあ(訳:流石は赤谷くんにゃあ。一度失敗すればもう油断はしない。無知の知を得た赤谷くんはとっても頼もしく見えるにゃん)」

「いただきます」


 美味い。これは美味い。多分にスキルによる補助が働いているのだろが、だとしても美味すぎる。アイテム名『普通のペペロンチーノ』なんて嘘だろう。誰に振る舞っても喜ばれる自信しかない。


「攻撃力が上がったってことは、我が『鉄の残響ジ・エコー・オブ・アイアン』の最高火力が更新されている可能性があるな。訓練場に行くか」

「にゃ、にゃあ?(訳:ジ・エコー……なんにゃん、それ)」

「ツリーキャットには特別に見せてやろう。パワーとパワーが降りなす力の残響というものをな」


 料理の後片付けをして、家庭科室をあとにしようとする。向かう先は訓練棟だ。


「赤谷、こんなところにいたのかね」

「あれ、オズモンド先生」

「反省文の件で話がある。ホームルームが終わったら職員室だと言っておいただろうに」

「ちょ、ま、これから俺たちは最高記録を更新しなくちゃいけなくてですね、ですから職員室に行ってる時間はないといいますか……!」

「反省文の再提出最高記録を塗り替える方が先だよ。さあ、抵抗せず大人しく着いてきたまえ」


 ひえええ! すでに反省文を再提出することが決まっている!

 なんでだ、今朝出したアレじゃダメだったのか!

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