職員室呼び出し

「い、でええええ……っ」


 体育館の硬い床を悲鳴をあげてのたうち回った。


「みんな赤谷誠くんに拍手を、一流のスキル使いだ」


 体育倉庫から出てきながら、羽生先生は高らかに言った。思ったよりダメージはなさそう……だな。

 授業終了を告げるチャイムの音が響く。


「というわけで今回の異常攻撃に対する防衛論はここまで。次回から週2回パーティ開催だ、必ず出席するようにいいねえ」


 地面にひっくりかえった俺を放って羽生先生は、さっさと生徒たちを返しはじめた。

 倒れる俺を見下ろす視線を発見する。冷たい凍えるような眼差しはいつものことだ。


「また評価が下落したわね。みっともない有様。赤谷君らしいと言えばらしいけれど」

「羽生先生強すぎなだけで、別に俺の株値は落ちてねえだろ……」

「元から底値を更新し続けているのに暴落までしたら人間失格よ」

「お前に優しい慰めを期待した俺が愚かだったよ」

「心外ね。わたしは欲する者には慈悲を与えるわ」


 志波姫はスッと手を差し伸べてくる。

 ぶっきら棒なその白い手を取ろうとすると、スイっと引っ込んだ、空を掴んだ俺はバランスを崩す。

 意外と優しいところあるんだよなぁ、とか思い直そうとしたが、その前に意地悪された。今後半月はこの女の好感度変動はないです。


「お前は鬼か」

「ごめんなさい、あなたへの生理的な嫌悪感を隠せなかったわたしの弱さを許して」

「おい、謝意を込めるつもりのない謝罪やめろ」

「仕方がないでしょう、赤谷君と手を繋ぐのは女子にはリスクが高すぎるわ。くっつく能力。赤谷君なら誰かれ構わず乱用しそうだもの」

「なんで常に犯罪を犯すか疑われにゃならんのだ」

「理由を上げたらキリがないけれど……。筆頭はいつもひとりでいること、かしら」

「いつもひとりでいるのは俺の専売特許じゃないけどな」

「なんか近づきたくない。挙動が不審。目がナマズ。群れから逸れた憐れなオス、友達ゼロ、生涯独身、孤独死」

「おっと、そこまでだ、もういい、ありがとう、本当に助かったよ、だから悪口のバーゲンセールはそこまでだ」


 まったくいつもの志波姫だ。体に穴が空いていたとは思えない元気さ。これなら如月坂に遅れを取る心配はなかったな。

 志波姫は自分の健在さをアピールするように高飛車に肩にかかった髪を払った。


「でも、極めてごく稀に役に立つところは良いところね」


 志波姫さん……!? 信じてたよ、お前は1,000回悪口履いたら、天井に達して、1回はデレてくれるって。地獄みてえなガチャだけど。

 

「赤谷君は盾になってくれるわ」

「はい……?」

「必要な時になぜか知らないけど近くにいる。間が良い、名前に劣らず誠に使い勝手の良い盾。ありがとう」


 志波姫デレガチャまだ天井じゃなかったみたいです。


 

 ━━羽生の視点



 これはびっくりした。

 見事な手数だね。今、一体幾つの手段を試してきたんだい。

 彼を投げる時、手が離れない感覚があった。あれもスキルだね。

 対処法はあったが……もし同じレベルだったら赤谷君は僕を無力化できていたかも。

 それに今の筋力、明らかに段階が違うステータスパワーだ。おそらく同学年のなかで彼は最もパワーに優れている。あるいは学校で一番かな? 最高位探索者の領域にすら近そうだ、いやはや最近の探索者はすごいね。

 これがまだ15歳か。アンビリーバブル。スキル数、ステータス、それを使いこなす優れた頭脳。赤谷誠の才能は世界を見渡しても格別だ。


 ただ過ぎた力は道を迷わせる。

 平和を脅かす災いになるか。現代の英雄になるか。

 君はどんな選択をし、どんな成長をするのかな。楽しみだ、ミスター・アイアンボールくん。



 ━━赤谷誠の視点



「それで、赤谷くん、何か弁明はあるかい、校内での無許可の暴力行為。暴力はどこでも基本ダメだが、これは英雄学校において特に重罪だよ」


 帰りのホームルーム、担任のオズモンド先生に職員室に呼び出され、説教を喰らっていた。

 タイトルは『人を殴ってはいけません』だ。まともすぎて正論しか言われないものだから俺も返す言葉に苦労する。


「まあでも、状況は聞いている。挑発行為があったのも事実のようだ。そして、先に手を出したのも相手だとね」

「そうなんですよ、さすがはオズモンド先生、素晴らしい慧眼です、状況を冷静に見極め正義の所在を把握なさるとは!」

「君だけカリキュラムにお世辞論の講義を追加した方がいいかもしれない」

「……」

「君は今回の事件で最大の暴力を行使し加害した側だ。喧嘩両成敗ではあるが、まあ過剰な反撃があったように見えるのも事実だ」

「俺は退学ですか」

「場合によってはありえた。そういう世界線もあったかもしれない。でも、大丈夫、今回はそんなことにはならない。反省文とペナルティを受けるだけだ。普通の生徒はできない経験だぞ、楽しんでいこうじゃないか! 退学するかしないかのスリル、味わえる者は多くないぞ!」


 どんな盛り上がり方だ。ヤクでもやってるんですか。

 

「でも、先生、ペナルティって一体……そこばかり気になって夜しか眠れそうにないんですが」

「なぁにちょっとした奉仕活動をしてもらうだけだ。追って連絡する。ひとまずは良い反省文を書くことに邁進してくれたまへ」


 異常なことが起こりすぎて忘れがちだけど、ここは高校だからな。

 そんなひどいペナルティにはならないと思いたい。

 俺は反省文の用紙を受け取って職員室をあとにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る